殺意感染――次の犠牲者は チャプター8
精神的につらい状況が続いたおかげかもしれない、ついに俺は幻覚を見るようになった。
窓の外に、横断歩道の先に、鏡に映った自分の背後に。
頭からどくどくと血を流した女が頻繁に表れるのだ。
俺たちが見殺しにした姿のまま、あの女が出てくる。
頭からは脳みそらしき黄色いモノが覗き、腕はありえない方向に曲がっている。
口からブクブクと泡立つ血潮と、欠損した左の眼球。
振り返ったり、瞬きすると、それは消える。そして初めてそいつが幻覚だとわかるのだ。気が狂いそうだった。いっそ目を潰してしまいたいという衝動にかられた時は、もう末期だなと自分をせせら笑ったほどだ。
恨みがましそうに、残った眼球で俺を見つめている。憎悪と殺意を孕んだ邪眼が、俺の精神の柱を根こそぎ破壊しようとする。
人間一人の心臓の拍動する回数が決まっているとしたら、きっと俺は一年分の寿命がとっくに縮んでいるだろう。
「畜生……」
弥生とは、あれから毎晩のたびに体を交わしていた。弥生が誰よりも近くにいるという安心感か、それとも本能的に、自分が死ぬという恐怖が心の奥底に横たわっているからか。
つまるところ、俺は精神的にも、肉体的にも弥生に依存しているのだ。我ながらひどい人間だと思うけれど、きっと弥生も俺をそういう対象で認識している。お互い様だろう。
情報がないということは、場合によっては恐怖そのものとなる。俺と弥生の爛れた関係も、いずれ中止符が打たれるだろう。
だから、俺は天澤の誘いに乗ったのだ。
頭脳明晰な倉森はいない。野本は入院している。稲村、織田は頼れない。それに、弥生をこの機に及んでもさらなる面倒なことに巻き込みたくないという思惑があった。
天澤に、倉森のパソコンの下にあったものを見せると、彼は首をかしげる。
「これは?」
「倉森が殺された時、パソコンが破壊されていた。……その下に挟まっていたんだ」
「倉森さんはたぶん自分が狙われていることに気づいていたんだろうね。普通だったらパソコンに保存するだろうけど、そしたら万が一の時に破壊され、もちろん中の物はすべてお釈迦になる。だからわざわざ紙に記したんだろう」
尊敬するな、と天澤はでたらめに思えるローマ字の羅列に目をやる。一見すると、意味のない羅列のように思えるが、彼女の遺したものなのだ、意味がないはずがない。
「考えられるとすれば規則性に当てはめてやる、という感じだね」
「規則性?」
「ああ。何かあるんだ。規則性の指針となりうるものが。ローマ字の上に記された『 [p213 245番(3)]』が、その規則性の指針なんだろうね」
「けどそんなの分かるわけねーだろ」
「分かるはずだ」
天澤はぼそぼそと伸びた髭を擦りながら、俺に問いかけた。
「倉森さんがお前自身に送ったということは、裏を返せばお前が解読できるような書き方をしているはずだ。もしパソコンを壊した衝撃で、犯人にこれが露呈すればもみ消されるに決まっている。だからこそ、あえて分かりにくいようにしているだろうが、守恵、お前に分からないような設定をするはずがない」
「そういわれても……」
思い当たる節なんてない。
「そういえば」
電話の時、倉森が言っていた言葉があった。
机が散らかっていないとかなんとか。
あれはいったい何だったのだろう。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
「……とにかく、色々考えてみてくれ」
いつしか昼休みは残り数分となっており、天澤は万札を置いて去っていった。
「色々って……」
そもそも可能性が思い浮かばないのだ。俺は天澤のように、利口ではないし、優秀でもない。
メモ用紙を見つめようとして、不意に俺は振り返る。
誰かが見ている気がしたのだ。
刺すような視線が、ねっとりと俺の背中を撫でまわす。
振り返った先には仕事に戻ろうとする同僚や、スーツを着たサラリーマンの雑踏が形成されていた。
俺に注目している人間は、誰もいない。
「……気のせいか」
そろそろオフィスに戻るべき時間だ、俺は天澤が置いて言ったお金を使い、無事に会計を済ませた。
レストランを出るころには、視線は消えていた。
