第五話
「うう……」
簡単な練習試合でさえ、バリアは一撃で破られて役に立たない。これじゃ戦に出ても本当に役立たずだ。落ち込む私をジムさんと、同じく兵士のワドさん、マイクさんが心配して取り囲む。
「ティスカ、大丈夫か?」
「やっぱりお前にはまだ早いよ」
「ティスカの志は立派だけどさ、そんな細い腕じゃ剣も持てないだろ」
「で、でも……」
「ティスカ! 大丈夫か?」
私の様子を見にエイトがやってきた。女騎士キャラのキリーも一緒にくっついて。
「無理するな。戦は俺たちに任せて街で待っていろ」
彼が本心から私を心配して言ってくれてるのがわかる。けれども未来のためにも私はうんとは言えない。彼に言葉を返そうとしたその時。
「エイト。軍隊長にさっきの報告をしなければ」
「ああ、そうだな。じゃあティスカ、ゆっくり休むんだよ」
「エイトさん!」
キリーに促され、エイトは私の呼びかけを気にすることなく行ってしまった。遠ざかる二人が、途中で見つめあいながら楽しそうに会話をしている。
それを見て私の胸が……正確には、私の中のティスカの魂がズキンと痛みを覚えた。
あのエイトは本当に王道の英雄タイプだと思う。弱い人間は全員守らないといけないとでも思っていそうだ。
きっと彼の横には強い女性しか、立てない。
「さ、片付けるぞ。ティスカは食堂に戻ってくれ」
「ううん、私、まだできる‼ もう一回!」
私は何とかして立ち上がり、訓練を中止しようとした兵士仲間にすがりつく。ティスカだって最弱ヒロインと揶揄されるけれどバリアの力はあるんだから、きっと何とかできるはず!
「いやぁ、無理だよ」
「なぁ……」
ジムさんたちは気まずそうに顔を見合わせて言葉を濁したけれど、私が諦めそうにないので、遂にハッキリ口にした。
「ティスカのその、バリアは確かに神様の力なんだろうけどさ……でも俺がさっき模擬戦で剣を振るったら簡単に壊れちゃったじゃないか」
「だから、その力は訓練すればもっと強くなるはずなんです!」
「あのさ……言いにくいけど、あれでも俺、手加減してたんだぜ」
「え……!? あっ!」
手加減されていたという事実に、私はショックを受けた。そしてその時気がついた。正確に言えば、ショックに揺らいだ心にティスカの記憶がなだれ込んできたと言うのが近い。
「あ……」
今まで私は自分のゲームプレイの記憶ばかりに頼っていた。けれどこの体とこの能力はティスカのもの。彼女が一番バリアについて詳しいはずなのに、何故無視していたんだろう。こんなんじゃティスカのオタク失格だわ!!
――彼女はこう思っていたのに。
“この世界を作った神、アルノー様は貧しさやひもじさ、そして母さんのような病気からは私たちを救ってくれない。でも、本当のピンチになった時は絶対の力で守ってくれる”
そうだ。ティスカがゴロツキに捕まった時。最初は「助けてアルノー様」と神に祈ってもバリアが出なかった。
それに敵軍に奇襲されたセダルムの街を守ろうとしてバリアを張るけど殺されるルート……あれはどちらもゲームの戦闘ではなく、ストーリーパートだった。
つまり、アルノー神に定められた、逃れようの無い運命なんだ。
それ以外は、ティスカひとりのピンチには自動的にバリアが出るようにプログラムされているのかもしれない。
私が芋の皮むきをした時もそうだけれど、ティスカが森で野草を摘んでいた時ですら指先を守るバリアが出ていた。鋭い葉で指先に傷をつけ、そこから細菌が入って破傷風にでもなれば、貧しい平民は医者にもかかれず死ぬ確率が高いからだ。
「ティスカ?」
「どうした?」
黙り込み、うつむく私を心配して、またみんながオロオロと取り囲む。みんなの優しさを無視するのは心苦しいけど、私は考えをまとめる為に彼らに答えずうつむいたままでいた。
(そう。ティスカは健気で優しい子。みんなをバリアで守ろうとするけど、そのバリアは弱い……だからダメなんだ!)
