第20話:切島の覚悟
【切島のアパート・職場】
ユナは放課後、切島のアパートへ行ったが、切島の姿は無かった。
まさか…と、自動車修理工場に走った。
切島は、ツナギを着て、普通に仕事をしていた。顔の腫れは昨晩よりはマシだったが、それでも左目は半分くらいしか開いていなかった。
右足を軽く引きずっているが、テキパキと仕事を片付けていた。
ユナは自動車修理工場から少し離れた場所から切島の様子を見ていた。
ふいに、後ろから声をかけられた。
「あんた、切島のセコンドやってくれてるお嬢ちゃんだよね?」
振り向くと、自動車修理工場の社長が買い物袋をぶら下げて立っていた。
「良かったら、おやつ食べてかないかい?」
社長は、買い物袋を持ち上げて、微笑んだ。
自動車修理工場の端っこにある休憩スペースに通された。
「飲み物は、コーヒーしか無いんだけど、いいかい?」
社長は明るい声で話しかけてくる。
「おーい!切島ぁ!休憩しようぜ!」
「はーい!」
切島はまだ、ここにユナがいることに気付いていない。
油落としの洗剤で念入りに手を洗い、しばらくしてから休憩スペースに入ってきた。
バッ!っとドアを開けて、固まっていた。
「ユナ…なんでここにいるんだ?」
社長は切島とユナを交互に見ながら、買い物袋から「たい焼き」を取り出した。
「今日はやっと買えたぜ、いつも売り切れだからな」
近くにたい焼きやかき氷などが有名な甘味処がある、俺は商社マン時代の記憶で思い出していた。
「切島、ぼーっと立ってないで座れよ」
「お嬢ちゃんはたい焼き好きかい?」
「ここのは美味しいんだぜ?」
社長は、切島と俺にたい焼きをひとつづつ渡した。
「遠慮しないで、食ってくれ?」
本来の俺は甘いものはほとんど口にしなかったが、女子高生のカラダはポジティブな反応を示していた。
パクっと食べて「美味しーい!」と満面の笑みで声を出していた。
切島も戸惑った顔でたい焼きを口にしていた。
「切島、あと少ししたら山田さんがクルマ取りに来るらしいからな、修理箇所の説明しといてくれ」
社長はたい焼きをモゴモゴさせながら切島に指示を出していた。
「はい…分かりました」
切島も微妙な表情でたい焼きを食べながら返事をする。
ユナは切島を満面の笑みで見つめながら、たい焼きを頬張っていた。
やがて、自動車修理工場の前に来客が来た。
「あ、山田さん、早ぇーな」
社長が言うや否やのタイミングで切島は休憩スペースを飛び出し、お客さんのところへ走って行った。
ドアが閉まったので切島とお客さんの会話は聞こえなかったが、スムーズで丁寧な来店対応をしているのが分かる。
お客さんから腫れた目をイジられているのも分かる。
顧客との信頼関係がきちんと醸成されているな…この社長の手腕もあるんだろうが、切島もちゃんと良い仕事をしている。
…と、俺が冷静に分析している一方、ユナは切島の仕事っぷりをキュンキュンしながら眺めている様だ。
社長がおもむろに口を開いた。
「私は保護司でね」
「切島蓮の面倒を見てるんだ」
俺は、社長に向き合った。
「先日、お嬢ちゃんのお母さんが来られてね」
「お嬢ちゃんと切島を会わせないでくれ、と頼まれたんだ」
「実際、昨晩もアイツは昔やり合った不良に絡まれて怪我した」
「今のアイツは真面目に更生しようとしてる」
「だけど、まだまだ安定したわけじゃない」
「未だに、アイツの周りには危険が多い」
「お嬢ちゃんは年頃の女の子だ、危険な目に遭わせるわけにはいかないんだ」
「アイツもそれを望んでいるはずだ」
「お嬢ちゃんのお母さんには、決勝戦まで、ということで了承はもらったんだがね」
「アイツが土下座して頼んだんだ」
「そこから先は、アイツも望んでない」
「お嬢ちゃんも、アイツの気持ちを理解して欲しいんだ」
社長の言葉が、西日の差し込む休憩スペースに重く響いた。
サチコが決勝戦までを「猶予」として認めたこと。それは母としての最大限の譲歩であり、切島がユナとの時間のために土下座し、勝ち取ったあまりにも短く、尊い時間だった。
だが、ユナは違った。
下を向いて握りしめた両手は、悔しさと、切なさと、どうしようもない愛おしさで震えていた。
切島が自分自身に呪いをかけている。その呪いを解けるのは自分しかいない。
「…社長。ありがとうございます」
ユナが顔を上げた。その瞳には、先ほどまでの少女としての熱を帯びた輝きではなく、もっと静かで、決然とした光が宿っていた。
「私は、最後まで全力で彼のセコンドを務めます。彼が一番いい景色を見られるように」
「そうか、安心したよ。もう少しだけね、アイツを頼みます」
社長はユナに頭を下げた。
【その夜・公園】
ウリエルの術式のおかげか、切島の肉体は驚異的に回復していた。
昨日のダメージからの回復、ではなく更に「研ぎ澄まされて」いた。
サチコに拒絶され、社長に諭され、期限を突きつけられたことで、彼の精神は一切の迷いを捨てたのだろう。
切島は、自らの再生のため、そしてユナの笑顔を見るためだけに集中している。




