人の振り見て我が振り直せ
「失礼いたします」
研究室の扉を開けると、温かい空気が3人の体を包んだ。室内は部屋の主人である忠行は不在だったが息子の保憲が一人、タブレットを開いて小論文の作成に取り組んでいた。
「おー晴朗、お疲れ……と、友だちか」
「こんちわーっす」
友人らは保憲に対して軽く会釈をしてから防寒着を脱ぎ、空いている椅子に腰掛け、晴朗は保憲の隣に腰を下ろした。
「で、相談したいことって?」
「それがさ〜……」
明彦はため息まじりに相談内容を話し始めた。
要約するとこうである。
明彦には昨年の10月ごろから付き合い始めた彼女がいるのだが、最近とてもそっけないのだという。前までは積極的に連絡をくれたのに、今は既読、未読スルーは当たり前。返答も《ふーん》や《また今度ね》のみで、関係がかなり冷え込んでしまっている。
といった内容だった。
「……____俺なんにもしてないのに! 酷くね!?」
「……ふうん」
「そう! まさにそんな感じ! なぁ、どうすればいいと思う?」
晴朗は興味なさげに頬杖をつき、お茶を飲みながら答えた。明彦は焦ったように答えを急かした。成り行きでついてきた浩史は明彦の隣に座り、口を挟むわけでもなく静かにスマホをいじっている。
「残念ながら相手方は、もうお前に興味ないんじゃないか。遅かれ早かれ、関係終了の連絡が来ると思うぞ」
「は!? なんで!」
「そうなる原因を作ったお前がその様子じゃあ尚更だ」
「全部俺が悪いって言いたいわけ?」
「そういった極端な考えも原因の一つだろうな」
同調されるどころか淡々と諭され、明彦は言い淀んだ。
「……で、でもさぁ、何も言わないっていうのもどうかと思うけど?」
「というと?」
「俺はちゃんと『なんか最近そっけなくね?』って聞いたんだぞ! それなのに向こうは『そう?』だけで終わり!言いたいことがあるなら言えばいいだろって!」
「その言葉、付き合ってまだ間も無くの頃のお前自身に言ってやれ」
「え」
明彦は、まだ現在の彼女と関係を始めた頃のことを思い返した。
____このあとさー……げ、
____どうした?
____……彼女からの連絡
____なに、新しい彼女できたんだ
____うん。連絡してくれるのはいいんだけど、ちょっと頻度が多くて返すのダルいんだよねぇ
____返ってこないよりはよくね
見た目が可愛いくていい子そうだから。と、明彦からアプローチして付き合い出した。だが明彦は、その女性と付き合うこと。を最終目標にしていたせいで、その後の向き合い方が疎かになっていた。何度か周囲の友人から態度を改めた方がいいと咎められたものの、彼は『向こうも文句言ってこないし別に問題ないだろう』と甘く考え、結果その報いが今、回ってこようとしていた。
「『人の振り見て我が振り直せ』以上。美味い抹茶スイーツ、期待してるぞ」
そして晴朗のトドメとなる一言を受け、明彦は自らの行為を大いに反省することになったのだった。
「……晴朗ってさぁ」
晴朗のお説教を受けて、反省し落ち込んでいる明彦を横目に、ずっとスマホをいじっていた浩史が視線を晴朗に移し、おもむろに口を開いた。
「ん?」
「なんていうか……本当、同い年に見えないんだよなぁ。……過去世の記憶でもあんの?」
晴朗は以前からも、友人らの相談にはよく乗っていた。少々口は悪いものの、良くも悪くもハッキリと物申す姿勢と、要点を的確に突いた助言を信頼してのことだった。
それを理解した上で、あくまで浩史は冗談で言っているハズなのだが、その的を射た発言に思わず晴朗と、隣で話を聞いていた保憲の肩がギクリと跳ねた。
「そ、んな訳ねぇだろ。何いってんだ」
晴朗はなんとか平静を保ちながら笑って受け流したが、内心は冷や汗を垂れ流し、なんとか紡ぎ出した言葉はどことなくギクシャクとしていた。浩史はそんな晴朗の動揺には気づかず、壁に陳列されている沢山の本を眺めながら再び口を開いた。
「いやさ、ちょっと話変わるんだけど……、元旦に彼女と京都に行ってきたって、前言ったじゃん?」
「ああ、言ってたな。お土産の抹茶ブラッ○サンダー美味かった」
「それは良かった。でさ、彼女が占いやりたいっていうから、伏見稲荷付近にある適当な店に入ったんだ。そうしたら、色々とズバズバ言い当てられてさ、彼女も俺もびっくり」
「ふうん……、例えばどんなことを言い当てられたんだ?」
「え〜っと確か……、俺たちが出会った場所とか、付き合い始めた時期とか……」
晴朗は本当にその占い師が本物なのか、それとなく探りつつ興味津々に浩史の話に聞き入っている。隣に座っている保憲も、視線はタブレットに向けながらも聞き耳を立てていた。
浩史曰く、その占い師は二人の基本的な性格はもちろん、お互いの関係や、最近こんな場所に行った。といった、SNSにも公開していない、二人にしか知り得ない情報を次々と当ててきたのだという。
「……でね、その占い師が『君たちは過去世でも仲睦まじい夫婦だったから、今世も互いを尊重する気持ちを忘れなければ、きっと過去世以上に良い関係を築けるだろう』……って言ってくれて」
「なるほど、それで過去世の記憶か。……にしても、中々良い占い師に当たったな」
晴朗はここ最近、インチキで人を欺く不届者たちしか見ていなかったからか、まだその占い師が本物かどうかの判断はできなかったが、聞いている限りのその的中率に、純粋にとても興味が湧いていた。
「それはそう。だからさ、ついでになんとなく聞いてみたんだよ、その占い師に。『あなたの過去世も占い師だったんですか?』……って。そうしたら……」
浩史は一息おいてから、当時その占い師が言った言葉をそのまま再現した。
「『____あまり表立っては言っていないから、内緒だよ。実は私は……『安倍晴明』の生まれ変わりなんだ』……って」
「ほぉ〜……………………ほぉ??」
浩史による衝撃的な言葉に、晴朗は頭で理解するのにワンテンポ遅れ綺麗な二度を見をし、保憲は飲もうとしていたカフェラテを溢し盛大にむせ返し、ちょうど良いタイミングで研究室に入ってきた忠行は鞄を落とし、呆然とした様子で入り口に立ち尽くしていた。
「最初何言ってんだって思ったけどさ、見た目の印象がかなりっぽかったから、なんか説得力あったんだよね〜……。って、やべ、内緒だっつう話だったのに言っちゃった。まぁ本当かどうかはともかく……、この話は内緒でよろ」
大いに混乱している3人を他所に、爆弾を投下した浩史はなんてことない様子で、再びスマホをいじり始めたのだった。




