ようこそおいでくださいました
「……よし、あともう少しで……、」
どれほど歩き続けたのか。
スマホの時刻表示はもうすぐ16時を指そうとしている。
予定であればとっくに占い師の正体を突き止めて、まったりと神社周辺の観光でもして、今頃ホテルで悠々とした時間を過ごしていたはずである。
だが現実は全く異なっていた。
カラスにスマホを強奪され、観光する余裕もなくただ稲荷山を駆け上がり、今は良くも悪くも変わり映えのしない住宅街をただ歩いている。稲荷山は元々登る予定になかったため、晴朗はいつもと同じヒール有りのショートブーツという、登山には全く適していない靴を履いていた。
おかげで彼の足はすでに疲労困憊。
正直今すぐホテルに帰って休みたい。
だがそうすると、京都に来た目的を果たせなくなってしまう。
明日に回すという手もあるが、明日はゆっくりと京都市内を観光するという大事な予定が入っている。
だからなんとしても、今日中に占い師の正体を掴みたい。
晴朗はスマホで道なりを確認し、ふと顔をあげて、周囲を見渡した時だった。
ある古民家。その玄関には、『占い 営業中』と書かれた小さな看板が下げられていた。
「あった……」
晴朗は地図アプリで、知らぬ間につけられていた目印を確認すると、見事に場所が合致していた。
その古民家の前まで歩み寄ってみると、表札は見当たらず、築何十年も経っていそうな、どこにでもありそうな平屋の古民家。
「……よし」
晴朗は忠行あてに《占い師の店、見つけました》というメッセージと、場所情報を送ると、意を決して引き戸をノックした。
「ごめんください」
カラカラと引き戸を開けてしばらく待つと、奥から一人の男性が現れた。
見た目は30代後半から、40代前半頃か。
背が高く、賀茂親子と同じくらい。
服装はカジュアルで、紺色のデニムにベージュのハイネックセーター。
更にその上には、羽織を肩からふわりと羽織っている。
漆黒の長い髪に、切れ長の瞳。
「いらっしゃいませ」
どこかミステリアスな雰囲気を放っているその男性は、晴朗の顔を見ると、切長の瞳を三日月のように細め柔らかく微笑んだ。
「占い営業中という看板を目にしまして……、まだやっていらっしゃいますか?」
「もちろん。どうぞ、お上がりください」
「ありがとうございます」
第一印象は悪くない。
少なくとも、これまで出会ってきたエセ能力者たちに比べれば、怪しさといった違和感は一切感じない。だが油断も禁物だと、晴朗は目的を悟られないようにいつもの爽やかな笑顔を貼り付けると、靴を脱いで、占い師の後ろに続いた。
長い縁側を歩いていく。
この家の中に、占い師以外に人の気配は感じ取れない。
晴朗は床の間へと通され、用意されていたふかふかの座布団に正座で座った。
「お茶、お持ちしますね」
と言って、占い師は一度奥へと引っ込んだ。
占い師を待っている間、晴朗は床の間を見渡した。
達筆な字が書かれた掛け軸、その下には水仙の花が生けられ、質素な室内を彩っている。
部屋の隅には火鉢が置かれており、そのおかげか、縁側は雪が降っている外の気温とさして変わらなかったが、室内はポカポカと暖かい。
まるで最初から、来客があるのを知っていたかのような。
「(随分と準備がいいな……)」
自分が来る前に来客があったのかとも考えたが、雪が降っているなら玄関に足跡の一つや二つ残っていそうなのに、汚れひとつ見当たらなかった。
「お待たせいたしました。お熱いのでお気をつけください」
「ありがとうございます」
すぐに占い師がお茶とお菓子を持って戻ってきた。慣れた手つきでお茶と茶菓子を晴朗の前に置くと、占い師は対面に用意されていた座布団の上に腰を下ろした。
2時間以上稲荷山を駆け巡り、喉がカラカラに乾いていた晴朗は、「いただきます」と、ありがたく出されたお茶を頂戴した。
「では、早速内容を伺いましょうか」
喉が潤ったところで、占い師の方から本題を切り出した。
いきなり過去世のことを聞くのは怪しまれるかと思った晴朗は、
「将来のことで悩んでおりまして……」
まずは当たり障りのない相談をして、相手の出所を探った。
「私は大学で心理学を専攻しているのですが、同時に占いにも興味があって」
「……なるほど」
「心理士か、占い師か……。どちらが良いと思いますか?」
占い師の切れ長の瞳は、まるで晴朗の思惑や正体、そのすべてを見透かしてくるように真っ直ぐ、じっと、見つめてきた。
だが晴朗も、そんな彼の瞳にも動じず、ただ真っ直ぐ見つめ返した。
「……貴方なら、どちらでも問題なく成功できると思いますよ」
ふと占い師の方から視線が外れたかと思うと、こちらも当たり障りのない返答が返ってきた。
「本当ですか?」
「もちろんですとも。貴方のその豪放磊落たる性格は、いつの時代も、多くの人を魅了させる」
まるで釣り糸を垂らしてくるかのように、占い師の方から、過去世の存在を匂わせてくるような言葉を使ってきた。
「いつの時代も……? ……それはつまり……」
意図があるのか、それとも偶然か。
晴朗はほんの一瞬躊躇ったが、この機会を逃すわけにはいかないと、あえてその糸を掴んだ。
「私の過去世もそうであった。ということですか?」
すると、占い師は、ふっと笑った。
「知っているくせに」
晴朗は、やはり確信犯だったか。とでも言いたげに、表情を険しくさせた。
「私の話を聞いてきたのでしょう?」
対して占い師は涼しい顔のまま。
だが、次に起こした占い師の行動に、晴朗は困惑する。
「わざわざ京都まで、ようこそおいでくださいました。お会いできて光栄です。陰陽師、安倍晴明様」
占い師は恭しく、晴朗に向かって深く頭を下げて、平伏した。




