第6話 窓口担当――その男、何でも屋①
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迷宮変化。それは災害の兆候。
迷宮を管理するギルドなら、誰だってその言葉に神経を尖らせる。
まさかうちの管轄する迷宮で発生するなんて、ついてない。
「チーフさん。おはようございます」
「おう。おはよーさん」
はきはきと明るい挨拶に顔をあげる。
冒険者窓口の若い子だ。名前は、ルーナだったか。
「なんか、疲れた顔してますね」
「そうか? いつもこんな顔だろう」
俺は手元に溜まった書類を整理しながら答える。
「ひょっとして、迷宮変化の件で忙しかったんですか?」
「まだ迷宮変化は起こってねぇぞ」
「え? そうなんですか? でもグレアさんが発見したって……」
そうだ。昨日、うちの窓口に来たグレアさんのおかげで、早い段階で兆候が察知できた。
「あくまでも、可能性があるってだけだ」
「でも……」
「ギルド長がそう判断した。だから、不確定な情報を漏らすんじゃねーぞ」
食い下がるルーナに、ギルド長という言葉で黙らせる。
そう言われてしまえば、彼女も黙るしかない。
頬を膨らませて、眉間に皺が寄っている。
「ほら、仕事仕事! こんなとこで油売ってる暇はねぇだろ」
「もー! わかりましたよ!」
いかにも納得できないといった様子だ。
俺が早く行けと急かすとぱたぱたと急ぎ足で持ち場に向かった。
(悪いな。俺だって納得してねぇよ……)
ギルド長から呼び出しを受けた俺とグレアさん。
グレアさんが迷宮で発生している異変について、細かく状況を説明してくれた。
だが、ギルド長の反応はしぶいものだった。
「一介の冒険者の証言だけで、迷宮を閉鎖することはできない」
まぁ、ギルド長ならそういうだろうな、と俺は心の中で盛大に舌打ちした。
迷宮はギルドの収入に直結するから、よほどの事が起きないと閉鎖はしない。
迷宮変化は、そのよほどの事に該当するのだが。
「その毒は本当に魔物から受けたのか?」
「負傷した冒険者はそう言っていますが」
「では、どんな魔物か調査したのか? 毒の他に魔物の痕跡は採取してるか?」
「それは……」
命からがら、治療院に来たのにそんな余裕はないだろう。
「他の冒険者から受けた可能性は? クサリドクを利用した武器だってあるだろう。
その冒険者の自作自演という可能性もあるしな」
「ギルド長。それは流石に……」
「ないとは言えないだろう。
他ギルドからの妨害で、そういったことは実際にあったからな」
確かにあった事件だ。
俺もグレアさんもその事件は良く知っている。
「グレアさんほどの人の判断だ。可能性としてはとても高いと私も思う。
だが、それだけだ。確証はない。
従ってこのまま迷宮を閉鎖することは、認められない。うちの不利益になるからな」
ギルド長がそう決断したのなら、下っ端の俺はもちろん、グレアさんも覆すことはできない。
結局、ジョ・イ迷宮の調査結果待ちということで、話は終わった。
結果がでるまでは、迷宮変化が起こったとあまり言わないようにとも通達された。
あくまでも可能性。いたずらに混乱を招かないため、というのが言い分らしい。
「せっかくグレアさんのおかげで、早期封鎖ができたってのになぁ……」
はぁとため息を吐く。
思わずペンを握る手に力が入り、書類がくしゃっと歪む。
ちくしょう。やり直しだ。
俺はダメになった紙を丸めて、ゴミ箱に投げ入れる。
「結果が出るまで、閉鎖じゃだめなのかねぇ」
もやもやした思いが胸に渦巻いて、すっきりしない。
ギルド長の主張も分かる。ああ、そうさ。うちは慈善団体じゃない。商売だ。
迷宮が閉鎖されてる期間は、売り上げが減ってしまう。不確定情報なんかで収益を落としたくないってね。だけど。
