第5話 治療院スタッフ――聖拳の老女、現場に帰る
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ようこそ、冒険者ギルドへ。
アンタが望むなら冒険者以外の職業紹介もしてる。
ちょっと前まで、こっちの窓口は閑古鳥が鳴いてて暇だったんだ。
最近は冒険者以外を希望する奴が増えてる気がするな。
冒険者ギルドなんだがねぇ。複雑な気分だぜ。
まぁ、街を支える奴が増えるのはいいことだけどな。
噂をすれば、今日も来たみたいだな。
***
「まぁまぁ。チーフちゃん。こんなところで、久しぶりねぇ」
おう。いらっしゃ――って、この声。まさか、グレアさんか!?
こいつぁ、どうも! ご無沙汰してます。
「そんなにかしこまらなくて、いいのよぉ。
今日はこの窓口を利用しにきたんですから」
それじゃ。お言葉に甘えて……。
それにしても、グレアさんがなんだってこんな窓口に?
「あら。私のようなおばあちゃんに紹介するお仕事は無いってこと?」
とんでもない! グレアさんなら、引く手あまただと思っただけだ。
「相変わらず、お上手ねぇ。
実はね。来月娘が出産予定なのよぉ。
私も立派なおばあちゃんってわけ」
お孫さんが生まれるのか。そいつは、めでたい!
グレアさん、おめでとうございます。
「ふふ。ありがとうねぇ。
孫が生まれたら、色々入用になるでしょう。
だから、おばあちゃんが孫のためにちょっと頑張ることにしたのよ」
そういうことなら、ぜひ紹介させてください。
あー。昔の記録はどこいった。グレアさん、グレアさんっと。
「私があと五年若かったらねぇ。迷宮に潜って一稼ぎしたのに」
何かあったら、娘さんが悲しみますよ。無理はしないでください。
あった。こいつだ。
光魔法。上級回復魔法。蘇生術。解呪、解毒。体術。
やっぱり、グレアさんはすげぇな。
ブランクはあるでしょうが、このスキルなら色んな場所を紹介できますよ。
グレアさん、何か希望はありますか?
「そうねぇ。お家のこともあるし、短時間のお仕事がいいわ。
あと、なるべくお給金がいいと助かるわねぇ」
となると、治療院がいいか。
「治療院。懐かしいわぁ。そこにしてくださる?」
楽な職場ではないが……って、すみません、ついクセで。
現場の事なら、グレアさんの方が良く知ってるな。
「そんなことないのよ。私はもうずいぶん昔に、冒険者を引退してるもの。
初心を忘れずによ、チーフちゃん」
ありがとうございます。
どうします? さっそく現場を見ますか?
「そうね。今の治療院がどんなふうになってるか、見せてくださいな」
わかりました。じゃあ、こっちへ。
***
どうぞ。グレアさんがいた頃と場所は変わってないですよ。
「あらぁ。なつかしいこと。私もうんと若い頃に、無茶をしてお世話になったわねぇ」
グレアさんが負傷してる姿か。俺には想像もつかないな。
ご覧の通り、設備はいつでも使えるよう手入れは怠ってないです。
冒険者の生命線ですからね。
負傷者用のベッドも薬品も、常に万全だ。
「ありがたいことだわ。通路も広く確保されてるのね。
これなら、緊急の負傷者が来てもスムーズ対応できそうだわ」
グレアさんたち、先輩冒険者からいただいた助言ですからね。
――バンッ!!
……来たな。
くそ、血の匂いが濃い。出血が多いか……それとも別の要因か。
「生きてるかしらねぇ」
迷宮回収業者じゃねぇな。
ふー。ったく。冷や冷やさせてくれるぜ。
幸い、生きてる人間みてぇだ。
「まぁ! 良かった。よく頑張ったわ。命があればそれだけで儲けものよ」
さて、じゃあ実際の作業を近くで見学しましょう。
グレアさん。どうぞゆっくり見てやってください。
これが、今の治療師の仕事っぷりですよ。
「魔物による毒傷を確認、出血多量! 意識なし!」
「そこのベッドを空けろ! 慎重に寝かせるんだ!」
「毒の解析をお願い! 急いで傷をふさいで、増血薬の投与するわ。
大丈夫? こっちの声は聞こえるかしら?」
「回復魔法準備! 一番大きい傷から塞ぎます!
『ヒーリング!』」
この分ならあの冒険者は助かるな。
全く、どんな無茶をしたら、あんな大怪我を負うのか。
意識が戻ったら確認しないといけねぇな。
「チーフ!? お疲れ様です! 来てたんですね」
ああ。お疲れさん。
忙しいところ、邪魔して悪いな。
ご覧の通り、職場見学中だ。
「そちらの方が、ですか?」
「ええ。よろしくお願いしますねぇ」
「はい……。まぁチーフの紹介なら、優秀なんでしょう。
いやぁ、それにしてもチーフが来てくれるなんて、助かるなぁ!
回復の手はいくらあっても困りませんからね!」
おいおい。なんで俺を頭数に入れてんだよ。
俺は窓口担当で、今は職場案内中だぞ。
「まぁまぁ! ようやくチーフちゃんの実力が認められたのねぇ。
私はずーっとわかってましたよ。よかったわねぇ!」
ち、違います! 誤解ですから。
どいつもこいつも、俺を買いかぶりすぎで!
俺の本職は、しがない窓口案内係でしかないですよ!
