おそらく逃げたかと
「……ふぅー……」
先に店を出た晴朗と智尋。
階段を降りて外に出ると、晴朗は一度深く、そして大きな深呼吸をして、未だ体内から沸々と湧き上がってくる憤りの感情を無理矢理押さえ込んだ。その後ろ姿を智尋は、声をかけて良いのかも分からずにただ、少し気まずそうに見守っていた。
「……悪かったな」
深呼吸を終えた晴朗が、智尋に背を向けながら呟いた。その声色には先ほどのような怒気はなく、冷静さを取り戻し、怖がらせてしまったことへの申し訳なさが含まれていた。
「べ、別に……。ちょっと、ビクッとした、だけだから……」
いつもの調子の良さが全く見られない晴朗の雰囲気に、智尋も必要以上に強がる気にはなれずにいた。
その後も二人は無言のまま、保憲が戻ってくるのを待った。
「お待たせ」
遅れて階段を降りてきた保憲は、いつもの穏やかな雰囲気に戻っていた。
「さっきはごめんな」
「う、うん……」
そして自らの弟たちにするように、智尋の頭をよしよしと撫でた。
晴朗に続いて保憲にも謝られ、どう反応していいか分からない智尋は、明らかに無理をしていつもの表情を作っているだろう彼の顔を見ていると何も言い出せず、ただされるがままだった。
「____それじゃ! 今から帰るから、いつもの場所までお迎えよろしくー!」
すると階段から、一人の女性が誰かと電話をしながら降りてきた。
2階のネイルサロンにいたのか、重苦しい雰囲気が漂っている3人とは打って変わってその足取りは軽く、意気揚々としたテンションで駅へと向かっていった。
「俺たちも帰るか」
そう言って智尋に背を向けて、駅方面へと歩き出した保憲の背中からは、哀愁が漂っていた。
******
保憲と別れた後、雨隙は裏口から外に出ると、外階段を下って2階のネイルサロンへと足を運んでいた。
スタッフルームから店内を伺ってみると、一人の女性客が綺麗に仕立てられた爪を満足そうに見つめながら会計をしていた。
「ミツルさん! 今日もありがとうございました!」
「どういたしまして。明日のデート、頑張ってね」
「はい!」
女性客は扉の前でお辞儀をすると、優雅に手を振るネイリストのお見送りを受けながら、軽い足取りのまま元気に店を出ていった。
誰もいなくなった店内。雨隙はネイリストに近づいた。
「……お疲れ様でございます。宣旨」
振り返ったそのネイリスト。漆黒の黒い髪を簪でまとめ上げ、黒いハイウエストのワイドパンツに黒いリブニットを着て、体内を巡る血液のように深いダークレッドのルージュと指先のネイルが、白い肌によく映えている。
彼女は先月、河原毛村で雨隙や天野を率いていた。宣旨と呼ばれている美しい女性だった。
「どうしたのかしら? 空臣」
「……件の陰陽師二人に再会したので、そのご報告です」
「あら、それはそれは……、大変」
『大変』と言いながらも、開放的な窓へと向かうその足取りから、焦りは全く感じられない。歩くたびに彼女が履いている、ヒールのカツカツという音が、静かな室内に響いている。
宣旨は開放的な窓から外を見下ろした。
道路を挟んだ反対側の歩道に、こちら側に背を向けて駅方面へと歩いている3人の姿が見えた。
「……あら?」
「……どうなさいましたか」
「あの……後ろにいる子……」
宣旨が指を刺した先には、並んで歩いている晴朗と保憲の後ろを歩いている智尋の後ろ姿があった。
「あぁ、あの二人と親しげでしたが……、保憲君には特に従順でしたね」
「そう……名前は?」
「確か……智尋と呼ばれていた……かな……」
「智尋?」
雨隙から名前を聞いた宣旨は、智尋の後ろ姿を見つめながら腕を組むと、何やら一人で考え込み始めた。
あの二人と違って、智尋と呼ばれていた少年はあの村にはいなかった。それに何も教えられてはいなかったのか、終始戸惑っていたし、過去世とやらの記憶もなさそうな雰囲気ではあった。それなのになぜ、彼女はあの少年のことを気にするのか。
雨隙はそう考えながらも、外を見つめながら黙っている宣旨を待った。
「智尋……、…………そう……」
しばらくすると、宣旨はくすくすと妖艶に笑い始めた。
「ふふ……本当に、因果とは……時に残酷なものね」
そして何か、別の意味を含んだような言葉を残し、スタッフルームへと戻って行ったのだった。
