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深海に溶けるリボン

「ねえ、お兄ちゃん。もしも私が死んだら、お兄ちゃんは私のこと、どれくらい引きずってくれる?」


 白磁のタイルを敷き詰めたような無菌病室のベッドの上で、たちばな こよみは、点滴のチューブが繋がれた細い指先で、自分の髪をいじりながらそんなことを言った。

 十九歳になったばかりの暦の肌は、外の光を知らないせいで半透明に透き通り、青い静脈が美しいレースの模様のように浮かび上がっている。


 二十五歳の兄、たちばな りつは、パイプ椅子に腰掛けたまま、妹の視線を避けるように剥きかけのリンゴにナイフを立てていた。


「縁起でもないことを言うな。今はメモリードライブ法(記憶移植規制法)もある。もしものことがあっても、お前の記憶は――」


「違うよ、お兄ちゃん」


 暦が、鈴の転がるような、しかしどこか粘り気のある声で律の言葉を遮った。


「私は、法律の話をしてるんじゃないの。制度として私の記憶が残るかどうかなんて、どうでもいい。私が知りたいのはね、お兄ちゃんという『器』の中に、私がどれだけ深く、消えない傷跡を残せるかってこと」


 律の手が止まる。ナイフの刃先が、リンゴの果肉に深くめり込んだ。

 暦の瞳は濁りのない漆黒だ。だが、その奥には兄である律をじっと見つめる、熱を帯びた「何か」が常にうごめいていた。


 それは、兄妹という血のつながりを超えた、おぞましいほどに純粋で、泥のように重い執着――恋愛感情、と呼ぶにはあまりにもいびつな、魂の独占欲だった。


 幼い頃から心臓が弱く、人生の大半を病院のベッドで過ごしてきた暦にとって、世界とは「病室の四角い窓」と「兄・律」の二つだけで構成されていた。

 両親が早くに事故で亡くなって以降、律は学業の傍ら、暦の医療費を稼ぐために文字通り身を削って働いてきた。暦にとって、律は親であり、兄であり、世界のすべてであり、そして――唯一の「男」だった。


「律お兄ちゃん。私ね、お兄ちゃんが他の女の子と話しているのを見るだけで、この胸の機械の脈拍が跳ね上がるの。お医者様は『不整脈の発作だ』って言うけれど、違う。あれはね、お兄ちゃんを私だけのものにしたいっていう、心臓の悲鳴なのよ」


「暦、やめろ」


 律は声を低くした。

 妹の視線が、自分の唇や、首筋、そして手を握ろうとする指先に向けられるたび、律の背中には冷たい汗が流れた。

 律は暦を愛していた。だがそれは、肉親としての、守るべき庇護対象としての愛だ。そこに性的なニュアンスや、狂信的な情念が混ざることを、律の理性は断固として拒絶していた。


 しかし、暦はそれを許さない。

 彼女の愛は、美しくラッピングされた劇薬だった。律が優しくすればするほど、彼女の脳内で「お兄ちゃんも私を求めている」という都合の良い方程式が組み立てられ、その妄想は病室という密室の中で、発酵し、どろどろとした深みへと沈んでいった。


「お兄ちゃん、私のこと、可愛いって思ってくれる?」


「……妹として、世界で一番可愛いと思っているよ」


「嘘つき。目が泳いでる。お兄ちゃんはいつも、私から逃げようとする。私がこの病室から一歩も出られないのをいいことに、外の世界で、私以外の誰かと、汚いことをしてるんでしょ?」


 暦の言葉が、鋭い針のように律の鼓膜を刺す。

 実際、律には最近、同じ大学の保証会社で働く、真面目な恋人ができていた。暦にはまだ何も伝えていない。言えば、彼女の繊繊な心臓が肉体ごと崩壊してしまうかもしれないという恐怖があったからだ。


