第9話 本日休業――ジャックのジョ・イ迷宮調査始末書
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ペンが、ありえない音を立てて盛大に折れた。
「ひぃ」
窓口担当のギルド職員が怯えた顔で、本日何度目かも分からない悲鳴を上げる。
「……チッ」
フードの男は、己の手の中で折れたペンを睨みつける。
それをゴミ箱に放り投げると、青ざめた顔をしている職員へ声をかけた。
「おい」
「はひぃ!? なんでしょうか!!」
「新しいペン……借りていいか……」
「は、はい。ど、どど、ど、どうぞ!!」
裏の人間顔負けの眼光で睨まれて、気絶しなかったのは幸か不幸か。
職員は全気力を集中させて、新しいペンを探し当てると、それをフードの男へ手渡した。
男は「どーも」と短く礼を言って、再びインクまみれの紙と向き合う。
(チーフさん!! 早く帰って来てくださぃぃぃ!!)
職員は心の中で盛大に号泣しながら、自分の仕事に手を付けるしかなかった。
「ったく、なんだってオレがこんなことやってんだ……」
冒険者ギルドのさびれた窓口。
本日、そこに座っているのは、いつものなんでも屋ではない。
場違いにもほどがある男――ジャックだった。
***
「始末書を提出したまえ」
ギルド長にそう言われたときにゃ、殴ってやろうかと思った。
異変が発生している迷宮内での調査。しかも少数精鋭で。
迷宮に来てみたら、未確認の異形と接触した。
そいつをどうにかして討伐し終えて、オレたちはヘトヘトで地上へ帰還した。
ありゃ、下手すりゃ街に危険が及んでた。
災害一歩手前。ヤバイ案件だったな。
そんで、チーフやばーさんがうるせーから調査書をまとめて、ギルド長にぶん投げてやった。
ったく、クソ疲れてたのに、めんどくせぇ書類作業なんかさせやがってよ。
もうこの件については何もないだろうと思ってた。
だけど、次の日。
なぜか、オレだけがギルド長に呼び出しを食らって、このザマだ。
「確かに、パーティを組んで調査しろとは言った」
だから、チーフとばーさんを連れていっただろう。
アイツらなら、ぜってぇ足手まといにならないからな。
その辺の使えない冒険者どもより、腕も度胸もある。
一体、何が問題だっていうんだ。
「うちの職員の出動は許可していない。なぜ他の冒険者を連れていかなかった」
役立たずはいらねぇ。邪魔になるだけだしな。
その点、ばーさんとチーフなら、何も問題はない。
それにアイツら、冒険者として登録はある。
何も問題はないだろうが。
「彼らはそれぞれギルド職員、治療院のスタッフとしての職務が優先だ。
それを放棄して、勝手に連れ出して調査に向かったのだから、当然始末書が必要だ」
ほんっと。規則だなんだって。ごちゃごちゃうるせーな!
そもそも、てめぇが最初から迷宮変化を認めなかったのが発端だろうが。
ランクの高い冒険者を招集して、攻略させたらよかったんだ。
そしたら、調査なんて必要ねぇ。
あーあ。気の毒だねぇ。無駄な犠牲も、出なかっただろうによぉ。
「……犠牲者には申し訳ないと思ってる」
はっ。白々しいことを言いやがって。マジで一発殴りてぇな。
「それはそれ、これはこれだ。
既にチーフとグレアさんからは始末書を提出してもらっている」
はぁ!? あいつらいつの間に。
おいおい、また書類かよ。クソが。
……チーフにでも押し付けてやろうか。
「それとジャック。今日はチーフが休暇を取っている。
そのため、お前にはその穴埋めに窓口で書類作業をしてもらう。
業務をしつつ、本日中に始末書を提出するように」
はぁ? 俺が書類作業!?
しかも、チーフの野郎、休みだってのか!!
