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魔術師様の執着  作者: うる


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13/23

13.

 ところ変わって、バーンズ男爵領。

 あばら家同然の屋敷の一室で、その少年はベッドに横たわっていた。

「……ゲホッ、ゲホッ」

 エミル・バーンズ。15歳。

 透き通るような白い肌と、色素の薄い金髪を持つ美少年だ。

 彼は生まれつき体が弱く、一日の大半をベッドの上で過ごしている――というのは、表向きの姿だ。

 シュンッ。

 突如、部屋の空間が歪み、一通の封筒と、ジャラジャラとした重みのある袋が宙から落ちてきた。

 ベッドの脇にドサリと落ちたそれらを、エミルは無表情に見下ろした。

「……空間転移テレポート?」

 彼はゆっくりと上半身を起こした。

 その瞳は、病弱な少年のものではなく、数百年の時を経た老獪ろうかいな支配者の光を宿していた。

 エミルは封筒を拾い上げた。

 微かに残る転移魔法の残滓ざんし

 その匂いを嗅いだ瞬間、彼の手がピクリと止まった。

「……なんだ、これは」

 背筋が凍るような、懐かしさ。

 そして、かつて自分を最も苦しめた、忌まわしい記憶が蘇る。

「この魔力の波長……。まるで、三百年前の『エレナ』そのものではないか」

 エミル――かつての「魔王」は、目を細めて震える封筒を睨みつけた。

 間違えるはずがない。

 自分の肉体を消滅させ、その魂を削り合った宿敵の魔力。

 繊細で、鋭利で、どこまでも澄んだ冷たい魔力だ。

 だが、おかしい。

 エレナの生まれ変わりである姉・ルチアは、まだ覚醒していない。今の彼女に魔法は使えないはずだ。

 ならば、この転移魔法を行使したのは誰だ?

 姉の手紙を送ってきた、この「ご主人様」とかいう人物だ。

「なぜだ……? なぜ、赤の他人が『彼女』と同じ魔力を使える?」

 混乱がエミルの思考を駆け巡る。

 エレナの魔法は独特だった。常人には真似できない構成と出力。

 それをこれほど完璧に再現できる者がいるとすれば、それは世界にただ一人。

 

 ――彼女の隣で、常にその背中を守り続けていた、あの銀髪の男(勇者)だけだ。

「まさか……」

 エミルの顔から血の気が引いた。

 あいつか?

 姉さんが転がり込んだ先は、よりによってあの「元勇者」の元なのか?

 そしてあいつは、死んだエレナを忘れられずに、彼女の魔法を模倣して使い続けているというのか?

 (まずい……。非常にまずいぞ)

 彼がルチア(エレナ)に執着する理由は、単なる復讐ではない。

 もっと根源的な、魂の「渇望」ゆえだった。

 ――魔王とは、孤独な生き物だ。

 強大な力と引き換えに不老不死に近い寿命を持ち、肉体が朽ちても、魂は朽ちない、愛した者たちが老いて死んでいくのを、ただ見送るだけの存在。

 何千年もの間、彼はたった一人で玉座に座り続けてきた。

 けれど、エレナだけは違った。

 彼女にはあったのだ。人間でありながら、魔王である自分と同等の――いや、それをも凌駕するかもしれない、底知れない闇と魔力の「器」が。

「探していたんだ。僕と共に、悠久の時を生きられる存在を」

 エミルは歪んだ、しかしどこか縋るような笑みを浮かべた。

 人間は脆い。すぐに死ぬ。

 けれど彼女なら。彼女がその「素質」を開花させ、魔王へと覚醒すれば……彼女は人間を辞め、僕と同じ「永遠」を生きる存在になれる。

 だからこそ、彼は幼い時から、彼女に少しずつ「過去の記憶」を夢として見せ、精神を蝕み、彼女の中の「魔王の種」を発芽させようとしていたのだ。

 彼女をこちらの世界(永遠)へ引きずり込むために。

 それなのに。

 (……繋がり(パス)が、薄くなっている?)

 エミルは目を閉じ、姉の魂に刻んだ「刻印」を探った。

 いつもなら、彼女の存在が流れ込んでくるはずなのに。

 今はまるで、エレナの魔力によく似た、温かい光の結界に守られ、僕の手が及ばない。

「あいつだ……。勇者が、姉さんを囲い込んでいる」

 エミルは確信と共に、ギリリと歯軋りをした。

 あいつは正義の味方だ。姉さんを「人間」として守ろうとするだろう。

 そんなことをされたら、姉さんは数十年で老いて死んでしまう。僕を置いて逝ってしまう。

 (許さない。僕のものまた、正義ごときで奪わせるものか)

 姉さんは魔王になるんだ。

 そして僕と二人きりで、今度こそ終わりのない時を過ごすんだ。

「……取り戻さなくては」

 エミルは瞳を赤く発光させ、金貨の袋を握りつぶした。

 焦りが募る。

 だが、手元には金貨の山がある。姉が(おそらく勇者が)送ってきた大金だ。

 皮肉なことに、この金が僕の「手足」となる。

「……エミル様?」

 部屋の物音を聞きつけたのか、老執事が顔を出した。

 エミルは瞬時に表情を変え、儚げな病弱少年を演じた。

「あ、爺や……。ごめんね、大きな音を立てて」

「おお、なんと! この金貨は……!?」

「姉さんから送られてきたんだ。……でも、僕、心配なんだ」

 エミルは瞳に涙を溜め、演技がかった声で訴えた。

「こんな大金……姉さん、何か危ないことに巻き込まれているんじゃないかな?

 この封筒から、すごく怖い魔術師の気配がするんだ……」

「な、なんと……! ルチアお嬢様が!?」

「爺や、お願い。このお金で王都の『情報屋』を雇って。

 姉さんがどこの誰に仕えているのか……詳しく調べてほしいんだ」

 老執事は「仰せのままに! すぐに手配いたします!」と、使命感に燃えて部屋を飛び出していった。

 一人残されたエミルは、涙を拭い去り、冷ややかな目で窓の外の王都の方角を睨みつけた。

「待っていてね、姉さん。

 勇者なんかより、弟の僕の方がずっと姉さんを愛している。

 ……人間として死なせたりなんてしない。僕と一緒に、永遠に生きてもらうからね」

 薄暗い部屋に、少年の歪んだ愛と独占欲が満ちる。

 彼は、最強のライバルである「元勇者」の影に気づいてしまった。

 姉を巡る、かつての英雄と魔王の第二ラウンドが、静かに幕を開けようとしていた。

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