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-契- 現代陰陽師奇譚  作者: KUMANO
八章 もう一人の晴明

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安倍晴明、師に従って道を習う


「よく眠っておられる……」


 規則的に聞こえる寝息。相当疲れていたのか、忠行は深い眠りについている。舗装などされていない当時の道は、牛車の車輪が回るたびに大小の砂利を轢きゴトゴトと小刻みに振動するため、決して乗り心地が良いとは言えない。だが今の忠行にとってはその振動すらも、赤子のゆりかごの如く心地よいのか、あぐらをかき腕を組んだまま俯き、起きる気配はなかった。


「早く成人して……一日でも早く父上のお役に立ちたい……。そのためには今のうちにもっと勉強しておかないと……ん?」


 保憲は物心ついた時から、忙しそうに仕事に励んでいる忠行の背中を見てきた。そのせいか、必然的に彼の『父の役に立ちたい』という思いは日に日に強くなっていき、その強い思いから、こうして今日も進んで自ら仕事の手伝いを申し出ていた。

 

 カラカラと動く牛車が、やがて二条大路と大宮大路が交わる辻へと差し掛かった時、保憲の袖が、牛車の振動はまた違う、意図的に引っ張られるような感覚があった。

 不思議に思い自らの袖を見てみると、小さな童子が一人、袖を掴みながらじっと保憲を見つめていた。


「どうしたんだ? 晴明(はるあき)


 溢れてしまいそうなほどに大きく、無垢な瞳で、何かを訴えかけるようにじいっと保憲を見つめている小さな童子。

 

 安倍晴明(あべのはるあき)、この時6歳である。

 艶やかな濡羽色の長い髪を、保憲と同じように角髪(みずら)型にまとめている。

 

 そんな晴明は先ほどまでずっと膝立ちの状態で、一人静かに御簾(みす)の隙間から見える外を眺めていた。だが今は無言のまま、右手の人差し指を外に向けている。


 この頃の晴明は、幼さ故か自ら言葉を発することはなく、保憲や忠行が話しかけても首を縦か横に振るかで意思表示をしていた。そして特に懐いていた保憲がどこへ行くにも、必ず雛鳥のように後ろをついてくるため、今日も例に漏れず同行していた。

 

「? 何か気になるものでも見つけたのか?」


 保憲は晴明が指し示す先を見てみた。しかし御簾の向こう側は闇が広がるばかりで、外を歩いているお供たちが持っている松明の灯りが、ゆらゆらと揺れているだけだった。


「揺れる松明の灯りが綺麗だな……い゛っ!」


 晴明は松明の明かりを見せたかったのか、そう思い視線を車内に戻しながら笑顔を向けた。すると晴明は違うとばかりにちょっぴり顔をムスっとさせて、保憲の顔を小さな両手で挟むと強引に視線を外に戻させた。その小さくて細長い腕からは想定できない力強さに、保憲の首が少しばかり悲鳴を上げた。


「いてて……、どうしたんだ? 他に何か気になるものでも……?」


 保憲は首をさすりながら再び外を眺めた。晴明はしきりに闇の中を指さしている。


「……?」


 よく目を凝らしてみると、牛車が行く先の闇の中に、ゆらゆらと淡く光る松明のような灯りがポツポツと、宙に浮いていた。


「なんだ……? 松明? の明かりにしては……随分と……」


 最初は別の牛車を連れている、お供の松明かと保憲は思った。だがそれにしては外は静かだった。牛車が動くたびに鳴るカラカラという音も、自分たちが乗っている一台分しか聞こえない。

 

 何より淡く光っている灯りは、誰かが松明を持ち振り回しているわけでもなく、まるで意思を持っているかのように、自在に動き回っているのだ。そしてその色も、爛々(らんらん)と燃える赤ではなく、おどろおどろしい青色だった。


 目を凝らしていると、その青い灯りはだんだんと近づいてくる。そして、次第に、その正体が姿を見せ始めた。


「……あれは……!」

 

 淡く光る青い灯りを先頭に、人ならざる者たちが、群れを成して歩いていた。

 

 古めかしいボロボロの衣服を纏った者。

 戦帰りのような、体にいくつもの矢が突き刺さった武士らしき者。

 全身が血に塗れ、身体中が赤くなっている者。

 体の一部が欠損している者。

 

 季節による寒さとはまた違う寒気が、保憲を襲った。そして思わず、牛車を引いているお供たちに向かって「止まれ!」と叫びそうになったが、吐き出す直前になってその口を噤んだ。

 

 お供たちは誰一人として、彼らの存在に気づいていないのである。


「ど、どうしよう……」


 ここで下手に騒ぐのは得策ではない。だがこのままでは鉢合わせてしまう。

 どうするべきか、恐怖で混乱している頭で必死に考えていた、その時、


「!」

 

 俯いていた人ならざる者の中の一人が、突然顔を上げて、こちらを見てきたのである。

 咄嗟に保憲は視線を外し、背を向けた。


 気付かれた?


 全身を伝う悪寒と、うるさいくらいに高鳴る胸の鼓動。

 

 このままではいけない。

 

「父上……!」


 保憲はあまりの恐怖で半泣きになりながら、静かに眠っている忠行の体を揺さぶった。



 

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