「さぼればお前の嫌いな書類作業が増えるだけだ。せいぜい頑張りたまえ」
全部バックレてやろうかと思ったが、そう言われてしまえば黙るしかない。
余計な書類が増えるのは避けたい。
チーフ、戻ってきたら覚えてろよ。
***
こうしてジャックは一日、窓口業務に放り込まれた。
とはいえ、ギルド長も彼に受付業務ができるとは思ってない。
受付自体は本日休業の看板が下げられた。
ジャックは残っている事務作業をしつつ、始末書を書けばいいだけだ。
事務作業にしても、補助として職員が一人付けられている。
実質、やることは始末書のみである。
「なんだって、オレがこんなもん書かなきゃなんねぇんだ」
渋々とペンを握り直す。
だが、数秒後にはまた止まった。
「……大体、なんて書けばいいんだよ」
深くため息を吐く。
自分は何も悪くない。判断も間違ってない。
ジャックは真剣にそう思っていた。だから書けない。
(百歩譲ってだ。カタブツが頭を地面に擦りつけて、書いてくださいってお願いするなら、
書いてやってもいいんだけどな)
机の上の紙には、すでに何十枚も書き損じた書類が散らばっている。
「はぁ。しゃーねぇ。書くか……オレが悪いって書けばいいんだろ、クソが」
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【始末書】
提出者:迷宮調査部隊隊長 ジャック
件名:ジョ・イ迷宮調査における人員選定に関する独断行動について
上記の件につき、下記の通り報告いたします。
ギルド所属の冒険者を招集せず、一介職員であるチーフおよび治療院所属グレアを
迷宮調査へ同行させた件については、私の独断です。
規定違反であることは認識して――
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そこでペンが止まった。
腕がぷるぷると震えて、紙に皺が寄る。
ぶちぶちと何かがキレる音がした。
「はぁぁぁああ?? 規則違反だぁ? マジ納得いかねぇな!
あんなバケモノがいたんだぞ!
他の冒険者なんか連れてってみろ。アレにエサを与えて終わりだ。
オレの規約違反の前に、テメェの判断ミスを謝罪しろってんだ!」
「ひぃぃ……もうやだぁ……」
何度目かも分からぬ怒声に、職員は隅の方で小さくなりさめざめと泣いた。
ジャックは感情に任せてぐしゃっと紙を丸めると、ぶん投げる。
ゴミ箱には、すでに同じような紙が山積みだ。
――コンコン。
「失礼します」
迷宮よりもじめじめとして、殺気が充満している部屋にノック音が鳴った。
扉が開いて、若い冒険者が顔を出す。
「……んだぁ? 看板が見えねぇのかよ」
本日休業。そう書いてあるだろうが。
思いっきり不機嫌な声で出迎えられ、若い冒険者がびくっと肩を震わせた。
「えっと……チーフさん、いらっしゃいますか……?」
あちこちに視線を彷徨わせている。
入る部屋を間違えただろうか。
この怖い人は誰だ。というか、ここから早く退出したい。
青い顔をしながら、若い冒険者はそんなことを考えた。
「いねぇ」
「え?」
「休み。振替休日だとよ」
「そ、そうなんですか……」
ぶっきらぼうに、チーフ不在が伝えられる。
困ったように立ち尽くす冒険者。
「用件はなんだ」
ジャックがめんどくさそうに、尋ねる。
そこで帰ればよかったのだが、若い冒険者はいらない好奇心を発揮した。
「あ、あの! ジョ・イ迷宮の件で……!」
ぴくり、とジャックの眉が動く。
隅で小さくなっている職員は、更に顔を青くして、若い冒険者を見た。
『余計なことは聞かないで、今日は早く帰りなさい』
口をパクパクさせて必死に若い冒険者を逃がそうとコンタクトを取った。
「ふーん……何を聞きてぇんだ」
だが、そんな努力も徒労に終わる。
思いのほか、怖そうな男と会話が成立したので、恐怖より好奇心が勝ってしまった。
