表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/24

第17話:切島の贖罪、母の祈り

【翌朝・黒崎家】


ユナの告白を聞いたサチコは、一睡もできなかった。


娘の言葉は、熱を帯びていた。けれど、母親として、サチコは全く納得出来なかった。


今すぐにでもあの男からユナを引き剥がしたかった。


サチコは、キッチンで静かに本を読んでいるウリエルを呼び止めた。


「ウリエル?嘘はつかないでね。切島蓮の素性を全て教えて」


ウリエルの瞳が、ほんの少しだけ、揺れた。


「彼が働いているのは、隣町の小さな自動車修理工場です」


「場所を教えて」


【自動車修理工場・夕暮れ】


油と鉄の匂いが立ち込める工場の片隅で、切島は機械油にまみれて働いていた。


SNSでのスター扱いからはかなり落差のある、地味で過酷な労働を続けていた。


「切島蓮さん、ね?」


切島はクルマの下に潜り込んでいたが、すぐに出て来た。


場末の修理工場には場違いな、小綺麗な美しい女性がそこに立っている。


切島は、いつかこの日がやってくると覚悟していた。


サチコが名乗る前に理解していた。サチコの美貌は、ユナにそっくりだった。


目の前に立っているのは、自暴自棄だった頃の自分が大怪我をさせた女の子の母親だ。


「…はい、そうです」


「私は、黒崎ユナの母親です」


切島は、ゆっくりとその場に膝をついた。コンクリートの床に額を擦りつけ、声を絞り出す。


「大事な娘さんに大怪我をさせたのは僕です。本当に申し訳ございませんでした」


サチコは、土下座する少年の背中を、冷めた瞳で見つめていた。


「ユナから聞いたわ。あなたが更生しようとしていることも、夢を追いかけていることも」


「でもね、私からすれば、そんなことはどうでもいいの。私は、あなたを許すことは出来ないわ」


「…おっしゃる通りです」


「今すぐ、ユナの前から消えて。あの子にこれ以上、あなたと関わらせたくないのよ、分かるでしょ?」


切島は顔を上げた。その表情には、一点の曇りもなかった。瞳は澄んでいた。


以前の狂犬の面影はない。そこにいるのは、絶望の中で一筋の光を掴もうとする、ただの一人の少年だった。


「それは、重々分かっています。俺みたいな少年院上がりの、キズだらけの過去がある人間が、ユナさんの隣に居ていいはずがない」


「本来なら近寄ることさえ許されない人間です、それは自分が一番よく分かっています」


切島は言葉を選びながら、必死に言葉を継いでいた。


「だけど、僕の夢にユナさんも賭けてくれています。僕だけの夢じゃなくて、ユナさんもいっしょに夢に向かって走ってくれてるんです」


「この大会が終わるまで。ユナさんと一緒にいさせてください」


「何のため?自分の人生の一発逆転のためかしら?」


「違います! 俺は、ユナさんから受けた恩をきちんと返したいだけです。ユナさんから大検を取れ、格闘イベントで優勝しろ、と言われました」


サチコは、息を呑んだ。


少年の瞳には曇りは無かった。ユナが語っていた「本気」そのものだった。


沈黙が工場を支配する。


サチコは、握りしめた拳の震えを隠すように、背を向けた。


「許さないわ。あなたが優勝しようと、立派な大人になろうと、私はあなたを一生許さない」


「でも、娘が必死で向き合っているものを取り上げたりはしないわ」


サチコは、振り返らずに言った。


「大会が終わったら、娘の前に、二度と姿を見せないで」


一人残された切島は、夕闇の中で再び地面に額を押し当てた。


サチコの許しは得られなかった。だが、彼は「猶予」をもらえた。


切島は、それだけで充分だ、と自分に言い聞かせた。


【その夜・対ウリエル組手】


俺がいつもの公園に行くと、切島の構えは今まで以上に集中力が増している様に見えた。


相変わらず、ウリエルに一撃を加えることは出来ない。


しかし、その「精度」は確実に上がっている。


動きの無駄は削ぎ落とされ、ウリエルの動きを捉え始めていた。


ウリエルを捉えようと必死なその瞳は、悲しいほどに澄んでいた。


ウリエルもいつもの様な軽口は叩かない。


淡々と切島の拳と蹴りをかわしている。


(…切島。お前、何があった?)


サチコが切島に会いに来たことを、ユナは知らない。


切島が背負っている「十字架」が、さらに深くその肉体に刻まれたことを、その時のユナはまだ知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