第六話
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私はエイトとノイリスをなんとか説き伏せた。私だけで戦場に行くという提案はさすがに受け入れてもらえず却下。第三軍隊のみんなが戦闘準備をし、部隊編成をして出陣する。
ただ、その先頭部隊は私ひとりだけという約束は守ってもらった。ひとりって時点で部隊と言うのも変な話なんだけどね。
「ティスカ……やっぱりやめよう。こんなのは無茶だよ」
エイトがまだ渋っている。でも私の決意はもう揺らがない。彼をまっすぐ見返した。
「エイトさんも見ましたよね。神の力が私の身を守るところを」
「だけど……」
「大丈夫! 私ひとりなら絶対に上手くいきますよ」
そう。ティスカのバリアはみんなを守るにはあまりにも弱い。逆に言えば守りを自分だけに集中すれば強いということ。それも、危険であればあるほど効果は高まる。
「ティスカ……」
彼の表情が明らかに変わった。チカチカと眩しいような、それでいて胸をぎゅっとえぐるような切なさが私の中に生まれる。
けれど、彼の表情が何を意味するのかを考える暇はない。私はエイトに背を向け、ひとりで川べりの橋に向かった。
この橋は跳ね上げ式で、敵軍が集まり始めた段階で渡れないよう、既にこちら側の橋は上げてある。その上で川向こうに矢文を送っておいた。『今日の正午、代表者同士で交渉をしたい』と。
「橋を下ろすぞ!」
兵士の一人が宣言し、数人がかりで橋を下ろすための機械のハンドルを回し始めた。ギィ、ギィという音と共に次第に橋が下がっていき、それに準じて橋にふさがれていた視界が開けていく。
向こう側の橋は既に下ろされていて、その先端に豪奢な鎧で身を固めた男がいた。そのすぐ後ろには参謀らしき男と敵軍の旗を持つ従者が付き添っている。
そして……橋のたもとには、想像以上の大軍勢が待機していた。
「ああ……」
誰かが絶望の声を漏らした。その数の多さに、こちらの敗戦を覚悟したのだ。けれど私は臆することなく橋へ足を進めた。両手を前に組み、背筋をぴんと伸ばして。
向こうの川岸からどっとざわめきが起きる。軍の代表同士の話し合いを希望していながら、橋を渡ってくるのが十四歳の細身の少女たったひとり……それも、完全に武装解除した平民なのだから無理もない。
橋の真ん中に到着し、明らかに不満げな顔でこちらを見下ろす相手に私は丁寧に礼をした。
「お待たせ致しました。私の名はティスカと申します。本日、この戦前交渉にご賛同頂いたことに感謝の意を述べさせていただきます」
前世の社会人経験のなかでも数少ない、偉い人と会った時のマナーを思い出しながら丁寧に丁寧に、それでいて卑屈にならず凛とした雰囲気をできるだけ保ちつつ挨拶をする。
けれどもそんな態度なんて向こうからしたら不要だったのかも。
「おい、ふざけているのか。戦前交渉というからわざわざ来てやったのに、こんな小娘を寄越すとは! セダルムの英雄と名乗っている男は、いざとなれば女子供を盾にして逃げるような奴だったのか!!」
相手は名乗りもせず、そして怒りと罵倒と嘲笑をないまぜにして投げつけてきた。私が見た目通りの十四歳の普通の少女なら、そのビリビリと空気を震わす大声だけで涙目になってもおかしくないほどの迫力だ。
「いいえ、セダルムの英雄、エイト軍隊長はあちらに」
私は自分側の橋のたもとを手で指し示す。宝石のような青い瞳で心配そうにじっと見つめるエイトの姿がそこにあった。
「ただ、今回の話し合いには私こそが適任だと、彼に強く志願したのです」
「ハ! では命乞いか。お前のような弱き者を送り、泣き落としで来るとはな」