若い冒険者は興奮気味に、ジャックに尋ねる。
「その……迷宮変化って本当なんですか? 変な魔物が出たって……」
ジャックはつまらなそうに鼻を鳴らす。
行儀悪く椅子を傾けて、揺り椅子のように揺らしながら、答えた。
「出た」
「本当に!?」
「しつけぇな……出たっつってんだろ」
質問に答えたのだから、さっさと帰れとジャックは舌打ちする。
だが彼の思惑とは正反対に、冒険者は更に食らいついてきた。
「それって、どんな魔物なんですか!?」
「……はぁ。説明しづれぇな」
魔物と断定するには、あまりに歪だった。
不定形の異形。それをどう言葉にしたものか。
溶けた肉。人も魔物もごったに混ざった身体。
鼻が曲がるかと思うほどの腐臭だった。
『タスケテ』と蠢く、微かに残る人間性。
それでいて、こちらに明確に向けられた殺意。
「スライム……みてぇなもんだ」
結局、ジャックにはあれを形容する言葉が思いつかず、適当に答えた。
少なくとも見てくれは、似てるだろうと咄嗟に出た魔物がスライムだった。
「え? スライム?」
冒険者が拍子抜けしたような声を発する。
「なんだ、そんなもんだったんですね。皆が大げさに言ってただけかぁ。
だったら、俺でも簡単に――」
「やめとけ」
あからさまにがっかりした様子で、そう答える若い冒険者にジャックは警告した。
「……え?」
「お前ごときじゃ死ぬって言ってんだ。自殺希望者か?」
空気が凍る。
スライムなんて下級の魔物で死ぬわけがない。
若い冒険者はプライドを傷つけられたのか、顔を真っ赤にして食ってかかった。
「いやスライムでしょ? そんなの余裕ですよ。俺、これでもDランクで――」
――カチリッ。
「えっ……ひぃぃいい!!」
冷たい何かが額に当てられる。
若い冒険者は一瞬、状況が分からず、間抜けな顔をした。
だが、状況を理解すると、顔色が真っ青を通り越して、真っ白に変わる。
情けなく悲鳴を上げて、がくがくと震えた。
いつの間に、目の前に移動したというのか。
銃口を突き付けて、残忍に笑うジャックを見上げるしかない。
「自殺したいなら手を貸すぜ」
わざわざ迷宮に行く必要もねぇよな?
鋭い歯をむき出しにして、トリガーに指を引っかける。
「ジャックさん! 始末書が増えますよっ!」
職員が声を振り絞って、大声で静止した。
始末書という言葉に、盛大に顔をしかめると、ジャックは銃を下ろす。
そして、けだるそうに元の椅子へと戻っていく。
若い冒険者は腰を抜かして、へなへなとその場に座り込んでしまった。
「ランクなんざギルドが勝手に決めてる目安だ。絶対じゃねぇ。
そんなもんが通用しない魔物もごまんといる。
今回のやつもそういう類のもんだった」
黒い塊。混ざった命。
デタラメに取り込んで、成長していた。
ギルド長は文句しか言わなかったが、人選は間違ってないとジャックは改めて確信する。
(オレ一人じゃ、仕留められなかっただろうな。ばーさんの魔法。チーフの援護が必須だった。
それに……あのインチキみてぇな能力も――)
今度こそ、仕掛けが分かるかと思ったが、収穫は零だ。
(あの野郎。オレのスキルを、当たり前みたいに『使い』やがった)
技術を盗んで使えるようなスキルじゃない。
真似たとも違う。そんな単純なものでもない。
だけど、チーフは『理解して使った』。あの一瞬で即座に模倣してみせた。
「せめて、チーフくらい何でもできるようになれよ、ひよっこ」
チーフぐらいって、ただの窓口係じゃないのか。
若い冒険者はそう思ったが、ジャックに恐怖してしまい、もう軽口が出てこなかった。
そのかわり。
「……チーフさんって、その、実はすごいんですか?」
「あいつの実力もわからねぇうちは、まだまだひよっこだな。
迷宮調査なんざ夢のまた夢だ」
「でも……だけど、ただの窓口係って聞いてたのに……」
「――あぁ? 誰がそんなこと言ってやがる」
