殺意伝染――次の犠牲者は エピローグ
『2009年7月21日の昼頃、近場の高校一年生の男子生徒が大型トラックにはねられました。男子生徒は現在意識不明であり、トラックに搭乗していた男性(69)は、眠っていた、何が起こったか分からないと供述しており、警察は男性を過失運転致死傷罪の疑いで逮捕、現在取り調べを行っており――』
あれから、毎日私は彼――藤間守恵君のお見舞いに一日も欠かさず通っていた。といっても看護婦をやっているため、必然的に彼とは会うのだけれど。
彼は植物状態のまま、ピクリとも動くことがなく、そのまま数年が経過していった。
妹の美愛やお父さんは気にするなと私の心をいやそうとするけれど、そんなことは意味がないのだ。
テレビはつけっぱなしになり、ニュース番組を報道しているが、もはやそれに耳を傾ける者は、ここにはいない。
「ねえ、なんであなたは、私を助けてくれたの?」
ぴ、ぴ、ぴ、と断続的に電子音が鳴る中、私の問いは誰も答えることなく霧散するだけであった。
私――姫路真はたくさんのチューブにつながれている藤間を見下ろすことしかできない。
「姉貴」
部屋に入ってきたのは、美愛だった。心配そうに私を見つめている。仕事の間を縫って彼のもとに訪れていることを心配してくれているのだろう。ありがたいけれど、これは私の問題なのだ。
「彼のことを心配するのはいいけれど、それで姉貴が倒れたら意味ないじゃん」
「けど……」
「……彼がどうしてここまで勇気を振り絞って姉貴を助けたかは分からない。けど、彼が目を覚ました時、万全な状態の姉貴がいてくれたほうが、この、藤間さんという人も喜ぶんじゃないかな」
美愛は時折、初対面なはずなのに彼のことを知っているように錯覚することがあるという。理由は分からないし、一種のデジャブなのだろうけれど、不思議と美愛は彼のことを気にかけていた。
数年がたった今、私たちの家庭は安泰で、別段危険なことは何もない。
たまにお見舞いに行くと、倉森や野本など藤間の級友と出会うこともある。その時は彼らに藤間の人柄を話したりすることがあり、顔見知り程度の関係を築くことができていた。
特に美愛は野本に対し恋愛感情を抱いている様子で、はたから見ていてもほほえましい。野本も野本で妹にべったりであり、好意を隠しきれていないところがある。
「今日は快晴ね」
天高くまで広がる青空。もう季節は夏だ、蝉の大合唱が反響し、茹るような暑さが日々を支配している。
「ねえ、美愛」
「何?」
「もし藤間君が私をかばわずに、私が死んじゃったらさ、美愛はどうしてたの?」
ふっと気になったことだった。
記憶のどこかにうずめられた、死の記憶。
死んだことがない私が、何故かよく夢に出てくるのだ。
藤間に見捨てられ、私は死に、美愛が暴走し、あの時のメンバー一人一人を殺していく結末を。
たった一夜の夢のはずなのに、それは数週間にも及ぶ体感で、ずっと美愛の傍の視点で、人を殺している光景が映る。
その時私は藤間と話すのだ。妹を止めてと。そして、夢から覚める。彼が植物状態になってから、ごくたまにの頻度で見る、異様にリアルな激痛を伴う夢。
もちろん、それは現実でないことは分かっている。だからこそ私はここにいる。
「どうだろう。復讐してるかも」
冗談めかして言う美愛に、内心どきりと鼓動を打つも、表面上にはおくびにもださない。
「美愛に至ってはないでしょ。ビビりだし。シスコンだし」
「うっさい」
今年高校生になる美愛は頬を膨らませた。
「そういえばさ、なんか最近事件多いよね」
「事件?」
「ほら、なんか物騒な殺人とかさ。今もニュースでやってるじゃん。テレビ局が放火されたとかなんとか」
多くの死者を出したニュースなので、私も知っている。延々と流れているニュースキャスターが、丁度犯人の近況などを語っている。
確かに、最近こういう不穏な事件が増えてきている気はする。
「美愛も気をつけなさいよ。高校生なんだし。というか、あんたそろそろ帰りなさいよ。私一応これでも仕事中だから」
「えーま、そうだね。じゃーね、姉貴」
そのまま病室を立ち去る美愛の背中を見、やがて再び藤間に向き直る。
「……藤間君」
心電図モニターは一定の間隔で電子音を鳴らし続ける。
いずれ、目を覚ましてくれたのならば。
「いっぱい、お話ししようね」
どうして私を助けてくれたのか。
あの日、彼の脳裏には何があったのか。
いつか、その日は来るのだろうか。
彼が目覚めてくれる日が。
「真ちゃーん、ちょっといい?」
「あ、はい、婦長さん」
あわただしく部屋から出、私は再び業務に戻ろうとした刹那。
窓の外に、誰かがいるのが見えた気がした。
「ん?」
外には大きな一本の寿樹が立ち、周辺は原っぱと化していて、子供たちがワイワイと遊んでいる。
その樹木に、一人の女性が私を見つめていた。
「入室した時、あんな人いたっけ」
私は目を凝らし――やがて戦慄する。
平塚弥生がいた。
彼女が血走った目を私に向けているのだ。平穏だった景色が一転し、私の意識が彼女だけに注ぎこまれる。
平塚は、私を嫌悪していた。
藤間がこうなってしまったのは、私のせいだとあの日涙を流しながら絶叫していたのを思い出す。あの時から、平塚が私を見るたびに憎悪を込めた眼差しを送っていたのだ。
平塚は友人想いの女性だったからこそ、私は何も言うことができず、ただ謝罪することしかできなかった。
背中に嫌な汗が浮き出たのを感じた。あまりの恐怖で目をふさぐことさえできない。
「平塚さん……?」
彼女のいでたちは異常だった。ずたずたになった服。バサバサの髪に、一見して頭がおかしいとわかるような呆けた表情。
不意に、彼女はにたりと口角をあげ、口をパクパクさせた。
『復讐してやる』
確かに彼女はそう言った。心拍数が上昇し、嫌な胸騒ぎが鳩尾に落ちる。
ゆっくりと平塚はこちらへ歩いてくる。猛禽類のような鋭いまなざしは、間違いなく私を狙っている獣そのもの。
呼吸がうまくできず、足ががくがくと震える。
彼女の手元が、樹木で遮られていた太陽の光によりあらわになる。
一本の血濡れのナイフが、彼女の手には握られていた。
ニュースが切り替わり、新しい事件の速報が入った。
『数年前、男子高校生をはねたトラック運転手が出所した直後、何者かによって殺害され、変死体となって発見されました。遺体は執拗にナイフでバラバラにされた様子で、警察は現在犯人だと思われる、大学一年生の女子生徒、平塚弥生さんを容疑者として調査を進めているということです。』
きっと、あの事故が起こってしまったことが、全ての原因なのだ。
私が死に、藤間が助かったなら、美愛が。
藤間が事故にあい、私が助かったのならば、平塚が。
どちらかの道を回避したとしても、もう一方の道が続いているこの運命の中で。
殺意は伝染し、終わることはないのだ。




