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第18話:昔の因縁

【翌朝・学校】


最近寝不足の俺は、自分の席で大あくびをしていた。


大検は終わったが、切島の特訓の強度は増し、サチコとの緊張感も相まって、精神的な疲労がピークに達していた。


そこに、綾乃が血相を変えて飛んできた。


「ユナ! あんた、なんで『狂犬』のセコンドなんかやってるのよ!」


教室中の視線が俺に集まる。綾乃はスマホの画面、バズり散らかしている予選の動画を俺の鼻先に突きつけた。


「アイツはこの学校にいたけど、問題起こして退学になったヤツだよ? 関わり合いになっちゃダメよ。…もしかして、付き合ってるの?」


マシンガンのように言葉を浴びせてくる綾乃。


俺は、頭の片隅で「ああ、面倒くさいなあ。適当に『更生ビジネスのモデルケースだよ』とか何とか言って誤魔化すか」と、冷めた切り返しの言葉を探していた。


しかし。


言葉が出るより先に、喉の奥から熱い塊がせり上がってきた。


「切島くんは、もう狂犬じゃないの」


自分の声に、自分が一番驚いた。凛として、しかし震えるほどに真剣な、17歳の少女の響き。


「勉強だって、格闘技だって、寝る間も惜しんで、普通の人の何倍も努力してるのよ?…今の彼を見てあげて欲しいの。昔の彼とは違うの、生まれ変わったんだから」


綾乃は、ユナのこれまでにない毅然とした態度に圧倒され、口を半開きにしたまま固まっている。


だが、もっと驚いていたのは俺自身だ。


(…今喋っていたのは俺じゃない。ユナだ)


意識の上では俺が操っているつもりだった「黒崎ユナ」という肉体が、感情というガソリンを得て、勝手に走り出した感覚。


俺=ユナだが、今の俺を突き動かしたのは、商社マンの論理ロジックではなく、切島を信じ、共に歩む一人の少女としての純粋な憤りだった。


変わっていってるのは切島だけじゃない。

俺=ユナも、確実に変化しているのだ。


【その夜・対ウリエル組手】


組手での切島の集中力は一段と凄みを増していた。


空手の有段者である俺の視点から見ても無駄がほぼ無くなって、隙も見当たらない。


ウリエルに簡単に転ばされていた頃とは明らかに次元が異なる領域に入ってきている。


現役時代の俺が今の切島と組手をしたら、瞬殺されるだろうな、もう俺が敵う相手じゃなくなっている。


切島の攻撃をかわしているウリエルにも以前の様な余裕は無くなっていた。


俺の中の「ユナ」は切島の真剣さをひたすら追っていた。


その時だった。


「切島、久しぶりだな」


公園は黒っぽい影の様な男たちに囲まれていた。


「あ、今は謎の天才格闘家だったか?」


「調子に乗ってんねえ…」


男たちは俺たち三人を取り囲んだ。


「お前みたいなさ、人間の屑が表の世界でヒーロー気取りってのは、おかしいよなあ?」


「狂犬なんだからさ、檻の中に入っとけよ」


「タイマンじゃお前にゃ勝てねえからさ、それなりのレベルの仲間20人で来てやったぜ?」


「これなら歯ごたえあんだろ?」


「感謝してくれよ」


ウリエルはため息をつきながら、黒服の集団のリーダーの前に出た。


「彼は今、大事な時期なんだよ、キミたちとは違うんだ。稽古なら僕が相手になるよ?」


切島はウリエルを右手で制した。


「ウリエル、お前はユナを連れて逃げろ」


「ユナ、お前も黙ってここから去れ」


ウリエルとユナは同時に切島に反論しようとした。その瞬間だった。


「俺の言う事を聞いてくれ」


断固たる、拒否の言葉だった。反論の余地を与えない、凄みがあった。


「お前らの目的は俺だろ?この人たちは関係ないよな?この場から外れてもらうのはいいだろ?」


切島は黒服たちを見回して言った。


「ああ、いいぜ…その外人は厄介そうだしな、俺たちの目的はお前だ」


「外人さんとおねえちゃんは関係ねえ」


ウリエルは黙って俺の手を握って公園から出ようとした。


「ちょっと待て!ウリエル!お前ならこんなヤツら瞬殺だろ?なんで引くんだよ!」


(今喋っているのは俺か?ユナか?)


「切島が怪我したらどーすんだ?大会中なんだぞ!?」


ウリエルは俺の目を見据えた。


「切島という男の覚悟です」


「尊重すべきものです」


「あなたは女の子だから、理解出来ませんか?」


俺は、ハッとした。頬を涙が伝わっていた。


もう、何も言えなかった。


【1時間後】


やっとウリエルから解放された俺は、あの公園に必死に走っていた。


黒服の男たちはもういなかった。


公園の真ん中に、切島は倒れていた。


切島の呼吸だけが、公園に残っていた。


顔は人相が変わるほど腫れ上がり、機械油の染み込んだツナギはあちこち破れて、血が滲んでいた。


ユナは、涙をポロポロこぼしながら、震える手で、切島のカラダに触ろうとしたが、どこを触っても痛そうで、手をふわふわさせていた。


「ユナか…俺さ、一発も殴り返さなかったぜ…?」


ユナは、無言でウンウン、と頷いていた。


「これなら、出場資格は取り上げられないだろ?」


ウリエルが後ろから言った。


「アイツらの目的は切島くんに反撃させて警察沙汰にすることだったんだろうね」


「でも、切島くんは一切反撃しなかった」


「とりあえず、アイツらの憂さ晴らしにはなったんだから、これで良かったんじゃない?」


ウリエルと切島は笑い始めた。


ユナは混乱していた。


「でも…こんな大怪我しちゃったら、次の試合に出られないよ!」


涙がポロポロと零れ落ちる。


「それは大丈夫、僕がいますからね」


ウリエルはユナに優しく言った。



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