幸徳井
今回専門用語多めです。後書きに注釈足しているのでお手数ですがご確認くださいませ。ごめんね
「幸徳井……?」
その苗字を聞いて、保憲は目を見開きながら、その馴染み深い言葉を反芻した。
驚いている3人を他所に、実資は続けた。
「奴は自らを幸徳井の家の者だと自称していた。陰陽師で有名な家といえば、安倍氏嫡流の土御門家や、賀茂氏嫡流の勘解由小路家……。だが幸徳井家については俺は聞いたことがなかったから……、家に帰ったあと調べてみた。そうしたら……」
実資はジャケットのポケットからスマホを取り出すと、ある画面を3人に見せた。
内容はこうである。
幸徳井家。
賀茂氏庶流の陰陽道を家業とする家。
戦国時代に断絶してしまった賀茂氏嫡流の勘解由小路家の代わりに、初代征夷大将軍徳川家康の命によって、土御門家と共に京に呼ばれることとなる。
その後江戸時代初期には土御門家と並び、陰陽頭に任ぜられるなど、それなりに名を馳せていた。
だが中期に入った頃から、土御門家との権力を巡る対立が目立ち始める。
そんな中で当時の土御門家当主泰福が、碁打ちでありながら天文学者としての顔も持っていた渋川春海と協力し、平安時代から800年以上続いてた中国由来の暦『宣明暦』から、日本独自の『貞享暦』に改暦するという功績を成し遂げた。それにより、権力闘争の風向きが大きく変わり始める。
土御門泰福は改暦の功績を利用し、全国に点在している民間陰陽師の支配権を主張。結果5代目将軍、徳川綱吉からは朱印状を、第112代霊元天皇からは綸旨を取得したことにより、全国の民間陰陽師を免許制にし、土御門家が『陰陽道宗家』としてその地位を確立した。
以降、それまで土御門家に並んでいた幸徳井家は、権力闘争に事実上の敗北。土御門家の配下に降ることとなる。専門だった暦の管理も、主力は渋川春海を初代とする幕府天文方に譲る形となり、幸徳井家は暦注のみの管轄を余儀なくされた。
「……適当なまとめサイトから引っ張ってきたから、どこまで本当かは知らんが……。一応賀茂氏の流れを汲んでいる。……らしいな」
サイトが表示された実資のスマホには、
《現在幸徳井家がどうなっているかは詳細不明》
と、記載されている。
「それにしても……俺の知っている安倍家と賀茂家は、すでに『天文道の安倍家』と『暦道の賀茂家』の陰陽道『二大』宗家として成り立っていた。わざわざ対立するような間柄でもなかったと記憶しているんだがな……。一体どこで……」
実資は途中まで喋った後、口を噤んだ。
始祖である自分たちが亡き後、方や明治の文明開化まで名前を連ねた一方、方や嫡流は戦国の世に一時断絶。江戸時代に入り庶流が盛り返したものの権力闘争に敗れ、今やどうなっているのかすら分かっていない。
対等であったはずなのに、時代が降るにつれ、いつの間にか待遇に天と地ほどの差が広がってしまった。
賀茂親子や晴朗は、末裔たちに対して何を想っているのか。ただ口を閉ざし、俯いている。
保憲に至っては、髪を下ろしているせいか、どんな表情をしているのかすら汲み取れない。
先ほどまで良くも悪くも賑やかだった忠行の研究室は、しんと静まり返っていた。
「……実資さん」
そんな沈黙を最初に破ったのは保憲だった。
「その男と、もう一度コンタクトを取ることは可能ですか?」
「……不可能ではないと思うが、会ってどうする」
保憲は拳をギュッと握りしめて、まっすぐ実資を見つめた。
「直接会って、確認したいんです。陰陽家としての賀茂は、俺と父の代から始まった。もし本当に、俺たちの流れを継いでいるというのなら……」
「……」
「お願いできませんか?」
実資はしばらく無言で保憲を見つめた後、忠行を見た。
忠行もただ無言で頷いた。
「……わかった。取材可能か聞いてみよう」
「ありがとうございます」
「可否は賀茂先生へご連絡いたします」
「よろしくお願いいたします」
互いに一礼したあと、実資は研究室を後にした。
「幸徳井……、本当に賀茂家の人間だと思うか?」
「……さぁ。でも、もし本当なら……」
これまで散々偽物と対峙してきた晴朗は、幸徳井の家の者を名乗るその男に対し、かなり懐疑的に見ている。
だが保憲は、万が一の可能性を捨てきれずにいた。
もし本物だったら。
自分が始祖だと言ったところで、どうにかなるわけでもない。
けれども自分の目で見て、本物なのかどうかを確認したい。
