表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/24

第16話:スローモーションの世界

【予選会場・地下特設リング】


「…おいおい、あれが噂の『元・少年院の狂犬』か? ガリガリじゃねーか」


「極角の段持ちって噂は眉唾か?」


「あのセコンド、狂犬の彼女か? めちゃくちゃ可愛いじゃん」


野次が飛び交う地下会場。


対戦相手の巨漢は、切島の細い体躯を鼻で笑いながら、周囲の取り巻きに愛想を振りまいて調子に乗っている。


だが、セコンドに立つ俺には分かっていた。切島の体は無駄な脂肪が削ぎ落とされ、研ぎ澄まされた鋼のような質感だ。


「切島、検定試験はどうだった?」


俺の問いに、切島は軽く肩を回しながら、無表情で答えた。


「ああ。キッチリ80点、取れてるんじゃねーかな。それより黒崎、あのデブ、なんであんなにトロ臭えんだ?」


俺は内心でニヤリとした。


「…そうか。トロ臭い、か」


ウリエルの「天使の速さ」に一ヶ月間晒され続けた切島の脳と動体視力は、人間の限界値に近づいているようだ。


『レディー?…ゴー!』


ゴングと同時に、巨漢が咆哮を上げながら突っ込んできた。観客席からは「一撃で沈めろ!」と歓声が上がる。


だが、切島は動かない。


巨漢の重い右フックが、切島のこめかみを捉える――かに見えた瞬間。


切島は、最小限の動きで首を傾け、その拳を余裕でやり過ごした。


そして、最短距離の軌道を描いた左の中足ちゅうそくで、巨漢のレバーを完璧に撃ち抜いた。


ドォォォン……!


人体が発するには大きすぎる重低音が会場に響き、巨漢が膝から崩れ落ちる。わずか三秒。


「お?」


佐藤プロデューサーがモニターの前で凍りつき、会場の喧騒がパタッと止まり、静まり返る。


切島は倒れた相手を見下ろすことすらせず、俺の方を向いて言った。


「ウリエルに比べりゃ、止まって見えるよ」

その一言を、マイクが拾っていた。


「止まって見えるよ」が、瞬く間にSNSのトレンドトップを駆け上がる。


【会場の片隅】


「本当にあの、切島なのか? 化け物じゃないか」


客席の端で、財前が震える手でスマホを操作していた。切島の強さは彼の「想定」を遥かに超えていたようだ。


「黒崎さん、君は切島に何をしたんだ?」


俺は財前に笑顔で答えた。


「最適化、かな?」


【夜・自宅】


緒戦勝利のささやかなお祝いをしたあと、俺は22時頃に自宅に着いた。


「…お帰り、ユナ」


リビングには、サチコが一人で座っていた。


テレビのニュースは、ネット上でバズり始めた「謎の天才格闘少年」の話題を流している。映像には、ユナの姿も映り込んでいた。


「ねえ、ユナ。この格闘家の子、切島蓮って言うのね…」


「え…?」


「この男の子が、あなたに大怪我させた犯人なのよね!?」


「……。」


「なんで……あなたを大怪我させた男を、佐藤さんに紹介して、リングに上げたりするの? 私からしたら、憎んでも憎みきれない相手なのに……ママの人脈まで使って、なぜあなたは、あの男のために必死なの?」


「……。」


「ちゃんと、話して欲しいのよ、お願い。心配で心配で、胸が張り裂けそうなの」


俺は、観念した。サチコに全てを話さなければならないタイミングだ。


「確かに、私を大怪我させたのは切島くんだよ、それは間違いないよ」


「彼は、両親も兄弟も居なくて、学校にも居場所が無くなって、退学しちゃったの」


「でも、自動車修理工場でちゃんと働いてるんだよ? ウリエルに大怪我させられたけど、退院してすぐに仕事に戻って頑張ってるの」


「私を大怪我させたのは、彼の後輩を私がやり込めちゃったから…後輩のため、だったんだよ」


「それだけで正当化は出来ない、ってママは思うだろうね、私もそう思う」


「でも、彼は夢は持ってたの。格闘家、大検、整備士。本気で夢を追いかけるんなら、ワルもやめるんなら、協力してあげる、って私から言ったんだ」


「彼はそれから必死で努力したの。テレビでも言ってたでしょ? 大検を受けたし、格闘のトーナメントで今日、初勝利したの」


「本気なんだよ、真剣なの。もうワルの頃の彼じゃないの。だから応援してる」


「でも、ママが心配してくれてるのは分かる、心配させてごめんなさい」


サチコは無言でユナの独白を聞いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