殺意感染――次の犠牲者は チャプター6
階段を上がると、弥生がポツリと呟く。
「十三段、だったね。階段」
弥生の言わんとすることは分かる。死刑囚を絞首刑に処す時に上る階段の段数も、十三段。恐らく知らない人のほうが少ないであろう知識である。
「皮肉だな」
まるで姫路を見殺しにした俺たちが、何かに狙われていることの示唆だ。そしてそれは、断罪でもある。少なくとも俺はそう思うし、弥生も俺と同じ考えに辿りついているためそう言ったのだろう。
階段を上がると、スライド式の扉があった。扉を開けると、和室が広がっていた。座布団が数枚あるだけの、がらんどうとした部屋。さらに奥の部屋もあるものの、こちらは見通すことができない。ゾクリと背筋が凍るような冷たい感覚がする。
畳の臭い。
中に入ると、ぎしりと大きく歪む。
それにしても、部屋の湿度が高い。雨漏りなどがあったのだろうか、全体が湿っているし、あっという間に顔も湿気でベタベタするようになった。
薄暗く影が落ちた部屋。窓から差し込む光は、刻一刻と薄まっていく。秋の日は釣瓶落としというが、夏の夕方から闇夜にかけても当てはまるんじゃないかと思うほどだった。
パチリと弥生が懐中電灯をつけた。円柱形の光の丸が映し出される。その先には、もともと白色だったであろう、黄ばんだ押し入れの襖。今にも、何かが飛び出してきそうな妄想が頭の中によぎる。
「仏壇はどこにあるんだろう」
「気をつけろよ。足元かなり不安定だからな」
「分かってるって」
弥生が足元を確かめながらも、和室の向こう側に進んで行く。ギシ、ギシ、と鈍い音が鳴り響く中、慎重に彼女は奥のほうへ進んで行く。
奥の部屋には、確かに仏壇があった。
窓の光が当たる位置に放置された仏壇は、多くの肝試しに訪れた者がいたのにもかかわらず、完璧に近い保存状態を保っていた。普通だったらもっと乱れているものだと思うのだけれど。
仏壇には、二枚の遺影があった。一人は姫路のお母さん、もう一人は姫路だろう。写真に写る姫路は、美しい青い海をバックに、ピースサインをしながら写っていた。その姿は、純粋無垢という言葉がぴったり似合うであろうもので。
どちらの写真も表面に埃が溜まっており、時代の流れかセピア色に染まりつつある。
弥生が両膝をついて、手を合わせる。俺も彼女に倣って黙とうをささげる。
姫路さん、すみません。本当に申し訳ございませんでした。勘弁してください。確かに俺は何もできなかったけど、わざと見捨てたわけじゃないんです。だから――。
ありったけの謝罪をした。本来なら十年前にすべきことだった。けれどあの時俺たちは全員怯え、謝罪するということに頭が回らなかった。
いつの間にか俺たちは、見殺しにした姫路よりも年を取ってしまった。
この謝罪は、いわば十年分の懺悔と同等だった。心から――というより、恐怖心からと表現したほうがより正確でもあったのだが――姫路の成仏を願い、一心不乱に謝罪を並び立てる。
目を開けると、弥生はまだ黙とうをし続けていた。俺の都合で切り上げようなんてことはできないため、彼女の黙とうが終わるまで、傍で控えることしかできない。
俺は聞こえないように、小さなため息を漏らす。
もはや、空は完全に暗がりに堕ちていて、光源は弥生が持っている懐中電灯だけだ。それも照らし出されている面積の範囲は狭く、心もとないの一言に尽きる。
手持無沙汰に窓を見やる。俺のすぐ真横にある窓は黒く汚れているものの、透過性は未だに損なわれてはいなかった。しかし景色といえども向かい側の一軒家が見えるだけで、別段面白い風景が見えるわけではなかった。あちらは外出しているのか、電気はついていない。
不気味だ。
