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魔術師様の執着  作者: うる


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12/23

12.

 それから数日が過ぎた。

 私の生活は、劇的に変化していた。

 まず、あの「夢」を見なくなった。

 昔から――物心ついた頃から、たまに見る不思議な夢があった。

 いつも霧がかかったようにぼんやりしていて、起きると内容は忘れてしまう。

 ただ、「とても寒くて、とても悲しい」という感情と、雪の白さだけが残る夢。

 それが、大人になるにつれて、少しずつ鮮明になってきていたのだ。

 特にここ最近は、映像の輪郭がはっきりとしてきていた。

 ――視界を埋め尽くす白い雪。

 ――私に突き刺さる剣、銀色の髪の誰か。

 ――その人は、私に何かを叫んでいて、泣いていて……。

 (あと少し……あと少しで、顔が見えそうだったのに)

 宿屋のベッドで目覚めた私は、胸元の紫色の宝石を握りしめ、小さくため息をついた。

 クライヴ様からいただいた「聖紫石セント・アメジスト」のネックレスをつけて以来、あの夢はピタリと止まった。

 おかげで、寝汗をかくこともなく、朝の目覚めは最高だ。

 怖い夢だし、悲しい夢だ。見なくなって清々したはずなのに。

 「……誰だったんだろう」

 最後に見えそうだったあの人の顔が、気になって仕方がない。

 怖い夢のはずなのに、二度と会えなくなってしまったような気がして――私はなんだか少しだけ、悔しかった。

「……ま、いっか。元気になったんだし!」

 私は頭を振って未練を追い払うと、ネックレスにそっと口づけをしてベッドから起き上がった。

 彼のおかげで、私は今日も「普通のルチア」として生きていけるのだから。

 ◇

 その日の午後。

 塔での家事がひと段落した休憩時間、私はキッチンの隅でペンを執っていた。

「……よし、これでいいかな」

 書き上げたのは、実家にいる弟への手紙だ。

 バーンズ男爵家は貧乏だ。父は人が好すぎて借金の保証人になるし、母は病弱。

 家計を支えるために私が出稼ぎに出ている間、屋敷の管理や両親の世話をしてくれているのが、二つ下の弟・エミルだった。

『親愛なるエミルへ。

 変わりはありませんか? お父様はまた変なツボとか買わされていませんか?

 私は元気です。新しい職場は……その、ちょっと変わったご主人様だけど、待遇は最高です』

 私はペン先を止め、サロンの方をチラリと見た。

 そこでは「変わったご主人様(世界最強の魔導師)」が、私の淹れた紅茶を飲みながら、優雅に脚を組んで読書をしている。

 長い銀髪が光を受けてきらめき、アメジスト色の瞳が知的に伏せられている。

 ……夢の中の「銀色の髪の誰か」と彼が重なるような気がして、私は慌てて視線を逸らした。

 (まさか「魔王」に仕えてるとは書けないわよね……)

 エミルは真面目で心配性だ。そんなことを書いたら、卒倒して飛んでくるかもしれない。

『ご主人様は、とても……ええと、情熱的な方です。

 お給料の前借りも快く許してくれました。

 同封した為替かわせで、屋敷の雨漏りを直してください。あと、お母様に栄養のあるものを』

 私は封筒に手紙と、初日にいただいた「金貨一枚」分の為替証書を入れた。

 これだけあれば、しばらくは家族も安泰だ。

 あとは、帰りに街の郵便ギルドへ出しに行けば――。

「――何を書いているんだ?」

 不意に背後から甘い声がして、私は「ひゃうっ!?」と変な声を出して飛び上がった。

「く、クライヴ様! 気配を消して近づかないでください!」

「すまない。君があまりに真剣な顔をしていたから、つい見惚れてしまってな」

 彼は悪びれもせず、整った顔を寄せて覗き込んできた。

 アメジスト色の瞳が、私の手元の封筒を捉える。

「手紙か? 誰にだ?」

「えっと、実家の弟にです。お給料を少し送ろうと思って」

 クライヴ様が少し意外そうに眉を上げた。

 

「はい。エミルといって、二つ下なんです。体が少し弱いんですが、頭のいい子で」

「ふうん……」

 彼は興味なさげに――いや、少しだけ面白くなさそうに目を細めた。

 私以外の男(たとえ弟でも)の話をするのが気に入らないらしい。子供か。

「で、それを出しに行くのか?」

「はい。仕事上がりに郵便ギルドへ行こうかと」

「必要ない」

 彼は私の手から封筒をヒョイっと取り上げると、人差し指を立てた。

「私が送ってやろう」

「えっ? いえ、そんな悪いですよ! それに切手も貼ってないし」

「切手などいらん。空間転移テレポートで直接届ければ、一秒で終わる」

 彼は事もなげに言うと、封筒に魔力を込めた。

「宛先は『バーンズ男爵邸』でいいな? 受取人はエミル・バーンズ」

「え、ちょ、ちょっと待っ――」

 止める間もなかった。

 シュンッ!

 私の手紙は、紫色の光に包まれて空中に消滅した。

「はい、配送完了だ。

 ついでに、屋根の修繕費として金貨を五枚ほど追加しておいたぞ」

「ごっ、五枚ぃぃぃぃっ!?」

 私は絶叫した。

 金貨五枚といったら、一般家庭の年収に近い。

 雨漏りを直すどころか、建て直しもできちゃう!

「な、何してるんですか! エミルが腰を抜かしちゃいますよ!」

「君の家族だろう? ならば私の家族も同然だ。

 それに、君が金策のために悩む時間を減らせば、その分、私を見てくれる時間が増えるだろう?」

 彼は「完璧な論理だ」と言わんばかりにドヤ顔をした。

 (……この人、本当に規格外すぎる)

 でも。

 その強引な優しさが、今はどうしようもなく温かい。

 夢の続きが見られなくなった寂しさも、実家の貧困も、彼はいとも簡単に吹き飛ばしてくれた。

「……ありがとうございます、クライヴ様。

 でも、次からは相談してくださいね。心臓に悪いので」

「善処しよう。……さて、仕事に戻るか」

 彼は満足そうに笑うと、サロンへ戻っていった。

 私は胸元のネックレスを握りしめ、遠い空の下にいる弟に心の中で語りかけた。

 (ごめんね、エミル。

 姉さんの就職先、とんでもないところだったみたい。

 でも……悪い人じゃないの。ちょっと愛が重くて、魔法が強すぎるだけなのよ)

 平和な午後。

 悪夢も消え、家族の心配もなくなった。

 この幸せな時間が、ずっと続けばいいのに。

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