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第2話:俺の代わりに妻が出社する。俺(女子高生)痴漢に遭う。

【地上・午前6時】


味噌汁の湯気が、静かに立ちのぼっていた。


ウリエルは俺とユイの記憶改ざんに失敗したあと、自分を親戚の居候として妻・サチコの記憶を改ざんしたらしい。


当面、天界の仕事は我が家からのリモートワークとする様だ。


ウリエルは一人暮らしが長いらしく、家事スキルが異常に高かった。


炊事洗濯掃除は全て任せて欲しい、と言ってきた。


彼なりの贖罪のつもりなのだろう。


見慣れているはずの妻・サチコは、まるで別人のように見えた。


ゆるく巻いていたはずの髪は、きっちりと後ろで束ねられている。


見慣れた淡い色のエプロンではなく、濃紺のビジネススーツ。


上質でタイトなシルエットだ。


メイクも以前のゆるふわではなくビシっとメリハリのあるものになっている。


「本日の午前中は役員レビュー、午後は大口顧客との条件再交渉、接待もあるから帰宅は21時見込みよ」


淡々と、報告のように妻が言った。


その言い回しは、聞き覚えがある。


いや、俺の言い回しそのものだ。


娘のユイが、箸を止めて俺を見る。


その視線は、「どうするの?」と問いかけている。


本来なら俺が今日、こなすはずだったタスクを妻がこなすんだな。


「役員レビューが肝だな。焦らず行け」


無意識に出た言葉に、サチコが一瞬だけ目を細めた。


「女子高生らしからぬ言い回しね」


「リスクは洗い出してあるわ。想定内よ」


紋切り型の口調。抑揚の少ない理詰めの返答。


ユイが堪えきれずに吹き出す。


「ママ、完全にパパだよ、それ」


「無駄口を叩いてないで早く食べなさい」


サチコが即座に切り返す。


玄関で、ヒールを履く。


その姿は仕事の出来るキャリアウーマンそのものだった。


「行ってくる」


「ああ。数字で殴ってやれ」


サチコは小さく笑った。


「最近そういう言い回しが流行ってるの?」


「段取りは完璧よ、失敗はしないわ」


ドアが閉まる音が、妙に重く感じた。


ヒールが廊下を打つ音が遠ざかっていく。


玄関に残された俺とユイ。


「やっぱ…複雑だよね?」


娘の問いは、鋭い。


「いや…」


そう答えながら、俺は、胸の奥に生まれた違和感を言語化しない。


制服に袖を通す。スカートの裾が軽い、軽すぎる。


ビジネススーツとは全く違う着心地だ。


慣れない感覚に戸惑った。


玄関の姿見の中には、同じ顔の美しい少女が二人立っている。


「パパ、私たちも行こう」


「あ…そうだな」


パパ…その一言が、辛うじて俺を俺に引き戻す。


「いってらっしゃーい!」


能天気な笑顔を送ってくるウリエルの笑顔に正拳突きを喰らわしてやりたかったが、やめておいた。


【通学電車】


車内は混雑していた。


押し合う人波。


その中で、腰のあたりに違和感。


指先が、布越しに滑ってくる。


嫌悪ではない。


むしろ苛立ち、だ。


距離、圧、逃走経路。三秒で整理した。


左手でその手首を掴む。


逃がさない角度。最小限の力で関節を制す。


完全制圧だ。


「痛っ……何だよ」


中年の男。目が泳いでいる。


「質問するのは私の方でしょう?」


女子高生の声だが、低くて抑揚は無い。


「この状況であなたの手が私の身体に接触している、合理的理由を説明して下さい」


男は言葉に詰まる。


「混んでただけだろ!」


「では、なぜ指先が衣服の内側に向いているんですか?」


車内の視線が集まる。


俺はさらに角度を締め上げた。


相手が悲鳴を上げる一歩手前で止める。


「この状況が誤解だと言うなら、駅員の前で説明をするべきでは?」


「あなたの勤務先はどちらですか?」


「迷惑防止条例、刑法176条強制わいせつ罪、逮捕・勾留による社会的信用の失墜、職場からの懲戒解雇…」


「そんなリスクを犯してまで女子高生のお尻に触りたいんですか?」


男の顔色が変わる。


周囲から小さなざわめき。


「あの子が痴漢を捕まえたみたいよ」


電車の車内の空気を制した。


この男には逃げ場はもう、無い。


ちょうど、次が目的の駅だ。


俺は男の関節をキメたまま、ホームに引きずり降ろした。


駅員に引き渡す。


「被害届は出しますか」と聞かれる。


一瞬だけ考える。


出すべきだ。抑止になる。


だが。


「任せます。記録は残して下さい」


それだけ言って、改札を抜ける。


「あの痴漢、パパを触るなんて運が悪いね」


ユイはどこか楽しそうだ。


この世界に慣れている顔だった。


これが女子高生の日常か。


守る側から、守られる側へ。


いや。


守られる側の制服が無防備過ぎるな。


校門が見えた。


数人の男子がこちらをじっと見ている。


痴漢撃退の件が伝わっているのか?


ここが俺の新たな戦場か。


俺は校門をくぐった。


その瞬間、校舎全体の“ログ”が一瞬だけ書き換わったことに、俺は気づかなかった。


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