ジャックの目が細くなる。慌てて冒険者は付け加えた。
「い、いや、みんな……ですよ。
それに! ち、ちーふ自身も、いつも大したことないって、いって、ますし」
(みんな、ねぇ……)
確かに、チーフは自分の価値を低く見積もり過ぎている。
『俺はただの窓口係だ』。
口癖のように彼はそう言う。
まるで、自分の評価から逃げているようだとジャックは思っていた。
(ふざけんじゃねぇ)
あれのどこが、ただの窓口係なのか。
「……いいか」
ジャックは身を乗り出す。
「自分のことを『ただの』なんて、言ってるヤツが、実は一番やべぇんだよ」
「え……?」
「剣も、魔法も、補助も、判断も。全部そこそこできる、だから『なんでも屋』だって?」
そこで一瞬、言葉を切る。
「――“そこそこ”で、あれほどやれる奴なんざ、オレは、見たことねぇよ」
なんでも屋だなんて、言葉通りの意味で受け取るな、そうジャックは忠告した。
冒険者は、ぽかんと口を開けたまま固まっている。
「……用がないなら、帰んな。チーフに用事があるなら、明日以降出直すこった」
「は、はい……」
この話はこれで終わり。ジャックは冒険者に退出を促す。
弾かれたように立ち上がると、ふらふらよろめきながら冒険者は出ていった。
「……チッ」
ジャックはため息を吐いて、再びペンを取った。
先ほどと同じように書き始める。
ペンが止まった。
(どうせなら、盛大に書いてやるか)
くつくつと笑いが漏れる。それを怖がる職員。
書く内容が決まれば、そこからは筆が早かった。
(くは、あの野郎。嫌がるだろうなぁ。いい気味だぜ)
「『大したことはしてねぇ』なんて、逃がさねぇぞ、チーフ」
すらすらと報告書を書き上げて、ジャックはすっきりとした顔でそれを眺める。
「ま、こんなもんだろ――おい、ちょっとギルド長のとこ行ってくる」
「は、はい。いってらっしゃい」
出来上がった書類を持って、部屋を出ていく。
なおこの始末書は、誤字だらけだったため三度差し戻されたそうだ。
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【始末書】
提出者:迷宮調査部隊隊長 ジャック
件名:ジョ・イ迷宮調査における人員選定に関する独断行動について
上記の件につき、下記の通り報告いたします。
ギルド所属の冒険者を招集せず、一介職員であるチーフおよび治療院所属グレアを
迷宮調査へ同行させた件については、私の独断です。
規定違反であることは認識しています。
しかしながら、現地では迷宮変化が想定以上に進行していました。
ジョ・イ迷宮の特性上、増援要請は不可能です。
少数精鋭での対処が必要でした。
未確定の魔物と接敵し、チーフが迷宮サポート課と連携し、チームの指揮を執りました。
また、グレアの回復魔法や結界がなければ、魔物の瘴気で調査継続は困難でした。
最終的に、我々は迷宮変化の鎮圧を完了しています。
正直に言いますと、あの場にいた誰よりも、チーフが一番仕事をしていました。
私の判断が正しかったかどうかは別として、
「チーフを連れていなければ、攻略は完了していなかった」
という点については断言できます。
グレアについても、先述の通り、サポートの点から不可欠でした。
ですが、私の独断で彼らを連れていったのは、正当でなかったのは事実です。
規定違反は規定違反です。
特に非戦闘職員を危険区域へ同行させた点については、軽率な判断であったと認めます。
ご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありませんでした。
【今後について】
・可能な限り、規定に則った人員選定を行う
・やむを得ない場合、最低限の報告を行う
以上を徹底いたします。
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