その一言に尽きる。人の声も、何もない、空虚な廃屋。
そして、廃屋になった原因を作ったのが、俺達。
弥生の祈りは、未だに続いている。
まだかよ、と内心毒づいてしまうのは仕方がないだろう。早く帰りたい。ここからいち早く脱したい。
「……?」
不意に、窓に陰りがさした気がした。しかし、それは一瞬のことだった。次には先ほどと変わらない光景が映っているだけ。
「何も、無いよな」
それを口に出すつもりは毛頭なかった。何より、彼女を不安にさせたくなかったから。
しかし。
あの一瞬、女の影が映った気がした……。
血まみれの女が、満面の、禍々しい笑みを向け、窓に張り付いている――。
「どうしたの?」
「うお!」
つい、変な声が漏れてしまった。そんな俺を不思議そうに見つめる弥生。
「どうしたの?」
どうやら、黙とうは終わったらしい。懐中電灯でほのかに映し出された弥生の顔色は、病人のように青白かった。
「なんでも、無い」
微笑を浮かべることが、精一杯だった。相変わらず、窓の外は変化がない。
「そう。ならいいんだけど……」
弥生の表情が曇る。
「どうした? 平塚」
「なんか、見られてる気がしない?」
それは、十年来の再会を果たし、皆で寄った居酒屋で彼女が言った言葉だった。
しかし、あの時と決定的に違ったのは、彼女の疑惑の前に、窓の外の何かを目撃してしまった点だ。幻覚なのかもしれない。けれど、鮮明に映ったそれの後に、弥生が視線を感じている……。
「なんというか、ねっとりとした感覚がするの。誰かが見ているような、背後がちりちりするような」
誰もいないのは、分かっているんだけど。
すると、ひときわ甲高い、鴉の鳴き声が部屋中にとどろいた。ビクリと弥生の方が跳ね、バッと視線を窓のほうへ寄せる。
数秒ほど、嫌な空白が開いた。
「帰ろう!」
俺の声色に、弥生はそうだね、とやや焦燥に駆られたように同意する。
ここにいたくない。先ほど廃墟に侵入するときに覚えた恐怖感が、再び俺の思考を侵食し始める。
どたどたと先ほど歩いてきた道を駆ける。弥生がすぐ真後ろについてくる。
階段の前の扉を開けようとした時だった。
カラカラカラカラ……。
心臓が止まるかと思った。反射的に振り返る。
何かが、動いている。どこかから、乾いた音がする。
「何よ……」
かすれる、弥生の声色。
「……押入れのほうからだ」
いまだに音は続いている。押入れは締まっていて、中の様子は窺い知れない。
俺が一歩押入れに近づくと同時に、手が引かれる。
「ねえ帰ろう、もうこんなところにいたくない!」
半泣きになった弥生に、俺はまくし立てるように説得する。
「今原因を突き止めないと、俺、ずっと怖いままでいる気がする」
「それでもおかしいよ! ここ、変だよ絶対! 今も誰かに見つめられてる気がするの」
「平塚はここにいて……何かあったら、駆け下りてくれればいいから」
カラカラカラカラカラカラ……。
音は、鳴りやまない。弥生は分かったよ、と譲歩する。俺は足音を立てないように、押入れに近づく。
緊張で吐きそうだった。がくがくと足が震えているのが自分でもわかる。口が乾いていく。
伸ばす腕が、押入れの窪みをつかむ。
怖い。見たくない。逃げ出したい。
「……くそ」
襖を開け、中を確認する。背後で弥生が目に両手を当てた。
中にいたのは――。
機械仕掛けの人形だった。生気のない双眼の、拳のサイズくらいの小さな女の子の人形。
頭にはねじがあった。ゼンマイ式で動くものらしい。そいつは暫くカラカラと動いていたが、やがて静止する。水を打った静寂が、再びこの場を支配した。
なんだよ、と気が緩みかけ、そして気づく。
……どうして、ゼンマイ式の物が、今動いている?