「いいえ。先ほども申した通り、私こそが適任者です」
私はにこりと微笑み、山のような相手を見上げる。背中に凍りつきそうなほどの緊張を隠して。
「何故なら、貴方がたに対して私は決して負けないからです」
「なんだと!?」
「聞こえませんでしたか。私は決して負けません。貴方がたが如何に激しく攻め立てようとも、全て耐えきってみせましょう。無駄な争いは不要。兵をお引きくださいと申し上げています!」
「な、な、な……」
敵の顔にみるみる血がのぼっていく。まあ、煽ってるようにしか見えないよね。私は事実を述べただけだけなんだけど。
決して負けないと言ってるだけで「勝てる」とは言ってないもの。ティスカの攻撃はへなちょこだから。
「ふざけるな! 交渉というから来てやったのに!!」
「閣下! お待ち下さい!」
怒りのあまり腰の剣を抜いた代表者を、横の参謀らしき男が慌てて止めようとする。
戦前交渉にたったひとりで来た、鎧も武器もない丸腰の少女を斬り捨てたと知られれば外聞が悪すぎる。どう見ても自分達が「悪」になると思い焦ったのだろう。
まあ、こっちもバリアが上手く出なかった時の為に、その印象操作込みで考えてノイリスにこっそり進言したからこそ、彼もこの作戦に賛同してくれたんだけどね。
「これ以上愚弄されてなるものか! 交渉は決裂、開戦だ!!」
彼は参謀役を振り切ると、高らかに剣を掲げ鬨の声を上げる。
川岸に待機していた敵軍の兵士達がそれに「おお‼」と応え、一斉に武器を構えた。このまま細い橋を順に渡り、あるいは馬で強引に川を越えてセダルムの街を襲う気でいたと思う。
けれど、彼らの燃え上がった気持ちは瞬時に水をかけられ消えることになった。敵将の掲げた剣が、そのまま私に向かって振り下ろされたから。
キィィンという澄んだ高音が、兵士たちの雄叫びを切り裂く。彼らの声は疑問符とともに勢いを失った。
「お……お……?」
私を斬ろうとした敵の剣は、薄緑に光るバリアによって完全に止められている。
(……よ、よ、良かったぁ~~~~っ‼ ちゃんとバリアが出て……)
脚がガクガクと震えそうになるのを必死にこらえ、私は変わらず両手を組み合わせたまま笑顔で背筋をピンと伸ばし続ける。
「だから言ったでしょう? 決して負けないと。私は神の力に守られています。貴方がたでは破れないでしょう」
「そん……な、馬鹿な‼ このっ! このっ!」
敵将の顔は更に赤く、林檎のようになった。ムキになって私に剣を振るい続ける。
キン、キィン! キン、ギィン‼
それら全てがバリアよって阻まれ、力が跳ね返される。最後の渾身の……まさに彼の身の全てを込めた一撃さえも。
「あっ⁉」
最後の一撃は刃に力が返り、その刀身を二つに折った。折れた刃にもまた反射の力は消えておらず、力の源……つまり敵将自身に向かう。
ぐさりと彼の頬を刃が貫いた。戦前交渉で兜を脱いでいたのは当然としても、自分で開戦宣言をしておきながら兜を着けずに剣を振るったのだから、自業自得とも言えなくない。
「ふぁっ、刃がっ……なんでぇ⁉」
「て、撤退! 一時撤退だ‼」
顔に折れた剣が刺さったまま膝をついて震える敵将を引きずり、参謀役が宣言する。
従者が「撤退ぃ!」と叫びながら手に持った旗を振って伝令役に信号を送った。
敵軍の大混乱の最中、私は体がふわりと軽く浮く感覚を覚える。後ろを振り返ると味方が橋を上げるハンドルを回していた。
私はバリアを張ったまま、笑顔を崩さずに徐々に後ずさった。
そうして橋が上がりきる最後の最後まで私の笑顔を見せつけた方が、敵軍に恐怖を与えられるだろうと思ったから。




