第21話:宿命のマッチアップ
【準決勝・第一試合】
準決勝のリングに上がる切島の姿は、不良たちから受けたダメージをほぼ感じさせないレベルまで回復していた。
むしろ、それまでより凄味が増している様にさえ見える。
相手はプロ歴のあるキックボクサーだったが、勝負は一瞬だった。
切島は相手の重いローキックをあえて受け、その踏み込みを利用したカウンターの正拳突きを鳩尾に沈めた。
「ガハッ……!」
肺から全ての空気を吐き出し、長身の対戦者があっさりとマットに沈む。レフェリーが試合を止めたのは、開始からわずか1分足らずのことだった。
切島は歓声に手を挙げることもなく、淡々とリングを降り、セコンドの俺に短く言った。
「…次、見るぞ」
「え? 珍しいね。他の試合見るなんて」
「…決勝はあいつが来る」
切島は俺の隣に座り、タオルを頭から被ったまま、次の試合が行われるリングを凝視した。
【準決勝・第二試合】
会場の空気が一変した。
白の道着に身を包んだ選手が入場してくると、ホール内の観客席は静まり返る。極角会館の白川だった。
観客席は、最初から白川の勝利を確信している。圧倒的な優勝候補だった。
ゴングが鳴った。
対戦相手は鳴り物入りで参戦してきた総合格闘家だったが、白川の前では赤子同然だった。
白川の動きには、切島のような「速さ」や「驚き」はない。ただ、圧倒的な「理」があった。
相手が何をしようとも、白川の拳と足がピタリとそれを止める。
バキッ、という嫌な音が会場に響く。
白川の上段回し蹴りが相手のガードごと首を刈り取った。相手は糸が切れた操り人形のように崩れ落ち、二度と動かなかった。
「強いね」
ユナは隣の切島を見た。切島はただじっと白川の組手を見ていた。
【試合直後・リング上】
勝利した白川は、レフェリーに手を挙げられても表情一つ変えない。
リングアナウンサーから向けられた質問を無視し、そのマイクを奪い取った。
「切島、聞こえてるよな?」
白川の声は、スピーカーを通して会場中、そしてネット中継でも響き渡っていた。
「極角の有段者であるお前が己との闘いに負け、無法者となった事は極角の恥だ!」
「武道を追求する者は相手よりまずは己との闘いを制することが求められる!」
「お前の様な負け犬が極角の段持ちである事を俺は恥ずかしく思っている!」
「お前の起こした不祥事が極角の誇りを傷付けた事は断じて許せん!」
「決勝戦ではお前を完膚なきまでに倒す!」
「お前の居場所はこういう表舞台ではない」
リング上から、白川は切島を睨みつけている。
カメラは白川、切島、極角の応援団、そしてユナを次々と抜いていく。
ネット中継は沸騰していた。
SNSでは『#正義vs狂犬』『#極角の因縁』などのハッシュタグで爆発的な勢いで拡散されている。
佐藤プロデューサーはモニターの前で興奮していた。
「同接もインプレッションも過去最高だ!」
切島はゆっくりと立ち上がり、リング上の白川を見据えた。
「ああ。待ってろ、白川」
切島の周りに集まっていたメディアのマイクがその声を拾う。
切島の声は低かったが、会場の喧騒を突き抜けるような重みがあった。
「俺は、お前の言う通りクズだ。それは否定しない。だけどな、俺には、俺の、勝たなきゃいけない理由がある」
「お前の正義なんて知らねえ。俺は、俺を信じてくれるヤツのために勝つ。それだけだ」
カメラは、切島と白川、そしてユナを完璧なアングルで捉えていた。
地上波、SNS、スポーツ紙。
明日には、日本中がこの「出来過ぎたドラマ」に熱狂するだろう。
商社マンとしての俺なら、この市場の加熱を「成功」と呼ぶだろう。
だが、今のユナの胸を締め付けているのは切島の、悲しいまでの覚悟だった。