誰も、触っていないのに。
……。
戦慄が体を稲妻の如く駆け抜けた。
それからの記憶は断片的に飛んでいた。
弥生に聞くところによると、俺はそのあと階段を駆け下り、猛ダッシュのまま廃墟を出たらしい。実際そうだったのだろう、あちこちぶつかったときについたと思われる埃などが付着していたし、ひどく息が切れていた。
弥生も廃墟を出てからしばらく視線を感じていたらしいが、やがて消えたらしい。
駅前のマクドナルドで、俺と弥生は相席したまま、フライドポテトをつまんでいた。
「フライドポテトのLサイズが百五十円だったの」
「悪いな、奢ってもらって」
「いや。……ごめんなさい。まさか、あんなことが起こるなんて」
先ほどの廃墟とは全く違い、ここは人が多く、何かと騒がしい。しかしいつもならば騒音に眉を顰めるこの騒々しさも、今となっては救いと同義でもあった。
弥生もさすがに倦怠を隠すことなく、ぐったりとしていた。ポテトの塩辛さが、体に染み渡る。
「けど、目的は果たせたよね、私たち」
「ああ」
目的は、果たせた。けれど……。
窓に現れた、刹那に消えたあの女の影。カラクリ仕掛けの人形。
そして、弥生が感じたという、邪悪な視線。
果たして、俺たちのやったことに、意味はあったのか?
怪異は、止まるのか?
鳩尾に鉛のようなものが落ちるような、煮えたぎらない、不完全燃焼が、まだ残っている。もう大丈夫だと自分に言い聞かせても、それは全く解消されることなく、むしろ否定すればするほど肥大し無視できないほどの物になっていくのだ。
「けど、結局倉森さんは来なかったね」
弥生の一言で、俺は思考の渦から意識を浮上させる。
そういえば、あれから倉森からの連絡もなければ、途中で合流することもなかった。弥生によれば、先ほど駅前で先に言っているという趣旨の連絡も、既読すらついていないようだった。
「返信はないのか?」
「うん。……本当に、どうしたんだろうね、倉森さん」
「さあな」
俺もラインを開く。倉森からの連絡があって以降、彼女からの返信や、折り返しの電話がない、ほぼ独り言のような文面。しかしきっちりと既読はついている。俺は約束をすっぽかした倉森に対し、少しだけいらだった。
「あいつが無断ですっぽかすとは――」
思えない、と言いかけた時だった。
突如、俺と弥生のラインがほぼ同時に着信を告げた。倉森がようやく返信をよこしたかと、スマホのディスプレイを見る。
そして絶句した。
相手は――。
寺井正毅だった。
「藤間君」
「平塚のところも寺井から来たのか?」
彼女が肯定の意を込めて頷くのを見届け、俺は寺井のライン画面を開く。
そこには、動画ファイルが添付されていた。
平塚のラインにも、同じものが送られている。動画は真っ黒で、何が映っているかは分からない。以前から俺が彼に送った連絡には、全て既読のマークがついていた。
「でも、どうして寺井君からラインが届いてるの?」
弥生の問いに、答えを与えることはできない。なにより彼は行方不明になっているはず。そんな彼から連絡が来るなんて、どう考えてもおかしい。
しかもこのタイミングだ。あの廃墟に入ってから、怪異は収まることなく、むしろ加速しているのだ。半分ほど残されたフライドポテトに、弥生はもう手を付けていない。
「なんだろう、これ」
「……再生してみよう」
「けど!」
ガタンと弥生が席を立った途端、集まる周囲の視線。
「おい、平塚」
「……ごめんなさい」
弥生は頭を抱えて、もう勘弁してよと目を瞑る。
「……確認しないと、前に進めない。そうだろ」
俺は再生ボタンをクリックする。弥生は視聴する気はないようだった、そのまま身じろぎ一つしない。
再生するや否や、小さなノイズ音がする。人の声はない。
完全な闇の中に浮かび上がったのは、どこかの部屋だった。机が見えた瞬間、あの廃墟かと疑うものの、形状からして違うとすぐに判断する。机の上にはラジオや書類、そして何故かヒビが入ったパソコンが置かれていた。地面には書類や本が積みあがっており、ノートには鉛筆が挟まっている。
