第24話:神の正義、悪魔の愛(最終回)
【決勝戦:リング上】
ゴングの音と共に、切島は文字通り「弾丸」となって白川に接近した。
左右の連打、重いミドル、鋭い前蹴り。矢継ぎ早に繰り出される攻撃を、白川は極角の正統派らしい完璧なガードで受け止める。
「…速いな、切島。腕を上げたじゃないか」
白川は余裕を崩さず嘯く。だが、切島と視線がぶつかった瞬間、彼の背筋に冷たい戦慄が走った。
切島は、笑っていた。
かつての狂犬のような殺気ではなく、無垢で、恐ろしい「悪魔の笑顔」だった
切島の手数は、止まるどころか二次関数的に増していく。
白川の動体視力が追える限界値。一秒間に放たれる拳の数が、極角の理を超えていく。
(このスピードと打力は……!?)
白川は「恐怖」を感じていた。
目の前の男は、もはや自分が知っている同門の落ちこぼれではない。天界の監査を潜り抜け、一人の少女の愛をガソリンに変えた、規格外のバケモノだ。
観客の目には、白川が余裕を持って切島の猛攻を捌いているように見えていた。だがその裏で、白川の受け手は限界を迎えつつあった。
そして、ついにその瞬間が来た。
不意に、切島の姿が白川の視界から「消えた」。
「なっ…!?」
白川が驚愕し、空振った空手のガードを戻そうとした刹那。
切島が放ったのは、極角の型には存在しない、ボクシングの鋭いアッパーカットだった。
ドゴォッ……!
白川の顎が跳ね上がる。
神の正義を体現していたはずの白銀の肉体が、スローモーションのように宙を舞い、マットに激しく叩きつけられた。
静寂。
そして、爆発するような大歓声。
【リングサイド】
レフェリーのカウントが「10」を刻む。
切島は、真っ直ぐに俺を見た。
その瞬間、ユナの中にある俺の意識が、ふっと軽くなっていく。
プロジェクトの完遂。最高の結果。
サチコが、最上段の客席で震える手で口元を覆い、涙を流しているのが見える。
ユイが、切島の名前を叫んで飛び跳ねている。
「合格だよ?切島」
ユナの口から出た言葉は、もう俺のものではなかった。
澄み渡った、17歳の少女・黒崎ユナとしての、心からの祝福。
俺の魂は、このディールの「決済条件」通り、ユナという存在の中に溶け込み、消えていく。
不思議と未練はなかった。
俺というブランドが消えても、この「最高のエンディング」を作れたのなら、それでいい。
【エピローグ:数ヶ月後】
夕暮れの河川敷。
大検に合格し、切島は整備士として働きながら、大学受験の勉強を始めていた。
切島は、隣を歩くユナに手紙を渡した。
「…これ、サチコさんに渡してくれ」
「ママに? 何て書いてあるの?」
「僕の罪は、一生かけて、償います。それと…ユナさんを、必ず幸せにしますって」
ユナは、くすっと笑って切島の手を握った。
握り返す大きな手の熱。機械油の匂い。
その瞬間、ユナの心の中に、ふとした懐かしさが過る。
(パパ?見てる? わたし今、すごく幸せだよ)
その声が届いたのか、空の高いところでウリエルが一度だけ、白銀の翼を揺らしたような気がした。
黒崎という一人のベテラン商社マンが仕掛けた「人生最大の商談」は、これ以上ない幸福という配当を家族に残し、完璧にクローズした。




