俺じゃない
「意外だな。自ら偽物であると認めるのか」
晴朗は正座から胡座に座り変えると、もう取り繕うのは不要とばかりに、喋り方をいつもの調子に戻した。
「目の前にご本人様がいらっしゃるというのに、嘘をつく理由がありませんから」
「であれば話は早いな。……お前は何者だ、なぜ俺の名を騙った」
晴朗が強い口調で詰めると、占い師はしばらく俯いた後、ゆっくりと口を開いた。
「……周囲の目が、私をそうさせたのです」
意味が分からない。とでも言いたげに晴朗は顔を顰めた。
「私がちょうど、今の貴方くらいの年齢の時に、陰陽師ブームが来ましてね。その時にイメージ付いた晴明像と、私の見た目が奇跡的に合致していたのです」
晴朗は改めて占い師の姿をまじまじと見つめた。
どこか掴みどころのない、陰りがある雰囲気。
加えて長身。
長髪。
整った顔。
薄く、紅い唇。
切れ長の瞳。
彼が白い狩衣を身に纏い、杯を片手に、縁側に座ろうものなら、誰しもが魅入ってしまうだろう。
心の中で晴朗は「(まぁ、確かに……)」と、思わずにはいられなかった。
占い師と晴朗を並べて立たせ、「どちらが安倍晴明っぽいか?」と聞けば、賀茂親子のような例外を除けば、10人中10人が「占い師」だと、迷いなく答えるだろう。
「……しばらく持て囃されましたよ。挙句本当に『生まれ変わりなんじゃないか』と言われたりもしまして……。最初は『そんなわけないだろう』と否定し続けていたのですが……、段々否定するのも面倒になって……。なればいっそのこと、開き直ってしまえと……」
「それで俺の名前を使って、占いを始めたってことか」
「はい。ただ、人前で何かを話すのはどうしても苦手で……。この場所には、辿り着ける人にしか辿り着けないように、ちょっとした細工を施しています」
ここに至るまで、稲荷山を散々駆け巡ってきた晴朗は、占い師の力そのものは本物であることを、改めて認識した。
「そんな中で先日、ひょっこりと彼がやって来て……その時に知りました。貴方の存在を」
「浩史……、俺の友人にわざわざ『生まれ変わり』と言ったのは……」
「彼ならば伝えてくれると、そして必ず貴方はここに来てくださると、信じたからです」
そう言うと、占い師は再び深く頭を下げて平伏した。
「つらつらと言い訳を述べてしまいましたが、貴方の名を騙ったことは事実。如何様な罰をも受けましょう。深く、深くお詫び申し上げます」
「……」
しばらく二人の間に沈黙が流れた。
占い師は頭を下げたまま、晴朗はそんな彼を、難しい表情で見つめている。
ここまで長い道のりだった。
神奈川から京都まで新幹線で約2時間。
伏見稲荷大社に到着してから賀茂親子と散々歩き回って捜索して、かと思えばカラスにスマホを奪われ、稲荷山を駆け上がり、ようやくこの場所に辿り着いた。
流石の晴朗も疲れが溜まっているし、何より親子二人に迷惑をかけた。
これでもし、占い師が我が物顔で『俺が本物だ』と豪語してくれば、即座に10発程殴り飛ばしたあと、地面に頭を擦りつかせ謝らせるつもりでいた。
だが実際は、占い師が自ら謝罪し、頭を下げた。
正直、拍子抜けした。
けれども思い返してみれば、最初にこの占い師の存在を教えてくれた浩史は、彼の占い結果に至極満足していた。
占い師の役目は、相談してきた依頼主を導き、安心させてやること。
不安で煽ったり、怪しい物を高額で売りつけたり、甘い言葉で依存させるなどもってのほかである。
この占い師は、そのことを理解している。だから最初から我が物顔で、『俺が本物だ』と豪語するなんてあり得ないということくらい、少し考えれば分かったはず。
「……ふぅ……」
晴朗が一度、自戒の念がこもった小さなため息をついた。
そしてぽそりと呟いた。
「……そういえば、俺にそんなことをする資格はなかったな……」
雪見障子からは、本格的に降り始めた雪が、静かにしんしんと、庭を雪化粧させていく。沈黙の中、部屋の隅に置かれた火鉢の中の炭が、パチリと鳴った。
「……お前は何も悪くなかった」
「……」
「むしろ俺なんぞよりよっぽど俺らしい」
占い師がゆっくりと顔を上げた。
「これからもお前の占いを必要としてくれる人が来るだろうさ。だから部外者の俺がどうこうと口を挟む気はない。名前も、好きにすればいい」
「それは……安倍晴明ご本人様の公認を得られた。ということですか?」
「ふ……そうなるかもな」
緊張感がほぐれ、占い師と晴朗は互いに朗らかに笑い合った。
「聞いてもいいか」
「なんでもお聞きください」
「……その力は?」
「生まれつきです。物心ついたときには、他者には視えないものが見えていました。最初はぼんやりとしていて、それが何なのか、ハッキリとはわからなかったけれども……。年を重ねるにつれて鮮明になっていき、そうしてある日突然、腑に落ちました。『これが人の過去世なのか』……と」
「そうか……、お前自身の過去世も、陰陽師なのか?」
「いえ……。残念なことに、自分自身は視えないのです」
「……そう、だったか」
「……私からも、お聞きしてよろしいでしょうか」
「なんだ」
占い師は恐る恐る、晴朗に疑問を投げかけた。
「貴方には……、私の過去世は見えますでしょうか?」
「……悪いが……、俺にその力は、昔も今もない。俺が出来るのは、この世ならざる存在を視ることだけだ」
「……そう、ですか……」
晴朗の回答に、占い師は悲しそうに瞼を伏せた。
「……ちなみに、式神と呪術は? 実際はどうだったのですか?」
占い師はそんな自分の感情を押し隠すように、晴朗に冗談めいた質問を投げた。すると晴朗は、彼の僅かな感情の変化を感じ取りながらも、わざと気づかないふりをして答えた。
「それができるのはもう一人の俺であって、俺じゃない」
鎌倉時代初期に成立した説話集「古事談」では、花山天皇が頭痛に悩まされていた時に、晴明が「あなた様の過去世は尊い行者様で、山の中で亡くなられた。そんな過去世の髑髏が、谷底に落ち挟まってしまっているので、その髑髏を救出しない限り、頭痛は治らない」と助言した。天皇は晴明の言う通り人を遣わして、ある山の底を探したところ、本当に髑髏が挟まっており、取り除いた所、天皇の頭痛はたちまち良くなった。
という逸話が残されています。伝説の中の晴明は、他人の過去世をも見通す力があったらしいです。
現代の最強主人公も驚きのチート設定っすね。