仕事が終わり、弥生のベットに寝転がりながら、倉森の遺したメモを見つめ続ける。
意味のないローマ字の羅列。ローマ字にある一定の法則を示すらしき、奇妙な物。
「……何かの番号、だよな」
けど、この形式を俺はどこかで見たことがある気がしたのだが。どこだったっけ。
「何してるの?」
夕食を作り終えたらしい、弥生が部屋に入ってきた。
「いや、別に。なに作ったの?」
「今日はガパオ。といってもご飯にそぼろと目玉焼きをのせてオリーブを少しぶっかけただけなんだけどね」
「うまそうじゃん」
ポケットに紙を強引にねじ込み、再び俺は立ち上がった。
「稲村が?」
「うん。書き終えたものを担当の肩に見せるために出版会社に行って、ついでに稲村君の様子を知ろうとしたんだけど、あいつ、無断欠勤を続けているらしくて」
風呂に入り、ベッドで抱き合った後、弥生がポツリと相談してきた。
「それで、今日の昼過ぎに、稲村君の家に行ったの」
聞けば、俺と天澤が協定を結んでいた時間帯に、弥生は丁度稲村の部屋に通されたという。
青白い顔のまま眼鏡を押し上げた稲村は、どこか落ち着き払っている様子だった。どこか精神衰弱になる以前に戻ったようだったようで、悪意ない微笑を浮かべる余裕すらあったという。
けれど、彼の家は、とてもまともとは言えなかったのだ。
まず、床が見えない。洗濯物やら、カップラーメンの空箱、紙、ティッシュ、雑誌、スマートフォンの充電器が散乱しているのだ。しかも、何日も風呂に入っていないような悪臭がする。
しかも、血の臭いも。
「元気だった? 仕事でないとだめだよ」
「仕事?」
例えるならば、人智に及ばない言語を持ち出されたような反応だった。
「仕事って?」
「仕事って……ほら、編集の仕事じゃん? ね」
「編集? ……ああ、そうだった、そうだったね。そうだった」
しきりに同じことをぶつぶつ呟く稲村に、弥生は得も言われぬ不気味さを覚えたらしい。
「い、稲村君……?」
「そうだったね。うん、そうだった。ところでさ、昨日、変な夢を見たんだよね」
脈絡のない会話。
突然弥生は、この人は本当に稲村なのかという疑惑が沸き上がった。元雄と稲村は寡黙で冷静な男だった。こんなおかしいはずがない。誰かが稲村の顔形を借りて、弥生と相対しているのではないかと思ってしまうほどに、彼は異様だった。
ちらりと弥生が机を見る。
そこに散らばっていたのは、精神安定剤の山。薬、薬、薬、薬……。
そして、壁に広がる、無数のひっかいた跡。
ニコニコとしながらべらべらといつになく饒舌に喋りだす稲村。
「それでね、幽霊が言うんだよ。こっちにこいって、こっちにこいって」
稲村の話は、完全におかしかった。ニコニコと、いつも通りの稲村に見える。
けれど、おかしい。爛々とぎらつく目に、話す内容の異様さ。
……ここにいたくない。
弥生は本能的にそう感じたらしい。
ここにいれば、稲村のように自分を保てなくなってしまう。
「ご、ごめん、私、そろそろ帰るね」
「そう? じゃ、ばいばーい。殺されないように気を付けてねー」
殺される。
「俺はもう決めたんだ。姫路さんに、赦してもらうんだ。赦してもらわないと。仕方ないよね。だからさ」
家から出ても、彼は窓を開けて、しゃべり続けていた。角を曲がっても、稲村の独り言は続いていた。足早に立ち去ったため、最後に稲村が何を言っているのかはわからなかった。
「私が悪かったの」
弥生が布団に顔をうずめる。
「織田さんの言ったとおり、やっぱり私があんなことを誘わなければよかったんだ。そうすれば、倉森さんが死なずに済んだのかもしれない」
「結果論だよ。平塚のせいじゃない」
実際そうだ。俺達にはけじめが遅かれ早かれ必要だった。その機会がたまたま弥生の提案だっただけなのだ。
「けど、稲村君があんなにおかしくなっちゃうなんて……」
もともと小説家と編集者としての親交があったのだろう、いつも以上に弥生は落ち込んでいた。
けれど俺は気の利いたことを一つ言うこともできない。そんな自分がひどく情けなく思えた。
「他の連中はどうだ? 織田とか」
「織田さんは分からない。交友関係があるわけじゃないし、それにこの前個別ラインで退会されちゃったから」
