親しき仲にも礼儀あり
一月二十六日己丑
乾燥した冬晴れが続くある日の昼下がり。
午前中で本日の講義を終えた晴朗は、いつもの友人たち、長尾明彦、山嵜浩史、そして小江和泉と食堂で昼食をとっていた。
「ハルくんはこの後どうすんの? もう帰る?」
「いや、賀茂先生の所に行く」
「好きだね〜他学科なのに。昔馴染みなんだっけ?」
「そうだ。ず〜〜っと昔から世話になってる」
「ふうん」
浩史は会話をしながらも食堂で頼んだカレーうどんを啜り、同時にスマホを操作するなど、器用にこなしている。そんな浩史のスマホ画面にはもう一人の友人、秋山拓海から《今日のレジュメ俺の分もよろ♡》といったメッセージが表示されていた。
一足先に昼食を食べ終えた晴朗はお弁当箱を片付けて、空になったタンブラーには、家から持参した新しい茶葉を入れ、食堂に設置されているポットから出てくるお湯を慣れた手つきで淹れている。
「和泉も一緒に来るか」
「僕は午後も講義残ってるから……」
「実資……先生のゼミか?」
「実資先生は今日一日お休みなんだ」
「休み? 珍しいな」
タンブラーを机の上に置いて、晴朗はカバンの中から、おかきが入った袋を人数分取り出しみんなに配った。すると浩史が「いつもありがとうねおじいちゃん」と軽く茶化すと、晴朗は「よく噛んで食えよ若造」とノリよく返しながらおかきをボリボリと食べ始めた。
「今日は実資先生の奥さんの、出産予定日なんだって」
「ガチ!? あの人既婚なん!?」
和泉が自分で作ってきた昆布のおにぎりを頬張りながら答えると、一人だけ食事そっちのけでずっとスマホを凝視していた明彦が驚きの声をあげた。
「そうだよ。もう一ヶ月以上前からかな、『この日は何があっても絶対休むからお前らも絶対問題起こすなよ』って念入りに釘刺されたもん」
「へ〜、ちなみに男の子? 女の子?」
「女の子。今回の3人目含めて、みーんな女の子」
「3!?」
既婚どころかすでに二人の子どもに恵まれていることを知ると、明彦は再び目を見開いて驚いていた。そして再び自分のスマホを凝視すると、深く眉間に皺を寄せて焦ったような表情のまま黙りこくってしまった。
晴朗は、実資の1000年経っても変わらない嫁と実子への愛情を垣間見て「相変わらずだな……」と柔らかい笑みをこぼした。
「あのぉ〜……、ハルさん」
その後友人たちも昼食と片付けを終えて、食堂を後にしようという時、ずっと浮かない表情をしていた明彦が晴朗の顔色を窺うように話しかけてきた。
「どうした、改まって」
「この後も時間に余裕がおありでしたら……、またちょっと……相談に乗ってもらいたいことがあるんですけれども……」
明彦は胸の前で両手を擦り合わせて薄ら笑いを浮かべ、ごまをする態度を惜しむこともなく前面に出している。
「……謝礼は?」
「友人のよしみで!」
「帰れ」
無償と聞くな否や、晴朗は出口に向かってスタスタと歩き出した。
置いて行かれた明彦は急いで晴朗の後を追いかけて、彼の行く道に立ちはだかった。
「いいじゃんかよたまには! 毎回抹茶スイーツ奢ってやってんじゃん!」
「『親しき仲にも礼儀あり』だ。その辺の線引きを曖昧にすると、後で取り返しのつかないことになるぞ」
その後もしばらく明彦は、なんとか無償で相談に乗ってくれないかとしつこく掛け合った。だが頑なに首を縦に振らず、無視して足早に歩いていく晴朗に対してついに根負けしたのか、
「はいはい! わかりましたよ! また上手い抹茶スイーツ奢ってやりゃ良いんでしょ!」
ほぼ投げやりといった口調で、謝礼の支払いを了承した。
すると晴朗は、満足したように笑いながら振り返った。
「よしきた。違えるなよ」
そうして二人は、午後の講義が残っている和泉とは別れ、同じように暇だからとついてきた拓海と共に、乾いた冷たい風が吹き付ける中忠行の研究室がある旧館へと急いだ。




