第23話:悪魔への告白
【決勝戦直前・リングサイド】
会場のボルテージは沸点を超えていた。
対角線に立つ白川からは、天界が太鼓判を押した「神の正義」が、物理的な圧力となってリングを支配している。
観客の多くは、どこかで「正しい者が勝つ」という結末を予想していた。
ユナは、切島のバンテージを最後に一度ギュッと締め、彼に語りかけた。
「切島。これ見て」
ユナはポケットから、一通の封筒を取り出した。今日届いたばかりの、大検の合格通知だ。
切島が目を輝かせる。
「合格したんだよ。あなたはもう、社会的にやり直せる証明をひとつ、手に入れたの」
「よっし…」
「でも、これだけじゃ足りないんだよ?いい、切島。よく聞いて」
ユナは、切島の耳元に顔を寄せた。
超満員の観客も、メディアのカメラも、今のユナには関係なかった。
「神様はね、もう決めてるんだって。白川さんは正義で、あなたは悪魔だって。でも、神様が決めた正義なんて、つまんないわ」
切島は、ユナの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「わたしはね、あなたという悪魔くんが大好き。誰よりも、あなたを愛してる」
切島が息を呑むのが分かった。ユナは構わず、言葉を続けた。
「ママは、神様が決めた正義を信じているから、まだあなたを認めていないかもしれない」
「でもね、あなたという悪魔がその正義を打ち倒して、わたしを幸せにしてみせたら、ママだってきっと、その悪魔のことを大好きになるはずよ」
ユナは切島の頬に、そっと手を添えた。
「あなたの未来は、もう開き始めてる。…その未来を、わたしもいっしょに歩きたいの。だから…」
ユナは、涙を堪えて、満面の笑みを作った。
「お願い。…絶対に、勝って。わたしの悪魔くん」
その瞬間、切島の瞳から「迷い」という名の濁りが完全に消え去った。
かつての「狂犬」のような暗い殺気ではない。それは、愛する者のために地獄すら踏み越えていく、気高くも恐ろしい「悪の覚醒」だった。
切島は何も言わず、ユナの頭を一度だけ強く引き寄せ、その胸に抱き寄せた。
カラダに染み付いた機械油の匂い。そして、心臓の鼓動。
「…行ってくるぜ」
短くそう告げると、切島は一度も振り返らずにリングの中央へと歩み出した。
【リング上】
白川が冷徹な眼差しで切島を見下ろす。
「切島。闘いの場に女を連れてきてイチャイチャしやがって…格闘家として相変わらず腐ってるな。お前はまさに狂犬だ」
「俺がお前に正義というものを教えてやる」
切島は、不敵に口角を上げた。
「正義?…お前の正義ってのは何だ?」
『決勝戦!…レディー、ゴー!』
ゴングの音と共に、切島が弾き出されたかの様に前に出る。
それはウリエルさえも驚愕させるほどの、理を無視した「魂の爆発」だった。
客席の最上段で、サチコが立ち上がった。
彼女の瞳には、リング上で戦う「悪魔」と、それを祈るように見つめる「娘」の姿が、かつてない強烈な光となって焼き付いていた。