病室でのいざこざは記憶に新しい。稲村もそうだが、織田も精神的に限界に近いのかもしれない。
「けど、稲村君の家に帰る道すがら、野本君のお見舞いには行った。もう退院するって」
「そりゃよかったな」
「うん。その時野本君の家に行こうって話になってさ」
聞けば、野本は俺達と再会する直前に引っ越しており、憧れのマイホームを手に入れていたという。
「すでに織田さんと倉森さんを招いたから、今度は稲村君と一緒に来てね、とさ」
それもいいかもしれない。
すべてが終わった後、野本の家で大騒ぎしたいものだ。
そのためには、早く俺は倉森のメッセージを解読する必要がある。
「行けるといいな」
願わくは、俺たち六人で。
しかし、その願望は、次の日のニュースを見、脆くも打ち砕かれたのだ。
寺井が死んだ。
これで、十年前の姫路を殺したメンバーの死者は、三人となった。
俺と弥生が忍び込んだ姫路家の廃屋が放火された。これも必然的なのか、それとも偶発的な事故だったのかは不明だが、原因不明の出火であると報道されていたため、姫路を見殺しにした出来事と関わっていると見立てていた。
寺井が発見された場所は、廃屋の風呂場だった。
俺と弥生が侵入した際に、木の板で厳重に封鎖された、あの風呂場だ。
死亡推定時刻は、俺たち六人が弥生の誘いに乗った日だとわかった。
つまりあの日、弥生が寺井に連絡を取った直後には殺害されていたという計算になる。
原因は刃物による頸動脈の切断だった。
風呂場は燃え尽き、かろうじて歯の治療痕から被害者を特定したというニュースだった。
夏も中盤となり、俺がお盆休みを取った直後の出来事だった。
残りは、五人。
俺、弥生、野本の三人は病室にいた。
野本は頭を抱えながらピクリとも動かず、弥生は口元を覆っている。
「今度は寺井か……」
怖かった。次は俺かもしれないという恐怖が、ひたひたと忍び寄っていく。
ここにいる誰かが、次の日には死んでしまうかもしれない。
そしてそれが、俺である可能性もあるのだ。
すっかり来慣れた病室すらも歪んで見えてしまうほどの緊張感。引き出しの上に唯一乗っている花瓶の赤い花が、白い壁を背景にちかちかとした。
「もう、勘弁してよ……」
特に弥生のショックはひどく、ニュースを知った後は洗面所で嘔吐していた。あの廃墟には、寺井の死体が転がっていたのだ、仕方がないだろう。
木版一枚隔てた一メートル未満の距離に、彼の死体が転がっていたと思うと……。
ワタシハオマエノコトヲゼッタイニユルサナイ。
ゼッタイニオマエヲ――コロシテヤル。
俺たちにかかってきた謎の連絡。あの宣言が、徐々に現実味を増してきている。
「もう駄目だよ、警察に行こう」
弥生が呟く。
「けど……」
俺が躊躇すると、弥生は必死に訴える。
「確かにばれるのは怖い。けど、このままだったら殺されるんだよ?」
重苦しい沈黙が下りる。野本は黙ったまま唇をかんでいる。弥生は心の底から怯えていた。
「保身に走ってる余裕なんていないと思う。稲村君もおかしくなって……もう耐えられないの」
目を赤くしながら座り込む彼女を見、野本は目を開く。
「……やめておこう」
「どうして」
「幽霊に襲われたなんて言っても信じてくれない。むしろ僕らが殺したのではないかと疑われるだけだ」
「そんなの、聞いてみないと分からない」
「……話したよ、もう」
野本はポツリと呟く。
「実はもう、僕は全部話したんだ。倉森が殺された後だ。けどあいつら、僕を頭がおかしい奴とみなして門前払いしたんだ。幽霊なんて公の組織が信じるはずがない」
野本は諦めたように突っ伏した。
「そんな……」
絶句する弥生の顔色はひどく悪い。
「どうしてそれを話してくれなかったんだ?」
「織田は人一倍警察を忌避していたから言い出せなかったんだよ」
「……そういえば、織田と稲村は? 平塚が連絡してたよな」
俺が尋ねると、弥生は首をひねった。
「連絡したんだけど、織田さんは行かないって言って、稲村君は……なんか、支離滅裂な言葉を吐いてた」
「どういうこと?」
「なんか……赦されるためになんとかかんとかって」
赦される?
