殺意感染――次の犠牲者は チャプター14
光明が差した気がした。
「平塚君、大丈夫?」
視界が二重、三重にぼやける。
「……え」
地面が、目の前に見えた。
土の臭い。
気味が悪いほど突き抜けた晴天。
最初、何が起こっているか分からなかった。しかし、視界がクリアーになっていくにつれ、俺は全てを思い出す。
自分の腕を見やる。
指が、五本満足についていた。
信じられない気持ちで、自分の腹を見る。
……傷一つついていない。しかも、来ている服が先ほどとは違う。
切り付けられた左肩の痛みも消えていた。
走馬灯かと勘繰るが、それにしてはありえないほどリアルだ。
「……ここは」
俺は、死んだはずではないのか。
野本や美愛と殺し合い、ぼろぼろになって、トラックにひき殺されたはず。
どうして、今俺はここで生きている。
両手に手を付けて、身を起こす。痛みも、不自由もない。
それどころか、俺は信じられないことが起こっていることに気づく。
倉森がいた。
それだけではない、寺井や織田、野本や稲村までいるのだ。
信じられない気持ちだった。状況が呑み込めない俺は、周囲を見渡す。
俺が死んだはずの、道。
そして、理由は不明だが、既に死亡した奴らが、何故かここにいる。
夢か?
最も合理的な答えだ。あれはすべて夢であり、現実はこちら。ただ意識をわずかに失っていたときに見た、ただの悪夢。死の恐怖は今でも体に染みついているし、あの絶望感は、一度体験したら忘れられるものではない。
しかし肌に触れる生暖かい、うだるような熱風がこれをリアルだと認知させられる。
「突然倒れるなんて。水分不足なんじゃないのか?」
そう問いかけたのは、確かに首の骨を折って死んだはずの野本だった。
「お前!」
かっとなった俺は即座に彼の胸ぐらをつかむ。
狼狽する野本。
「ちょ、な、何するんだよ!」
「てめぇ、よくも俺たちを――」
「何やってるのよ、藤間守恵」
うんざりという表情を浮かべたのは、倉森だった。
「倉森……」
「何? 死者でも目撃したような顔をしないで。早く行くわよ、面倒くさい」
「なんでお前、生きてるんだ」
「あんた馬鹿?」
俺を囲む、既に死んだ人々。
野本によって殺されたはずの、面々。
「……嘘、だろ」
けれど、決定的な違和感が一つあった。
皆の服装が、あの時の事故を引き起こしたときと同じものだったのだ。
「な、なあ、お前ら」
「何?」
弥生に俺は尋ねる。
「今日は、何年何月だ?」
「何っているの?」
彼女が答えた日付は、忘れもしない、俺たちが姫路を見殺しにした日だった。
「おいおい、お前ー」
ポケットに手を突っ込んで軽薄そうな笑みを浮かべていたのは、寺井だ。
「まじどうかしちまったんじゃねーのか、ホント」
「まああたしはわかるわー。今日熱いもんねー湯で上がりそう」
織田がパタパタと手で自分を仰ぐ動作をする。
どうなっているのだ、と再び俺は自問する。
まるで、全てが戻っている。
事件が起きた、高校一年生の夏に。
どうして。
どういう理由かは不明だけれど、俺はトラックにひかれ、再びあの日へ戻っている。
「……いや、心当たりはあるじゃないか」
確か、野本が襲撃されたふりをし、そして弥生らと廃屋へ行こうとした際に、噂を調べた時のこと。
出てきたのは、黒いページのサイトだった。
そこには、こう書かれていた。
『皆様は知っているだろうか。
〇〇県××市の商店街の裏にある道路のうわさ話を。詳細は明かすことはしないが、以前そこで一人の女性が事故死しており、それ以来そこで車と衝突すると異次元に飛ばされ、過去に戻ることができるという噂がある。実際○○掲示板や××速報などのスレでは、そこで車にひかれ、過去に遡ったという記述や、実際に未来予知を行った例があるとされるが、現在それらはすべて削除されており、ネット民のみが語り継いでいるという状況にある。ネット民自身も、本当にそれを見たのか疑わしい部分もあり、現状は鮫島事件同様、ネット内部ではタブーとなっている内容である。』
「まさか……」
巻き戻ったのか。
全て。
「あの日に」
だとしたら……。
「あ」
不意に、織田がしゃがむ。
靴紐がほどけた。
「どうした? 織田」
「いや、ちょっと靴紐がほどけちゃった」
織田が止まったことで、一同が停滞する。
「車通り少ないな」
「裏通りだからね。稲村も怖いの?」
「んなわけないだろ。な、野本!」
小悪魔的な倉森の挑発に稲村がムキになる。野本は胸元に手を当てながら、口を閉ざしたままだ。
全てのセリフが、リフレインしている。あの日の出来事を撮影し、それを流しているかのように、動作を含めた何もかもがあの日と同義に行われているのだ。
「なんつーかよ、あれだよな、ホラーゲームに出てきそうだなぁ! 絶対夜に来たくねーよ」
「絶対寺井は泣くでしょ。爆笑」
寺井は一切臆することなく、織田とゲラゲラ笑い続けている。全て、俺が体験したことと、瓜二つ。
……そして、次には遊園地のBGMが流れるはず。
俺がそう思った刹那、遊園地の曲が風に乗って流れた。
「この曲って……遊園地、近いのかな」
野本の発言で、俺は確信した。
このままいけば、同じ出来事が繰り返される。つまり、再び、姫路が死ぬ。
「早く行こうぜ!」
走り出したのは、やはり稲村。
そして、続くのは弥生。
「お前ら、待て――」
そう言いかけ、反射的に俺は言葉を失った。
トラックの音。
振り返る。
暴走したトラックが、徐々に接近していた。
止めようと叫ぼうとして、即座に中断する。
あの時、下手に二人に制止をかけ、稲村が立ち止まり、そこに弥生がぶつかり、彼が押し出された形で飛び出し、姫路の自転車に衝突した。そして自転車が転倒し、姫路の体はバランスを崩し、トラックに体を押しつぶされた。
「お、おい」
野本も後ろのトラックの存在に気づく。
恐らく、老人が眠っている姿を目撃したはずだ。
どうする!