 だが、暦の直感は、鋭利なナイフのように律の秘密を察知していた。


「いいよ、お兄ちゃん。今は泳がせてあげる。でもね、覚えておいて。私は死んでも、お兄ちゃんを解放してあげないから」


 暦は妖しく微笑み、律の剥いたリンゴを小さくかじった。

 その数日後、暦の心臓は、静かに、しかし決定的に動きを止めた。


 二〇六六年、冬。

 暦が遺したものは、数冊の読まれない小説と、彼女の全人生が記録された、一本の青いメモリードライブ・カートリッジだけだった。





「橘 律様。お妹様の遺言公正証書、およびメモリードライブの同意書でございます」


 冷徹なほど機能的な公証役場のオフィスで、律は一枚の電子書面を見つめていた。

 そこには、暦の直筆のデジタルサインとともに、以下の文言が刻まれていた。


『私のすべての記憶、思考、感情を、兄・橘律に譲渡する。もし兄がこの移植を拒否した場合、あるいは一部でも消去を試みた場合、私の遺産(両親からの生命保険の残高)はすべて破棄され、兄への支払いは行われないものとする。お兄ちゃん、拒否しないでね。私のすべてを、あなたの脳みそに注ぎ込ませて』


「……容赦ないな、最後まで」


 律は乾いた笑いを漏らした。

 律の現在の経済状況は、暦の長年の医療費によって限界を迎えていた。暦が遺した保険金の残高がなければ、律自身の生活も、恋人との結婚資金も、すべてが吹き飛ぶ。暦はそれを見越していたのだ。自分の記憶を律の脳へ無理やりねじ込むために、金という最も現実的な首輪を兄に巻き付けた。


「記憶管理士の先生からは、何か聞いていますか?」と弁護士が尋ねる。


「いえ、特には」


「メモリードライブ法では、移植される記憶に『精神的な悪影響を及ぼす強い偏執性』が含まれる場合、受容者に精神防護プログラムを適用することが推奨されています。ドライブが始まれば、彼女の生の感情が、そのままあなたの脳へ直接流れ込むことになります」


 弁護士の言葉は、警告だった。

 死者の記憶は、綺麗な思い出だけではない。むしろ、生前に抱えていたドロドロとした怨念、嫉妬、執着端といった「負の遺産」こそが、移植後に受容者の精神を汚染コンタミネーションしていくケースが多発していた。だからこその「記憶移植規制法(メモリードライブ法)」だった。


 暦は自分の「どろどろとした想い」を純度一〇〇パーセントのまま律にぶつける準備を整えていたのだ。


「……やります」


 律は拳を握りしめた。


「逃げられないなら、受け止めるしかない。暦がどれだけ俺を憎み、あるいは歪んだ愛を抱いていたとしても、彼女は俺の妹だ。俺が最後まで面倒を見るべきだった、哀れな少女だ」


 その傲慢なまでの「兄としての義務感」こそが、暦が最も計算し、そして最も憎み、愛した律の弱点だった。


 セッションルームの椅子に横たわった律の頭部に、冷たい電極が密着していく。

 スロットに差し込まれたカートリッジは、深海を思わせる、不気味なほどに深い青色をしていた。


「メモリードライブ、開始します」


 意識が、急速にブラックアウトしていく。

 律は、自分の脳という静かな庭に、真っ黒な、粘着質の大雨が降り注ぐのを感じた。



 視界が開けた時、律は「自分の背中」を見ていた。

 それは十二年前、律が十三歳、暦が七歳の頃の記憶だった。


 小さな病室。夕暮れのオレンジ色の光が、ベッドの上に差し込んでいる。

 十三歳の律は、部活の帰りに買ってきたお守りを、暦の小さな手のひらに握らせていた。「これ、病気が治るようにって、神社で買ってきたんだ。早く良くなれよ、暦」


 幼い暦の視点カメラは、その時のお守りなど見ていなかった。

 彼女が見つめていたのは、律の制服の襟元、そこから覗く鎖骨、そして部活動で汗をかいた、男の子特有の、少し酸っぱいような、しかしどうしようもなく甘やかな「匂い」だった。


(お兄ちゃん、いい匂いがする。クサイって、看護師さんは言うかもしれないけれど、私にとっては、世界で一番のご馳走の匂いだ)


 幼い暦の脳内で、言葉にならない「渇き」がスパークしていた。


(この匂いを、ずっと嗅いでいたい。このお守りをくれた手を、私の口の中に入れて、噛みちぎってしまいたい。そうすれば、お兄ちゃんは一生、私から離れられないのに。お兄ちゃん、どうして私を置いて外へ行くの? 外の世界には、何があるの? 私より大事なものがあるの?)