「あの……ご婦人はチーフとお知り合いなんですか?」
「ふふ。そうなんですよ。
なにせ、チーフちゃんが新人の時からのお付き合いですからねぇ」
「えぇ!? それって……」
おい。グレアさんの前で失礼なことを言うんじゃねぇぞ。
そんじょそこらの冒険者より、ずっと大先輩なんだからな。
「グレア……。も、もしかして、あの『聖拳のグレア』!?
ひぇぇぇ!! し、失礼しました!!」
「まぁ。そんな大それた名前がついてるの?
私はただの回復術士だったのだけどねぇ……。
武器が使えないから、護身程度に体術を習っただけだし」
拳でアンデットを昇天させる回復術士がどこにいるんだか……。
「え、あの、ぐ、グレアさんが、この治療院で働いてくれるんですか!?」
「短時間だけですけどねぇ。ぜひお手伝いさせてほしいわ。
もうずいぶん、現場に出てないから、感が鈍ってると思うの。
色々教えてくださるかしら?」
「じ、自分でよければ!
むしろ、こちらこそグレアさんに色々ご教示いただきたいです!!」
「じゃあ、さっそくお手伝いさせていただきたいのだけど……」
いきなり、実践ですか!?
グレアさんの実力は分かってますが、あんまり無茶はしないでくださいよ。
「心配してくれてありがとうねぇ。大丈夫よ」
「グレアさん、さっそくお願いします――次の方どうぞ」
「いででで……。世話になるぜ。俺としたことが、ヘマをしたぜ」
「右腕負傷。この包帯は、自分で応急処置をしたんですか?」
「ああ……帰還の魔法陣まで距離があってな。なんとか、誤魔化しつつ帰ってきたんだ……」
「傷口を確認するので、包帯を取りますよ――グレアさん」
「ええ。任せてちょうだい。ちょっと痛いけど、我慢してねぇ」
「え、グレアさん!? 現場に復帰したんですか!? いっ、いだだだっ!!」
「よいしょっと、じっとしててねぇ。
私はおばあちゃんですから、もう迷宮に潜るのは無理ですよ。
でも、こうやって治療のお手伝いぐらいはできるわ。はい、おしまい」
あれのどこが鈍ってるっていうんだよ。
流石グレアさん。手際が良すぎるぜ。
傷口を確認して止血しつつ、毒のサンプルまで回収してるな。
あんなに穏やかに話してるのに、手元の動きが見えねぇ。
「これで大丈夫よ。数日は安静しないといけませんよ」
「すげぇ……。痛くねぇ! ありがとうございます!
へへ、仲間に自慢してやらぁ! あのグレアさんに世話になったってな!」
「ふふ。無茶はしないでね。何事も、命あってのものよ」
なぁ、グレアさんにこれ以上教えることってあるか?
「ないですね。即戦力ですよ。
むしろ、我々が足手まといにならないよう、気を引き締めないといけません」
だろうな。
グレアさんの技を間近で見れるなんて、運が良いぞ。
元熟練冒険者の技術を学ぶチャンスだと思え。
「チーフちゃん、ちょっといいかしら」
ん? どうしたんですか。
「ジョ・イ迷宮に迷宮変化が発生してるかもしれないわ……」
あの迷宮は初心者向け。E~Dランク推奨ですね。
変化の内容によっては、すぐ情報の更新が必要だな。
「私はね。ボス交代があったと思ってるの。推奨ランクはDからに訂正したほうがいいわ」
「階層変化って、どうしてわかったんですか?」
「さっきの人が魔物から受けた毒で判断したわ」
ひょっとして、ヤバイ毒でしたか?
「安心して。毒自体は珍しいものじゃないの。
ただ、この毒があの迷宮で検出されたことが問題なのよ」
グレアさん、何の毒だったか教えてくれ。
「『クサリドク』。腐食属性の混じった混合毒よ。
初心者向け迷宮に出現する魔物が持つ毒じゃないわねぇ」
チクショウ。混合毒か。厄介なものが出てきたもんだ。
「あ、チーフ何を!? それ、内線ですよ」
借りるぞ! 緊急事態だ!
『こちら治療院。ジョ・イ迷宮にて混合毒検出。
至急、迷宮の一時閉鎖をしてくれ。
あと、調査隊派遣を要請する。迷宮変化の可能性大だ!』
「ふふ。チーフちゃんは話が早くて助かるわねぇ。
頭の固いギルド長さんなら、手遅れだったかもねぇ」
「あわわ。手続きを無視して調査隊を動かしたら、ギルド長がカンカンだ……」
「こういうのはスピード勝負よ。災害が発生してからでは遅いの」
グレアさん、すみません。ギルド長が直接話を聞きたいと言ってて。
ついて来てもらえますか。
「まぁ……。いいですよぉ。
良い機会だから、ギルド長さんの固い頭が柔らかくなるように、説明するわね」
お手柔らかに頼みますよ。
ギルド長なりに、少しずつ現場の事を理解しようとしてるんで。
「迷宮はね。生物なの。いつ突然変異したっておかしくない。
今までの常識なんてねぇ、ある日突然、通用しなくなるのよ。
そんな迷宮を相手にお行儀よく対応してたら――大勢の人間が死ぬの」
……はい。肝に命じます。
ちなみに途中になってしまいましたが、どうでしょう。
もう少し見学が必要なら後日案内しますよ。
グレアさん。この仕事、やりますか?
「ええ。お願いします。また、お世話になりますねぇ、チーフちゃん」
こっちこそ。世話になります。
おかえりなさい、グレアさん。
さて……忙しくなるな。
迷宮が、動き始めてやがる。こいつは久々にデカイ仕事が入ってきそうだな。