一軒家じゃない。マンションか、はたまたアパートだろう。窓の外には向かいには高い建物がある。
映し出された、机の傍。生活感のある、その部屋の椅子には、誰かが座っていた。
黒々とした影のようなそれの床には、ぬめぬめと反射する液体状の何かが零れていた。
その人は、椅子に座ったままぐったりとしていた。うつむいた首に、力なくしなだれた両腕。
そして、その華奢な体を覆うように、白衣を身に着けていた。その人は麻か何かのロープで椅子に縛り付けられている状態で放置されている。
呼吸が止まるほどの衝撃が、雷光の如く体を撃ちぬいた。
嘘だ、と脳が否定する。けれど、動画の映像は、無情にそれが事実だと告げる。
手が汗ばむ。動悸が激しい。
髪の毛から覗く、虚空を見つめる目。
うなじに突き刺さった、一本の包丁。
ドラマでしか見たことのない、人の、死体。心のどこかで無縁だと決めつけていた、人の亡骸の存在。
その人を、俺は知っている。
『……面白いことをつかんだの。この一連の事件に対する、真相の核心』
『けど、今は決定的な証拠が足りない。だから、今ここで公表することは藤間守恵をかく乱させる結果になる。だから話すのは遠慮しておくよ』
『じゃ、土曜日に』
「どうして……」
血だまりに沈み、脱力した姿勢のままこと切れた、倉森の肢体は、まるでマリオネットの糸の切れた人形のようだった。生々しい、弾力を失った肌が、ヌラヌラと外のかすかな街灯に照らし出されている。
俺が倉森の死体だと認識した途端に、動画の再生が終了した。
同時に、動画が消える。削除されたのだ。もちろん、寺井のスマホを使用しているであろう向こう側から。
弥生のスマホからも、消されていた。
その刹那、弥生のスマホに着信表示が出た。
相手は、織田だった。
弱り切った弥生の代わりに、俺が連絡に応じた。
「もしもし! あたしよ! 織田だけど!」
てんぱり、何度か声がひっくり返っている織田。その理由を、直感的に分かってしまった。
「どうしたんだ?」
「あ、あれ? 貴方……」
「俺だ。藤間だ。平塚が今電話に出られないから、代わりに俺が出てる」
「突然、寺井から連絡が入ったの! そしたら、変な動画が――!」
「倉森か?」
「……!」
電話の奥から、はっと息を呑むのが正確に伝わった。
「お前、倉森の家知ってるか?」
「分からない。けど野本とは親交があれからあったらしいの。だから、彼なら――」
「分かった。あいつとコンタクトを取ってみる。場所を連絡して集合しよう!」
あわただしく会話を切り上げ、立て続けに野本に連絡をする。出てくれ、頼むからと内心祈りながら待つ。
電話がつながった音がした。
九時を回った時には、俺と弥生、織田と野本がそろっていた。どうやら野本は病院から抜け出してきたという。彼曰く、入院なんてしている場合ではないということだった。それに、稲村もいた。数週間しかたっていないのに、稲村はさらに亡霊のように痩せこけていて、何より覇気がない。織田は今にも泣きだしそうで、野本は鬱蒼とうつむいている。重苦しい雰囲気に押され、俺たちは終始無言のままの集合だった。
駅前に集合し、そこから徒歩十分ほどの道を走る。
倉森が住んでいるのは、灰色のマンションの六階。多くの建物が乱立した住宅街に、それはあった。
「ここだよ」
野本のナビゲーションが終了した。
「平塚、連絡付いたか?」
「駄目。出てこない」
何度も倉森に連絡を取ろうとするが、全て黙殺されているらしい。加速する、最悪の結末への道。
エントランスに入り、エレベータで上へあがる。変わるランプの数字。圧力のせいで耳鳴りがする。
廊下に出ると、野本が案内する。半ば駆け足だった。外から入ってくる生ぬるい風が、奇妙なほど心を掻き立てる。
「こっちだ」
角にある部屋の表札には、倉森とマイネームペンで書かれている。
織田がインターホンを押す。ピンポーンと状況に似合わない、呑気な音がマンション中に木霊する。
「倉森! あたしだよ! 織田だよ! 返事してよ!」
ピンポンピンポンピンポンピンポンと連打されるインターホン。
「どうして出ないの!」
「落ち着けって!」