 律の脳に、七歳の妹が抱いていたとは思えない、ねっとりとした独占欲が流れ込んでくる。

 律は恐怖した。

「俺は、あいつを元気づけようとしていただけだ。なのに、暦はあの時、こんな目で俺を見ていたのか?」


記憶は、暦の成長とともに、さらにドロドロとした色彩を帯びていく。




 暦が十三歳になった頃の記憶。

 高校生になった律には、初めての「彼女」ができていた。同じクラスの、快活な女子生徒だった。

律はある日、彼女から貰ったという小さな青いリボンのキーホルダーを、通学カバンにつけて病室にやってきた。


「あ、それ、どうしたの? お兄ちゃん」


 ベッドの上の暦は、いつものように無邪気な声で尋ねた。


「ん? ああ、これか。友達に貰ったんだよ」と、照れくさそうに笑う律。


 だが、その瞬間、暦の心臓の裏側で、真っ黒な硫酸が弾けた。


(友達? 嘘。女の子でしょ。お兄ちゃん、その女と何をしたの? 手を繋いだの? キスしたの? その女の匂いを嗅いだの? 私以外の女に、そんな顔をして笑うんだ。私には『早く治るといいな』って、可哀想な生き物を見るような目でしか笑わないくせに。あの女には、そんな、男の人の目をするんだ――)


 暦の視線は、律のカバンについた青いリボンに釘付けになっていた。

 その夜、律が帰った後の病室で、暦は自分の胸をかきむしっていた。ナースコールを押すこともせず、不整脈で苦しくなる胸をかきむしり、爪の間に自分の血を滲ませながら、呪詛を吐き散らしていた。


(死ねばいい。あの女なんて、ダンプカーに轢かれて、頭がペシャンコになって死ねばいい。お兄ちゃんのカバンについているあのリボンを、あの女の首に巻きつけて、息ができなくなるまで絞め殺してやりたい。お兄ちゃんの世界に、私以外の女はいらない。いらない、いらない、いらない――!)


「う、あ、あああ……っ!」


 セッションルームの律の肉体が、激しく痙攣を始めた。

 脳を直接、暦の「狂気」が侵食していく。十三歳の少女の胸の内にあったのは、純粋な殺意だった。自分の知らない兄の「男」の部分を引き出した、見知らぬ女子生徒に対する、底なしの嫉妬。


(お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……! 私を見て! 私のこの悪い心臓を触って! 痛いの、苦しいの! 他の女のところに行っちゃ嫌だ!)


 律は、自分の脳内で暦の絶叫を聞いた。それは、現実の病室では一度も表に出されなかった、彼女の「本当の顔」だった。



 暦が十七歳。肉体は完全に大人の女性へと近づいていたが、心臓の悪化に伴い、無菌室からの外出は完全に不可能になっていた。


 ある日の夕方、律は仕事の疲れから、暦のベッドの脇で居眠りをしてしまった。

 パイプ椅子に腰掛け、ベッドの縁に頭を預けて眠る律。


 暦は、ゆっくりと上体を起こした。

 その目は、完全に獲物を狙う肉食獣のそれだった。


(お兄ちゃん。私の、可哀想なお兄ちゃん。毎日、私のために働いて、ボロボロになって。……どうしてそこまでしてくれるの? 義務だから? 兄妹だから? 違うよね。お兄ちゃんも、私を特別だと思っているからだよね)