以前『ワンヒロ』の攻略掲示板に「ティスカは丸腰なら無敵のバグがある」って書き込みがあった。私も試してみたけどバグは一度も再現されなくて。どうせガセネタだと思って忘れていたけど……もしかして、丸腰でひとりなら?
「お願い! もう一度練習試合をして!」
「えっ……いや、ティスカ何してるんだ!?」
みんながぎょっと目をむく。私がそう言いながら木刀を捨て、鎧を脱ぎ始めたから。
「なに考えてるんだよ! いくら木刀でも、鎧無しで当たったら怪我しちまうだろ」
「私は大丈夫。今度は手加減しないで!」
「手加減なしなんて無理だよ!」
彼らはそう言って嫌がったけど、手合わせをしてくれないなら森の奥に一人で行って野犬の群れを探して戦うとまで私が言い張ったので、しぶしぶ付き合ってくれた。
「いい? 絶対に手加減しないでよ!? 殺す気でやって!!」
「ああっ、くそ!」
周りから見たらその様子は狂気の沙汰だったと思う。……でも結果は大成功だった!
◆◇◆
あれからしばらくエイトを見ていたけれども。彼はやっぱり弱い者を守るって信念が強い……ちょっと強すぎる人なんだとよくわかった。
戦いの経験がある人しか仲間にしたがらない。なんと、メインヒロインの第一王女の協力まで断ってしまったらしい。つまり仲間にいれなかったってことだ。
ノイリスが「ただでさえ戦力不足なのに……あいつは優しすぎるんだ」と陰で愚痴を言っているのを、私は先日うっかり聞いてしまった。
いま彼の仲間になっているヒロインは女騎士キリーと魔導師のお姉さんキャラだけ。あとはストーリーが進んでも女提督しか仲間に引き入れないんじゃないかな……。
その状況に、私はまた悩んだ。
実は王女姉妹のどちらも仲間に引き入れないと、ストーリーがまた分岐する。
エイトは戦で次々と活躍して名を上げ、更に階級が上がって今は第三軍隊長だ。その急激な躍進を妬んだ軍内の人間が、エイトは裏で王家への反乱を目論んでいる危険分子だと国王に嘘を吹き込む。
この時に王女のどちらかが仲間なら、王に進言してくれてエイトの疑いを晴らせるんだけど……。
「援軍はまだなのか‼」
ノイリスがいらいらと伝令役に確認する。先日、セダルムの街近くの川向こうに敵国の軍勢が徐々に集まっていると知り、援軍を依頼したけれど到着が遅れているのだ。
「それが、途中の街道が大雨で道がぬかるみ、馬が足を取られているそうで……」
私だけが知っているけれど、それはウソだ。私たちの前で困り顔の伝令は本気でそれを信じ込まされていたから、誰もウソだと気がつけないけれど。
エイトを妬む人間に唆された国王は、わざと援軍をゆっくりと送っている。
エイトが敵軍に負ければ、民が彼を英雄だとまつり上げるのを阻止できる。けれどセダルムの街が完全には陥落するのはまずい。だからギリギリで援軍が到着するように速度を調節しているのだ。
このままストーリーが進めば、街や兵士に多くの犠牲が出てエイトの心も体も大きく傷つく。それこそ反乱軍の組織に片足を突っ込むくらいに……。
「エイトさん、私に任せてください」
「ティスカ⁉」
「任せろって、何をする気だ」
「この間、練習試合で私のバリアが発動するところを見たでしょう? 私が援軍が来るまでの時間を稼ぎます」
そう言いつつも、私の体は震えが止まらない。だってゲームのストーリーにはこんなルートは存在しないから。でもやっぱり挑戦するしかないんだ。この戦で負けて犠牲など出したくないのは私も同じ。
(ジムさん、ワドさん、マイクさん……)
ゲーム内では名前もない、モブの兵士たち。でも今私と一緒に訓練をしてくれている彼らはちゃんと名前も心も生活もある、私にとってはかけがえのない仲間だから。
このまま彼らが死ぬルートを見過ごすことはできない。少しでも可能性があるなら、やる。




