第22話:天界監査 —プロジェクトの真意—
【深夜・黒崎家 ユナの自室】
準決勝の会場での興奮と、白川の強烈なプレッシャー。
疲れて泥のように眠りに落ちたはずの俺は、ふと、自分の体が羽のように軽くなっていることに気づいた。
目を開けると、そこは自分の部屋ではなかった。
雲海のような白銀の霧が広がり、果てしなく続くクリスタルの回廊。
隣には、いつものエプロン姿ではなく、透き通るような白銀の甲冑を纏い、巨大な翼を広げたウリエルが空中に浮いていた。
「ようこそ、黒崎さん」
「ウリエル、ここは天国だよな?」
「そうですよ、よくわかりましたね」
「バカにすんな、いかにも、じゃないか」
「今日は『中間監査』なんです。あなたの取り組んでいるプロジェクトの投資価値を、天界の上層部が直接確認したいそうです」
「どういう意味だ?」
ウリエルはそれ以上の説明はせず、回廊の奥まで俺を連れて行き、やがて巨大な円卓が現れた。
そこに座っているのは、眩い光に包まれて姿は見えないが、圧倒的な威厳を放つ「役員」たちだった。
【天界の円卓】
『黒崎くん。…40年の人生で、キミは数字だけを追い求めてきた。だが、17歳の肉体を得て、キミは何を学んだかね?』
光の中から声が響く。俺の中の「組織人」が、無意識に背筋を伸ばした。
「今の僕がやっているのは、数字にならない価値のプロデュースです。一人の少年に、絶望の淵から立ち上がるための足場を作る。それが、私の選んだ最後のプロジェクトです」
『だが、その代償は大きい。お前が切島を救えば救うほど、お前の中の「父性」は消えていく。今や肉体だけでなく、魂までが「黒崎ユナ」に塗り替えられようとしている。自覚はしておろう?』
俺は、一瞬だけ言葉に詰まった。
鏡を見るたびに感じる、あの甘酸っぱい、そして切ない「ユナ」としての感情。切島を想うたびに疼く胸。
父親としての意識が、砂時計のようにさらさらとこぼれ落ちていく感覚。
「…構いません」
俺は、光に向かって言い放った。
「プロジェクトの完遂が最優先です。切島が白川という正義を越え、サチコが救われ、ユナという少女が新しい人生を歩き出せるのなら」
「商社マン・黒崎というブランドは、ここで消滅してもいいです。それが、このディールの決済条件…いかがですか?」
円卓が静まり返る。
ウリエルは、心配そうに俺を見ている。
『よかろう。だが、白川は「神の正義」を地上で体現する者。勝つべくして勝つ。切島は負けるべくして負ける』
『切島が勝利するための最後のピースを、ウリエルに授ける。あとは黒崎、お前次第だ』
【回廊・帰り際】
「最後のピース?ウリエル、早く教えろよ」
霧の中に吸い込まれていく中、ウリエルが俺の耳元で囁いた。
「切島くんが勝利するための唯一の足かせは『許されることへの諦め』を捨てさせることです」
「切島くんがあなたと交わした約束。大検の合格と、あの大会の優勝でしたね」
「そして、切島くんとサチコさんとの約束、決勝戦が終わればあなた=ユナさんの目の前から消えること」
「切島くんはサチコさんの視線に耐えながら戦わなくてはならない。その時、セコンドのあなたが彼に何を囁くか。それが、天界が期待する『奇跡』の正体です」
目が覚めると、頬には涙が伝っていた。
時刻は早朝。窓の外には、決戦の日の朝日が昇り始めていた。
俺は、もう迷わなかった。
この「最高の舞台」を成功させてみせる。
俺という存在が消えても、黒崎ユナ、ユイ、サチコが幸せになれるなら、それでいいじゃないか。
俺は晴れ晴れとした気持ちだった。