ここで姫路を死なせるわけにはいかない。
守らないといけない。
再び、美愛のような哀れな復讐鬼を生まないためにも。
もはや、これが夢かどうかなどは関係ない話だった。今俺がするべきことは、彼女を守り抜くことだけに限定されていた。
「おい、藤間、お前何焦ってんだ」
突如走り出した俺に呼びかける寺井を黙殺する。
体が震える。
怖い。
けれど、進まないと、また再び後悔する。
一度絶望したあの日を繰り返したくない。
だからこそ、今俺は彼女を救わなければならないのだ。
弥生を抜かす。
稲村に追いつく。
後ろからトラックが迫ってきている。ちらりと振り返り運転席を見れば、やはり老齢の男性が眠っている様子があった。
このままだったら、稲村が飛び出そうがしなかろうが、トラックが姫路に衝突する。
「誰でもいい、救急車を呼んでおけ!」
絶叫に近いそれに倉森がどうしてと反応するが応えている余裕などはない。
ちらりと俺は隣接したビルを見上げ、気づいた。
そこには、美愛がいた。
遠目だからよく分からない。けれど、小柄な女性の姿はまず間違いなくそこにあって、俺たちを見下ろしていた。
あの時、彼女は真を驚かせるつもりでビルの上から全てを見下ろしていたといっていた。それは嘘ではなかったのだ。
そして、一週目の世界――そういうしかなかったのだ――で、全てを目撃されていたことに気づかず、俺たちは逃走を図った。
……絶対に、救わなければならない。
あと数秒。
稲村を押しのけるように前に進み出る。
もう少しで、姫路が飛び出した道に到達する。あと、十メートルもない。
体が若返ったからか、自分が思う以上の速度が出る。
姫路が飛び出した道に出る。
左から伸びている道では、白の自転車がもうすぐそばに来ていた。
乗っていた女性と目が合う。可憐な、それでいて美愛に似た人だった。
驚きに彼女の表情がゆがむ。
ブレーキを切る甲高い音がした。
これで、トラックと衝突を免れるかと気が緩むが、すぐにブレーキをかけているのにもかかわらず、自転車の速度が落ちていないことに気づく。
ブレーキが利いていないのだ、すぐ目の前に自転車が来ていた。危ないと姫路が声をあげた。
視界の端には、トラックがすでに見えていた。
弥生が何か叫んでいる。
逃げたい。
本能がそう訴える。
けれど。
……もう、何も失いたくない。
理解できない超常現象に論を唱えるつもりなんてない。今、彼女を救わなければいけないのだ。
本能を理性でねじ伏せ、唇をかみしめる。
自転車が近づく。
トラックも、すぐそばだ。
次の瞬間、俺は反射的に彼女に向かい合う。自転車の前輪についたかごを握り、思い切り横に押し倒した。
倒れる自転車。
思い切り膝を擦りむいた女性は、そのまま両手を突く。うまい具合に左の道の奥で自転車は制止し、そこで姫路が地面に横たわる。もはやここに、トラックが突っ込むことはない。
助けることが、できたのだ。
「よか――」
しかし、俺は違った。
足で踏ん張り相手の自転車を止めることができたのだが、そのおかげで俺自身が反作用で後退したのだ。
車線のど真ん中に。
姫路が絶句しながら俺を見つめるのが、やけにスローモーションに映った。
もう、トラックはすぐ真横にいた。
逃げられないということを、脳で理解してしまった今、俺の足は地面に吸い付いたように動くことができなかった。
トラックの後ろに、皆が見えた。
驚く者。あっけにとられた者。目を瞑っている者。
死に飲み込まれた皆を、俺は救うことができたのだ。
トラックの駆動音が大きくなる。
不思議と、怖くはなかった。一度、トラックにひかれて死んだからか。不気味なほど、俺は穏やかな心境のままであり、思考が異様にさえわたっていた。
皆を助けることができた達成感。
「はは」
思わず笑みがこぼれ、涙を今にもこぼしそうになりながらも、俺を凝視する姫路を見やる。
「あんたの妹、止めることができたよ」
野本に拉致された時の夢の約束は、今ここで果たすことができた。
これで彼女が復讐に取りつかれることも、弥生たちが命の危機にさらされることもない。
あんな絶望を潜り抜けた俺からすれば、上等じゃないか。
そう結論付けた直後、今度こそ俺の意識は永遠に閉ざされた。