「本当に大丈夫なのか? 稲村は」
「さあ……」
弥生の話を聞く限り、稲村は正気を失っている可能性がある。どういう意味でそう発言したのか。
「……とにかく、自衛を強化しよう。皆もなるべく一人にならないように気を付けて」
野本の一言で、その場は解散となった。
俺が住んでいるアパートの大家さんから連絡が来たのは、夕暮れ時のことだった。
家賃は払っているはずだしと心当たりを必死に探しながら、最初は呑気に大家さんの話を聞いていた。
しかし、朗らかな人格の持ち主である大家さんの焦った声色は、やがて俺を恐怖のどん底に引きずり降ろしたのだ。
「あんたの部屋、扉が開いてるけど、なにかあったの?」
病院から出た俺がその連絡を受け取り、弥生と別れ、電車を乗り継ぎ、住んでいたアパートがあった住宅街に舞い戻った。
アパートにつくと、俺の部屋の前に人が密集していた。何が起きているかは情報で知らされていたものの、人だかりで確認できない。
警察はいなかった。隣人たちや、連絡をくれた大家さんが集まっている。
大家さんは俺の姿を認めるや否や、こっちよと誘導してくれる。同じく俺を見た隣人たちは遠巻きに俺を観察するような視線をよこしていた。
扉の前に来て、俺は心底毛穴が広がったかのような鳥肌がたった。
扉のドアノブが破壊されていた。全開になった扉の奥には、俺がいつも座っているちゃぶ台がある部屋が丸見えになっていた。
誰かが、侵入した?
「これは、いつから?」
「分からないの。何しろみんな会社員だし、独身だから、昼頃には全員いなくなってて……」
半ば社員寮と化したアパートで、しかも人通りの多いとは言えない道に建設されているため、昼はほぼ監視がないのだ。
「朝は大丈夫だったんだけど……あなた、変な信用金庫を頼ったりしませんでしたか?」
「やくざとつながりなんてありませんよ。……ん?」
映し出された部屋に、俺は違和感を覚える。
何かが足りない。
「すみません、大家さん、人払いをお願いできますか?」
大家さんに頼み込み、俺は部屋に入る。
小さな、畳のリビングに入る。畳の面積の約三分の一ほどのちゃぶ台。白のビニール袋に詰め込まれたカップ麺の殻。
一見すると、弥生の家に行く前と同じだった。
けれど、何かが違う。漠然とした違和は消えない。
ちゃぶ台を見下ろし――やがて気づいた。
刺身包丁が、消えていた。
確か俺はちゃぶ台の上に、何が起こっても対応できるように刺身包丁を置いていたはずだ。
どこかにもって言った覚えは、当然ない。
念のため台所を見るが、当然のように刺身包丁は喪失している。
「……誰だよ」
誰かが、俺の部屋に入った。
いや、誰かじゃない。あの血まみれの女だと不思議と確信していた。
弥生の家に泊めてもらえなかったら、一体俺は、どうなっていたんだろう。
仮に、弥生を俺の家に泊めることになっていたら……?