自分たちの生きた証が、人知れず、けれども今もしっかりと続いているのかを、ただ知りたい。
その思いが、保憲の心を突き動かしていた。
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「ん?」
「げっ!」
実資が忠行の研究室を出た時、扉の前に一人の男子が立っていた。
燃えるような赤い髪に、首に毛糸のマフラーを巻いて、高等部指定の学ランに身を包んだ学生。
彼は実資の顔を見るなり、足早に逃げていってしまった。
「あの制服は、高等部の……?」
実資は逃げていったその学生を追いかけるわけでもなく、ただ小さくなっていく背中を見つめた。
「はぁ〜……」
逃げていった高等部の学生。智尋は、大きなため息をつきながら、雪が降る外をトボトボと歩いていた。
降る続く雪は止む気配がなく、周囲の景色を白に包み込んでいく。
「今日こそは! って思ったのに……、なんか難しい話してて入れなかった……。てかあのオッさん顔怖すぎじゃね……?」
智尋は大学の正門を出て、歩道を一人歩いて行く。智尋が歩くたびに、サクサクと雪を踏み締める音と、足跡が連なっていく。
「……あの日以降面と向かって話すのなんか気まずくなっちゃったし……。アプリでの会話もしてないし……、てか、そもそもあの二人、必要な時以外は連絡して来ないもんなぁ……」
智尋は、寒さでちょっぴり赤くなった手でスマホを取り出し、今年のはじめに智尋から《初詣行こう!》と提案した日以降、一度も更新されていないグループメッセージの画面を寂しそうに見つめた。
「どうしよう……もうすぐ4年に一度しかない貴重なオレの誕生日なのに……。晴朗に焼肉奢らせるというオレの……いてっ!」
どんなに見つめても、更新されないスマホを凝視しながら歩いていたからか、智尋は前から傘をさして歩いていた人とぶつかってしまった。
「あ……」
「あっ! ご、ごめん! なさい!」
ぶつかった相手、綺麗な着物に身を包んだ女性は雪の上に転んでしまった。その拍子に、女性が持っていたカバンの中からは、沢山の可愛いらしいデザインが施されたネイルチップや、ジェルネイルといった道具も雪の上に散乱してしまった。
智尋は必死に謝りながら、地面に散らばった女性の荷物を急いで拾い集めた。
「こちらこそ、よそ見していて……、ごめんなさいね。ありがとう……」
女性も一緒に道具を拾い集めながら、袖の中からハンカチを取り出して、自分と智尋の服にくっついている雪を払い落とした。
「あの、その、怪我、とか平気? じゃなくて、平気ですか……?」
辿々しい敬語を使いながら女性を案じていると、ふと落ちている荷物の中に、数枚の写真があることに、智尋は気づいた。
「こ、これ……!」
そしてその写真を拾い上げ、写っている人物を凝視している智尋を見て、その女性は真紅のルージュが塗られた唇を三日月のように歪ませて、不敵に微笑んだ。
土御門家泰福=江戸時代初期に活動していた陰陽師。当時陰陽頭の座を巡って幸徳井家とはバチバチの関係だった、らしい。
渋川春海=江戸時代初期に活動していた囲碁の棋士であり、天文や暦に精通していた学者。宣明暦に誤差が生じていることに気づき、泰福と協力して新しい暦を作る。その後は幕府の暦を管理する機関、天文方の初代に就任。
2012年に公開された実写映画「天地明察」では主人公でV 6の岡○准一氏が演じられていました。原作ばり面白いのでオススメ。
宣明暦=平安時代(862年)から江戸時代(1685年)の823年間に渡り使用された中国産の太陰太陽暦。長年使用されてきた影響で、江戸時代には暦と実際の天体の運行に2日の誤差が生じていた。
(800年使用されていて2日しか誤差が生じなかったのはそれはそれですげぇ)
貞享暦=渋川春海によって編纂された完全日本産の暦。1685年から1755年の70年間に渡って使用。
朱印状=将軍や大名などが発給する朱色の印が押された公文書
綸旨=天皇の意を受けて、蔵人所が発給する命令文書
朱印状と綸旨の意味をざっくり要約すると
泰福くん「全国で勝手に陰陽師名乗っている奴らをまとめて免許制にして管理したいんですけどいいですか!?」
帝「いいよ!命令書(綸旨)出しとくね!」
将軍「おk。許可証(朱印状)出しとくわ」
的な感じです。
注釈の説明間違ってたらマジでごめんなさい。
勘解由小路家についてはep.135をご参照あれ!