 暦の視点カメラが、ゆっくりと律の顔に近づいていく。

 彼女の細い指先が、律の唇に触れた。カサついた律の唇を、暦は自分の親指で、強く、色が変わるほどに押し潰した。


(ねえ、知ってる? お兄ちゃんが眠っている間、私はいつも、お兄ちゃんの指を舐めてるんだよ。お兄ちゃんが私を撫でてくれるその手を、私の唾液でベタベタにして、私の匂いで上書きしてるの。

お兄ちゃんが外で他の女と手を繋いでも、その手のひらの奥には、私の味が染み込んでるんだからね)


 律は脳内で、自分の手が暦の口内に迎え入れられ、這いまわる舌の感触を、リアルな「感覚記憶」として再現させられていた。

 鳥肌が立つような、おぞましい快感と、生理的な嫌悪感が同時に律の脳を襲う。


(ああ、今ここで、お兄ちゃんの首を絞めたらどうなるかな。私の細い腕じゃ無理かな。じゃあ、お兄ちゃんの口の中に、私のこの点滴の薬を大量に流し込んだら? 二人で一緒に、この狭いベッドの上で死ねるかな。

死んじゃえばいいんだよ。そうすれば、お兄ちゃんはもう、外の汚い空気を吸わなくて済む。私の排泄物と、私の血と、私の体液だけで満たされた、この綺麗な部屋で、二人だけの神様になれるのに――)


 暦の思考は、すでに正常な人間のものではなかった。

 彼女にとって、病室は隔離された世界ではなく、律を閉じ込めるための「聖域」だったのだ。空間として存在しなくなった自分が死ぬということは、その聖域を律の脳内へと拡張することに他ならなかった。


(お兄ちゃん、私の心臓、もうすぐ止まるって。お医者様が言ってた。

嬉しいな。やっと、お兄ちゃんの中に入れる。メモリードライブって、素敵な法律だよね。死んだ人間が、生きている人間の頭の中に、一生住み着くことができるんだもの。

お兄ちゃんが、これから他の女と結婚して、子供を作って、幸せな家庭を築こうとするたびに、私はお兄ちゃんの脳みそを裏側から引っ掻いてあげる。

『私を忘れたの?』って。

『あのベッドの上で、私に触ってくれたくせに』って、嘘の記憶を植え付けて、お兄ちゃんの人生を、めちゃくちゃにしてあげる――)



「中止だ! ドライブを中止しろ! 受容者の脳波が危険域に達している!」


 セッションルームに、アラートの赤ランプが激しく点滅した。

 医師たちが慌てて律のヘッドギアを外しようとする。だが、律の手が、自分の頭を覆うヘッドギアをガチリと掴んで離さなかった。


「外すな……!」


 律の口から、血の混じった唾液が垂れる。激しい脳圧の上昇により、目元からは血涙が滲んでいた。


「律さん! これ以上はあなたの精神が崩壊します! お妹様の記憶は、あなたを精神的に道連れにしようとしている!」


「分かって……いる! 分かっていて、俺はこれを受け入れるって、決めたんだ!」


 律は、脳内で暴れ狂う暦の「愛」という名の怪物を、必死に組み伏せようとしていた。

暦の記憶の最深部。そこは、一面の真っ黒な海だった。

 その海の底に、十七歳の、あるいは十九歳の暦が、裸のままで膝を抱えて沈んでいた。彼女の体には、無数の青いリボンが巻き付き、彼女の自由を奪っていた。


(お兄ちゃん、苦しいよ)


 海の底から、暦の声が聞こえた。

 それは、これまで律の脳を痛めつけてきた狂気の声ではなく、ただの、寂しくてたまらない一人の少女の声だった。


(私ね、普通に生きたかった。普通に学校に行って、普通に恋をして、お兄ちゃんじゃない男の人と出会って、お兄ちゃんを『うっとうしいな』って邪険に扱えるような、そんな普通の女の子になりたかったの。

