表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
-契- 現代陰陽師奇譚  作者: KUMANO
八章 もう一人の晴明

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

135/183

ここに来た目的を果たそう


 二月十日 甲辰(きのえたつ) 


 3人は朝10時ごろ、京都駅に到着した。

 この日の京都は大寒波が押し寄せており、空はどんよりとした曇り空が広がっていた。予報ではお昼頃から雪が降るだろうとも言われており、3人は本格的に雪が降り始める前に終わらせようと、あらかじめ予約していたレンタカーを借りると早速、伏見稲荷大社へ向けて車を走らせた。

 

「人多いどころじゃねぇな」

「インバウンドってやつかな。それにしても外国人観光客が多いねぇ」


 車を走らせてしばらく、稲荷大社周辺にたどり着くと、そこには多くの観光客がひしめき合い、車と歩行客がスレスレですれ違うほどに混雑していた。

 

「こわっ! 早く、駐車場……」


 運転を担当している保憲は、誤って歩行客と接触してしまわないよう、慎重に車を走らせた。

 混雑する中、ようやく稲荷大社専用の駐車場に車を停めると、まず3人は本殿でお参りをしようと参道を歩き出した。


「お〜! 鳥居でかっ!」

「圧巻だな」


 豊臣秀吉が造営したと言われている楼門(ろうもん)の前に聳え立つ、鮮やかな朱色の大きな鳥居。晴朗はその鳥居の前にくると、一礼をしてから興奮気味にスマホを取り出して記念撮影を始めた。

 その後、静かに参拝客を見守っている狛狐が両隣に鎮座している楼門を潜り、本殿の前で手を合わせ、各々挨拶とこの旅の安寧を祈った。

 

「随分と様相が変わったな」

「一千年も経てばな。それに京都は『応仁(おうにん)文明(ぶんめい)の乱』があって、かなり荒廃していた時期があったらしいからな。ここも境内が焼亡したりと、かなりの被害が出たらしい」

「……その時は確か……。戦禍から逃れるために、子孫たちが若狭(わかさ)……今の福井県のおおい町へ避難した頃だったか」

「安倍家はな。対して賀茂家は……、嫡流(ちゃくりゅう)が途絶えた頃でもある」


 応仁元年(1467年)から文明9年(1477年)までの11年間に及び、足利将軍家の跡取り争いをきっかけに勃発した『応仁(おうにん)文明(ぶんめい)の乱』この戦火によって主な戦場となった京は荒れ、多くの寺社が焼失してしまった。


 朝廷に属していた陰陽師たちは、主な収入源であった祭祀の依頼が激減。戦乱が泥沼化する中で、公家も武家も吉凶を占う余裕さえなくなっており、生活が困窮。かなり危機的な状況に陥っていた。


 これを受けて、多くの陰陽師は地方へ逃れた。安倍氏嫡流の土御門家も、戦乱が落ち着くまで、所領していた当時の若狭国(わかさのくに)にある名田庄(なたしょう)へと避難した。

 

 一方で賀茂氏嫡流の勘解由小路(かでのこうじ)家は、暦の需要が拡大していた影響もあり、京を離れることは無かったが、後継者不足という問題に直面。土御門家から養子を迎えるなどして、辛うじて流れを保っていたものの、不幸と不運が重なったことにより、遂には断絶してしまった。


「はぁ〜あ、アレだけ朝廷に尽くして、やっとの思いで築き上げたものが……。たったの500年そこらで途絶えちまうとはな……」


 保憲はわざとらしいため息をつき、自虐気味に笑いながら、境内のマップが掲示されている看板を見上げた。看板の淵部分には一羽のカラスが留まっており、保憲の複雑な感情に呼応するように、ガアガアと鳴いている。


「仕方がない……と言ってしまえばそこまでだけれど……。私たちがどうこうと言う資格はないよ」

「……すみません……」

「まぁ……なんとか生き残った安倍家も、後に天下を取った秀吉からは呪詛疑惑をかけられて徹底的にボコボコにされて……、他の官人陰陽師諸共(みやこ)から追い出されるし。江戸幕府が開かれて家康に呼び戻されるまで、不遇の時代を迎えていたらしいからな……」


 戦国時代に突入して以降、土御門家は断絶してしまった勘解由小路(かでのこうじ)家の知識を継承し、暦を作り続けた。他、地方に流れた陰陽師の一部には、織田信長などの戦国大名の側で、軍師として活動し、合戦に相応しい日取りや方角を占っていたという。

 織田・徳川連合軍と、武田の合戦を描いた『長篠合戦図屏風ながしのかっせんずびょうぶ』で、六芒星の紋様が入った、陣羽織を着た男たちが描かれていることは有名である。


 しかし織田信長亡き後、跡を継いで天下統一を果たした豊臣秀吉は、実子秀頼(ひでより)を呪殺しようとした疑いで、当時の土御門家の当主と、その他陰陽師たちを徹底的に弾圧。尾張周辺、現在の愛知県西部へと追放するという処分を下した。


 その後徳川家康が天下人となり(みやこ)へ呼び戻されるまでの間、陰陽師たちは地方での細々とした活動を余儀なくされた。陰陽寮も、属していた陰陽師たちが例外なく追放されたことにより、機能停止へと追い込まれた。

 

「……さ、ここに来た目的を果たそう。晴朗の友だちは、どのあたりでその占い師を見つけたのかな?」


 それぞれの子孫たちがたどった道を憂い、暗くなってしまった空気を切り替えるように、忠行が明るい声で二人に呼びかけた。

 

「その時は今日とは比べ物にならないほど、かなり混雑していたらしく……」


 晴朗は事前に、浩史から場所の詳細を聞いていたのだが、その浩史曰く。

 三ヶ日ということもあり、車道の中央まで人がごった返すほど混雑していた。

 浩史と浩史の恋人は、人の流れに流されるがまま境内付近を彷徨っているときに、偶然『占い営業中』という小さな看板が下げられていた民家を発見したのだという。


 ただ、どのあたりかまでは覚えていない。とのことだった。


「手分けして探すしかないな」

 

 そうして3人は集合時間と合流場所を決めてから、もう一人の安倍晴明の姿を求めて稲荷大社周辺の散策を開始した。

 

だいぶ本編での説明端折りましたが……

〜賀茂氏嫡流(勘解由小路家)による複雑怪奇な泥沼断絶劇〜

を簡単に説明すると……


当時の勘解由小路家の跡取りだった、当主の実子がまさかのキリスト教入信!!九州へ逃亡!!

勘解由小路家当主、断絶回避のため、弟の息子を養子に迎えるも、当主が養子を斬殺!!(※理由不詳)

勘解由小路家当主死去。後がなくなった勘解由小路家、安倍氏の土御門家から養子を迎えてなんとか繋ごうとする

養子にした土御門家の男子、23歳という若さで早逝。再び断絶の危機に

勘解由小路家、再び土御門家から養子を迎える。

今度は養子の実父であり、土御門家の当主が亡くなる。

迎えた養子が急遽土御門家を継承することになり、養子解消!!

断絶!!


こんなことある?


なお詳細をもっと知りたい方は活動報告にどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