******
「……それで、これからどうする?」
場所は変わり、最寄り駅からほど近くにあるカフェテリアにて。
智尋と別れた二人は、温かい抹茶ラテとカフェラテを飲みながら、今日あった出来事についての話をしていた。
「雨隙先生は『エリアマネージャー』だと言っていた……。ということは、どこかに本拠地となる場所があるということだ」
「もうエリアマネージャーになってんのか……、随分と出世がお早いことで……」
晴朗は椅子の背もたれに体を預けながら、スマホで何かを検索し始めた。
「……今日俺たちが行ったあの占い屋。『Wheel of Fortune』か……『運命の輪』……ねぇ」
「……人生のターニングポイント。あるいは翻弄される運命……」
保憲のスマホ画面には、タロットカードの中にある『運命の輪』についての意味が記された画面が表示されている。そこには、正位置で運命の輪が占い結果として出た場合は「運命的な出会い」や「幸運」「物事が進展する」といった、良い意味合いとして扱われている。
しかし逆位置になると一転、「不幸」や「停滞」「不運に見舞われる」など、悪い意味合いとしても扱われる。
「……おかしいな……」
「どうした?」
「店の公式サイトは出てきたが……、他店舗や本社の情報が出てこない……。いつもなら清々しいレベルで堂々と掲載していたのに……」
晴朗のスマホ画面には、先ほど二人が行っていた店のサイトが表示されているものの、どのリンクをタップしても外部情報に繋がるものはどこにもなかった。
「それか……奈夜郎の時のように、会員になれば……」
「……最近は何でもかんでも会員にしたがるな……。その度にアプリをインストして、ユーザー登録やらパスワード設定やらをやらされるユーザーの身にもなって欲しいもんだ」
晴朗は大袈裟なため息をつきながら悪態をついた。
「ともかく……明日、父上と一緒にもう一度行ってみる」
「俺も一緒に行こうか?」
「いや……、俺とお前はもう顔が割れているから……店には父上が単独で行くことになるだろうな……けど……」
二人は揃って腕を組むと、もどかしそうな表情でそれぞれ天井と地面を見つめた。
忠行も顔そのものはとっくに割れている上に、尊敬する父、あるいは恩人に一人で敵陣へ向かわせることに対して、どうしても抵抗があった。
「普通の従業員に、どこまで情報が共有されているのか、そもそもグルなのかどうかすら分からんからな……。俺たちの他にも、話のわかる協力者がいれば……」
晴朗が無機質な地面を見つめながら、信頼できる味方の少なさを嘆いた。天井を仰ぎ、規則的に回っているシーリングファンライトを眺めている保憲も、「そうだな……」と言いかけたが、すぐに、
「……あ」
という何かを思いついたような声を上げた。
「誰かいるのか?」
晴朗も気になったのか、視線を保憲にうつしたが、彼は難しい表情のまま「まぁ、いるには、でも……う〜ん」といった、歯切れの悪い返事を返した。
「誰だ? ……もしかして、実資か? あいつはこういった面倒ごとには中々……」
「いや、実資さんじゃなくて……」
「じゃあ誰だよ」
保憲は言うべきかしばらく悩み、やがてその重たい口をゆっくりと開いた。
「……とお……」
「?」
「……保遠だ……」
「……は?」
その翌日、議論に議論を重ねた結果、ランドセルを背負った幼い子ども、保遠のわがままで仕方がなく占い屋へ足を運ぶ父親。という設定で、忠行が再び乗り込むことになった。
保憲は付近まで二人を車で運び、占いが終わるまで車内で待機をしていようと思ったのだが、なぜか二人はすぐに戻ってきてしまった。そして車内に戻るなり保遠は開口一番、
「臨時休業になっていましたよ。おそらく逃げたかと」
そう報告したのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この場をお貸しいたしまして、改めてお礼申し上げます。
次回はなんと、京都へ行きます。
晴朗、保憲にとって約千年ぶりとなる京都。
何をやるかは……お楽しみに〜。
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