だけど、私にはこの部屋しかなかった。この心臓しかなかった。お兄ちゃんしか、いなかったの。

お兄ちゃんを愛することしか、私には、自分が生きている証明ができなかったんだよ――)


 暦の、本当の、剥き出しの絶望が、律の胸に刺さった。

 彼女のドロドロとした狂気は、すべて「生きられないことへの恐怖」と、「唯一の光である兄を失うことへの絶望」が裏返ったものだったのだ。


 律は、脳内の暗黒の海へ、深く、深く潜っていった。

 そして、海の底で泣いている暦の幻影を、両腕で強く抱きしめた。


「ごめんな、暦。気づいてやれなくて、ごめん」


(お兄ちゃん……? 嫌じゃないの? 私、お兄ちゃんの人生をめちゃくちゃにしたいの。お兄ちゃんの脳みそを腐らせて、私だけのものにしたいのよ?)


「いいよ。めちゃくちゃにしろよ。俺の脳の半分を、お前の記憶で塗り潰してやる。お前が死んでも、俺の頭の中で、何度でもお前を生きさせてやる。だから――もう、そんな風に泣くな」


 律の魂の叫びが、暦の記憶データと完全にシンクロした。

 その瞬間、真っ黒だった深海の景色が、一転して、柔らかな、あの病室の夕暮れのオレンジ色へと変わっていった。

 暦の体に巻き付いていた青いリボンが、一本ずつ解け、光の粒子となって消えていく。


(……やっぱり、お兄ちゃんには勝てないや)


 暦の微笑む顔が、律の脳裏に焼き付いた。

 それは、狂気に満ちた女の顔ではなく、兄に甘える、ただの妹の顔だった。


 カチリ。


 静かな、しかし確かな接続完了の音が、律の脳内で響いた。



「……律さん。律さん、大丈夫ですか?」


 気がつくと、律はセッションルームの椅子の上で、激しい息を吐きながら天井を見上げていた。

 全身は汗でびしょ濡れで、指先は小刻みに震えている。だが、その瞳には、確かな光が戻っていた。


「ドライブは……完了しました」


 医師は、信じられないものを見るような目で律を見つめていた。


「今後の生活で、突発的な幻覚や、お妹様の感情の混濁が起こる可能性があります。精神科での定期的なカウンセリングをお勧めします」


「いえ、必要ありません」


 律はゆっくりと立ち上がった。

 不思議と、頭の中はクリアだった。ただ、脳の左側の奥深くに、冷たくて、しかしひどく愛おしい「熱の塊」が、常に居座っているのを感じる。


 病院の外に出ると、冬の冷たい風が律の頬を叩いた。

 律はポケットからスマートフォンを取り出し、恋人への通話ボタンを押そうとした。


 その瞬間。

 律の脳の奥で、ゾクリ、とするような、冷たい感覚が走った。


『お兄ちゃん、その女と話すの?』


 頭の中で、はっきりと暦の声が聞こえた。それは単なる幻聴ではない。律の脳の一部が、暦の記憶をベースにして自動生成した、彼女の「意識の残滓ざんし」だった。


『いいよ、話しても。でもね、その女とキスする時は、私の味を思い出してね。お兄ちゃんの脳みそは、もう半分、私のものなんだから』


 律は、苦笑した。

 その声に、かつてのような恐怖は感じなかった。

 これは、自分が暦の人生を背負うと決めた代償だ。彼女の歪んだ愛という名の毒を、自分は一生、体内に飼い慣らしながら生きていくのだ。


「ああ、分かっているよ、暦」


 律は、誰にも聞こえない声で頭の中の妹に語りかけた。

 正式な手続きを踏んでインストールされた妹の執念を、律は愛おしそうに受け入れ、スマートフォンをポケットにしまい、恋人の待つ街へと歩き出した。


 律の歩幅は、以前よりも少しだけ重かった。

 背中を、見えない妹の手が、ずっと強く抱きしめているかのように。

 魂を分け合い、お互いを汚し合いながら生きる、新しい兄妹の形が、そこにはあった。

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