その綺麗な羽を
長く、緩やかな上り坂が、千本鳥居の奥へと続いている。
朱色の鳥居が隙間なく連なり、まるで回廊のように続く山道は、進む者の感覚を静かに狂わせていくよう。周囲は木々に覆われ、もし晴れていれば、揺れる枝葉の向こうから陽光が差し込み、鳥居の朱をいっそう鮮やかに照らしただろう。
だが今日は生憎の空模様。曇天が広がり、昼間であるにも関わらず、周囲はどことなく暗い。更には晴朗が千本鳥居に足を踏み入れてからは、チラホラと細かな雪も降り始めていた。
果ての見えない鳥居の道。どこまで進んでも変わらない景色。
時が滞り、現実から切り離された異界を走っているかのような感覚に包まれながら、晴朗は黙々と坂を駆け上がっていく。
「あの黒毛玉……! 人間をおちょくりやがって……!」
スマホを強奪していったカラスは、追いかけてきている晴朗の様子を伺うように、時折近くの木の枝に止まったり、鳥居の笠木部分に止まっては見下ろす。そしてようやく追いついたかと思うと、再び飛び去ってしまう。
ずっと緩やかな上り坂が続く山道。記念写真を撮っている他の観光客の間を縫うように追いかけ続けているため、体力には絶対の自信を持っている晴朗でさえ、『おもかる石』がある奥社奉拝所に辿り着く頃には、息が上がり始めていた。
「チクショウ……! こういうときに本物の『シキガミサマ』がいればなぁ……!」
晴朗は伝説の中の自分が使役している『式神』という概念がいれば、すぐに捕獲できただろうにと、ない物ねだりをしながら、苛立ちを隠しきれない様子のままカラスの姿を探した。
「! いた!」
カラスの姿を探して、しばらく奥社奉拝所を彷徨っていると、カラスは『おもかる石』の近くで羽を休めていた。
「さぁ毛玉! その綺麗な羽を毟り取られたくなくば大人しくスマホを……てコラ! 画面をつつくな!」
カラスはずっと咥えていたスマホを地面に置くと、鋭いくちばしで器用にカバーを開き、これ見よがしにコツコツと何度もつついたり、ストラップを強引に引っ張ったりしている。
「〜〜〜の野郎……!!」
焦った晴朗は駆け寄って捕獲しようとしたが、あと一歩のところでカラスは再びスマホを咥えて飛び去ってしまった。晴朗は拳を握りしめて、まるで小馬鹿にしているかのように上空を旋回しているカラスを、恨めしそうに見上げた。
カラスを追いかけて、再び千本鳥居を駆け上がる晴朗。
他の観光客と違って景色を堪能するわけでもなく、かといって参拝目的というわけでもない。ただひたすら、しきりに上を見上げながら鳥居の回廊を登っていく。そんな晴朗の姿を、観光客たちはすれ違うたびに不思議な視線を送っていた。
熊鷹社を通り過ぎると、やがて稲荷山の山頂へと至る2つの道と、荒神峰へと至る道に通じる、四つ辻へと辿り着いた。
そこはここまで登ってきた参拝客の休憩処にもなっており、多くの観光客が、眼下に広がる京都市内を一望できるベンチに座って休憩している。
そんな中、カラスは荒神峰に通じる道へと飛んで行く。
ここまで足を休めず、ひたすら登ってきた晴朗は辻の真ん中で足を止めると、首に巻いていたマフラーを鬱陶しげに外し、乱れた息を整えるように大きく息を吸って吐いた。チラチラと降り続ける雪。外気温は10度にも届かない。吐く息は白く、何度も呼吸するたびに、ゆらゆらと空中に舞っては儚く消えていく。
「クソ……! まだ買い替えて一年も経ってねぇんだぞ……!」
強奪されたスマホは、大学に進学したと同時に新調した、まだ比較的新しいモデルでもある。値段もそこそこした。それまでに使っていたスマホはかなりガタが来ていたし、もうすぐ大学への進学も控えているからと、高校時代に頑張ってアルバイトをして、やっと貯めた小遣いで購入しようとした。
だがいざ購入しようという時、今の両親が「入学祝い」と言って全額出してくれたのだ。
申し訳ないからと断ったが、両親は「こういう時くらいは甘えなさい」と、頑なに出すと譲らず、結果晴朗が折れた。
そんな思い入れのある大事なスマホだから、誤って落としたり、傷をつけたり、紛失したりしないように、頑丈な手帳型のカバーも買って細心の注意を払いながら大事に使い続けてきた。
だからこのような場所で失うわけにはいかなかった。
「ぜってぇ取り返す……!」
晴朗は手に持ったマフラーを強く握りしめると、再び階段を登り始めた。