怖い。
理解できないことが怖い。
何かが俺の部屋に来た。数時間前に、誰かが部屋に入り、刺身包丁を持って行った。
どうして? なんで?
一瞬だけ、俺と弥生が血だるまになり息絶えているイメージが脳内にちらついた。
勝手知ったる自分の部屋なのに、ひどく息苦しい。静寂の中に、誰かが動いていると錯覚してしまうほどだ。緊張感漂うあまり、わずかな吐き気すらも催してしまうほどだ。暮れ始めた空が、ゆっくりと闇に侵食されていく中、俺は動くことすらできなかった。猛暑にもかかわらず、じっとりとワイシャツの背中が汗でぬれていく。
心臓が、耳の奥でバクバクなっている。いつの間にか、俺の掌が汗ばんできていた。
「もう、解放してくれよ」
姫路が死んだのは仕方がなかった。俺のせいじゃない。不回避の事象だったんだ。
「……早く、戻ろう」
ここには、もういられない。
弥生に住処がばれたことを報告すると、彼女は絶望した表情を浮かべた。
「じゃ、じゃあ、私の家も、ばれるかもしれないの?」
弥生の不安を払しょくする手段はなかった。
「……血まみれの女がいたら絶対に離れるんだ」
「うん……というより、私は暫く外出を控えることにする。藤間君も気を付けてね」
「ああ」
この家がばれたら、弥生と俺は完全に詰む。倉森や寺井も殺された。
もう、次に誰が殺されるかも予想ができないのだ。
突然、弥生のスマホに着信が入った。
「……ん?」
「どうした?」
俺が尋ねると、彼女は黙ってスマホのディスプレイを俺に見せてきた。
……織田だった。
「けど、どうして私に?」
織田は病室での一件で弥生と険悪な仲になっているのだ、どうして彼女にかけてくるのか。
「とにかく、出てみるね」
「……ああ」
ブルブルとバイブレーションするスマホに、弥生が出る。
刹那、涙でかすれた声が電話口から突き抜けた。
「や、弥生ちゃん……」
「織田さん? どうかしたの?」
しかも、どこか狭いところにいるのか、ゴウゴウと激しい息遣いがする。声も、まるで何者かに気づかれまいとするように、小さく、震えている。
何かがあったのは明らかだった。心拍数が一気に跳ね上がる。
「た、助けて!」
「助けてって……何かあったの?」
「お願い、早く来て、あたしを助けて!」
織田の悲痛な断末魔に、弥生は困惑していた。
「落ち着いて、織田さん! どこにいるの? 何が起こってるの?」
「追われてるの、助けて! このままじゃあたし殺される! お願いだから早く」
カチャン、とガラスが破裂する音がした。怯えがここまで伝わってくる。
「だからどこにいるの!」
弥生がこらえきれず叫ぶ。煮えたぎらない返しと、数秒でいようであると察した焦りが、弥生の声色を荒立てているのだろう。
「あ、あの廃ビルよ……あの女が勝手に死んだ場所! そこに隠れてるの。だから早くしてよぉ」
あの女が死んだ場所。
「そうだ、確かあの事故現場の傍には大きな廃ビルがあった。多分そこだと思う」
「分かった。織田さん、待ってて! すぐ行くから!」
「お願いだから早く来てよ!」
織田の連絡が切断される。
倉森に寺井、そして、織田。
「行こう」
彼女は台所に駆け込み、ナイフを握りしめていた。
「藤間は待ってて。……危ないかもしれないから」
「お前を置いていけるはずないだろ。俺だって行く。それに、もう犠牲者を出したくない」
織田の、死者を軽く見る言動は気に食わない物の、だからと言って死んでもいいとは思っていない。弥生は分かった、と頷く。
事態は刻一刻と深刻になっていく。
時刻は九時を回ろうとしていた。