(何かあってからじゃ、遅せぇだろ)
「おいおい。オレが来たってのに、ねむてぇ顔しやがって。
どうだ。眠気覚ましに、いっちょ、ヤりあうか?」
嫌な声が聞こえてきた。
まさかと思って顔をあげると、見知った男が立っていた。
思わず追加でため息が出てくる。
調査依頼を出したとは言ってたが、まさかコイツが来たのか。
「んだぁ? 急ぎの調査って連絡が入ったから、朝早くからきてやったのによぉ。
ずいぶんなご挨拶だな、チーフ」
「……なんでもねぇ。お前が来たのかよ、ジャック」
ジャック。未踏破迷宮の先行調査を主とする腕利き調査員――だが、性格に難ありの問題児だ。
そして、俺にやたらと絡んでくる腐れ縁。
「ご不満なら帰るぜ。ただし、チーフと一戦殺りあうって条件付きだ。
今度こそ、決着をつけようぜ」
「やらねぇし、不満もねぇよ」
ジャックは血気盛んで、何かにつけて勝負が大好きなイカレ野郎だ。
昔、一度だけ執拗に言われて、手合わせをしたことがある。
結果はジャックの圧勝。俺みたいな半端者が叶うわけがない。
だが、それからやたらと絡んでくるし、再戦を希望される。なんでだ。
「迷宮変化だってな。それもジョ・イ迷宮なんてちんけな場所にだ」
「まだ可能性の段階だぞ」
「グレアのばーさんがそう言ってたなら、違いねぇよ。
ギルド長の判断センスがなさすぎるんだ。ありゃ、いつか痛い目をみるね」
不本意だがその言葉には同意する。
だが、ギルド長は若い。たくさん失敗して、それで成長してくれたらいいけどな。
「で、いつまでここにいるんだ? 依頼を受けるなら、窓口はここじゃないぞ」
あっちだ、知ってるだろ、と受付を示して追い払おうとすると。
「はは。行ってもいいが、条件があるんだよ」
「だから、戦わないって――」
「アンタもいくんだよ、チーフ」
「は?」
俺が? 迷宮に調査に行くって?
「馬鹿言うな。なんで俺なんだ」
「流石に迷宮変化が起こってるとこに、俺一人でいくほど舐めてねぇ。
だが、あの迷宮は狭いからな。少数精鋭で行きたい。
足手まといは必要ねぇんだ。てきとーに、なんでもできる奴が役に立つ」
「適当で悪かったな」
「で、どうすんだよ。迷宮変化が起こってるのに、我らがギルド長さんは閉鎖もしてねぇ。
急いで、調査して対応する必要があるんじゃねーか?」
こいつ……。
だが、ジャックのいう通りだ。
早く必要な情報を集めて、さっさと閉鎖してしまいたい。
「……分かった。ただし、もう一人連れていく。受けてくれるかわからないが」
「誰だ?」
「グレアさんだ。ただ彼女はすでに引退してるからな。
また迷宮を潜ってくれるかはわからない」
「くく。そういうと思ってな――というわけだ、ばーさん。三人で行くぞ」
ジャックが後ろを振り返り、声をかける。
「あらあら。よかったわぁ。
チーフちゃんとジャックちゃんがいるなら、安心して迷宮に潜れるものねぇ」
「グレアさん!!」
まさか。ジャックのやつ。最初からグレアさんを誘ってたのかよ。
「グレアさん。いいんですか? もう迷宮は潜るのは難しいって……」
「最初に発見したのは私だしねぇ。それに、ギルド長のあの言い方!
頭にきちゃったわ! もう、絶対に調査しましょう!」
「ってことだ」
ジャックの勝ち誇ったような顔がむかつく。
だが、ギルド長の判断に納得がいってない自分もいる。
「しかたねぇな――。おい! ちょっと調査に行ってくる!」
俺はその辺にいた同僚に声をかけて、窓口を任せる。
幸い、同僚は快く留守を引き受けてくれた。
上着に袖を通して、必要な荷物を背負う。
「ジャック、グレアさん。足手まといになるかもしれないが、よろしく頼む」
グレアさんはこちらこそとにこにこ笑い、ジャックが余計な心配すんなと野次を飛ばした。
俺たちは迷宮に潜る。懐かしのジョ・イ迷宮に。