俺の静止にかまわず、織田がドアノブをつかみ、思い切り引く。
ガチャリ、と扉が開いた。
あっけなく開かれた扉の奥は、電気がともっておらず、真っ暗だった。
「……なんだ、この臭い」
サッと野本の表情が凍り付く。
間髪入れず漂ってくるのは、吐き気を催すような血の臭い。
勢いよく室内に入ろうとした織田の足が止まる。弥生が嘘でしょ、と口を押える。稲村は無表情のまま、下を向きぼそぼそと独り言を漏らす。あっという間に水を打ったように静まり返る俺達。
けれどその沈黙の中で、俺たちは悟ったのだ。この中で起きているであろう惨劇に。
「……平塚。警察を呼んでおいて」
濃厚な死の臭いに、まず中に入ったのは野本だった。俺も続く。
額に浮き出た汗が、頬を伝い、顎から落ちる。
玄関口の電気をつけると、途端に部屋が明るくなる。
「ヒィ!」
廊下に伸びる血だまりを直視した織田がのけぞる。コップ一杯の水を床にぶちまけたみたいな、黒々とした血。
この機に及んでも、俺はまだ認めたくなかった。
どっきりなんじゃないか。倉森の悪趣味が高じただけなのではないか、と。
けれど、俺の中にある、どこか冷静なもう一人の自分は、ああ、やっぱり、と納得しているのだ。
難民問題とか、猟奇殺人とかと肩を並べるつもりはない。けれど、現実なんてそんな感じで、大抵残酷で、救いなんてないものがほとんどだ。
そして、今の現状も、それだ。
リビングに入ると、血の臭いと一緒に排せつ物の悪臭が鼻を突いた。それと、むせかえるほどの死臭。
暗がりに浮かぶ、椅子とともにぐるぐる巻きにされた、倉森の亡骸。電気をつけなくてもわかるほどに、飛び散った血液が、机に、壁に、窓に、書類に張り付いて、家主の命の終わりを無情に告げていた。
うなじから生えたナイフの柄は、先ほど動画で見た通りの光景だった。
ポタリ、ポタリ、と倉森の椅子から、血が一滴ずつ滴り落ちている。
この前まで雑談し、笑いあっていた友達が。
目の前で、血の海に沈み絶命している。
「う、うえええ!」
野本が後ろで嘔吐する。右手で口を押えているものの、そこから吐瀉物があふれ出し、ぴちゃぴちゃと下卑な水音が反響する。
『いずれ数学界に革命を起こしてやるさ』
あの日、倉森が宣言した夢は、この瞬間、実現が不可能となった。
もし、自分の面前に死体が転がっていたら、どういう反応をするだろうか。
普通だったら野本のように吐いたり、恐怖に硬直したりするものだろう。
しかし、動画であらかじめこの事実を知っていた俺は、薄情かもしれないけれど、死体なんて一切埒外の域にあった。
ただ、思ったことはたった一つ。
俺たちは、赦されない。
全員、俺たちは姫路の呪いによって、殺される。今日の出来事は、全て無駄だったのだ。
倉森に同情をしている余裕なんてなかった。明日は、我が身という言葉が、頭の中でありありと浮かぶ。そんな利己主義な自分に反吐が出ると同時に、断崖絶壁に片足でふらつくような得体のしれない、本能的な恐れを抱いていた。本当に頭がおかしくなりそうだ。
目の前に広がる血の海の中には、パソコンがあった。しかしそれは鈍器のようなもので殴られたのか、完全に破壊されていた。
そういえば、あいつ、自分に何かあったらパソコンを調べろと言っていたよな。
俺はパソコンを撫でる。指に、彼女の血が付着する。これでは、何かデータを保存したとしても、閲覧は無理だろう。
「……これは」
しかし、パソコンの下に、一枚の紙があることに気づく。
抜き取ってみる。
それは、意味不明な、文字の羅列が広がっているだけだった。
『Caesar
[p213 245番(3)]
→LMKMRMFY CDHZUDIJ FJITVFPNCV』
「いやあああああああああああああああ!」
反射的にポケットにそれをしまい込み、振り返る。
織田が頭を両手で抱えたまま絶叫していた。好奇心に負けて入ってきてしまったのだろう。
「見るな!」
織田の前に立ち、変わり果てた倉森を彼女の視界からシャットアウトする。ひしひしと絶望感が体を支配していく。
遠くから、風に乗って、サイレンが流れ込んできたのが聞こえた。




