静かに
からんからん
扉についているベルの音が鳴る。
照明が控えめに照らされている影響か、それともどんよりとした外の天気の影響か、店内は少し薄暗い。
ほのかに薫ってくる白檀が3人の鼻腔をくすぐった。
「いらっしゃいませ」
一人の女性が仕切られたカーテンの奥から現れた。
40代前半くらいか、茶髪のボブカットに清楚な化粧、そして海のように深い藍色に塗られた指先のネイル。どこにでもいそうな主婦。といった見た目の印象だった。
店内はいくつかのスペースに分けられており、数人の客が同時に占えるような仕組みになっていた。だが他に客の気配はなく、店員も彼女以外は見当たらない。
「3名ですか?」
「いえ、見ていただきたいのは僕だけです」
「かしこまりました。ではこちらにどうぞ」
晴朗はいつものように爽やかな笑顔を作って軽く手を上げた。
店員に導かれ、3人はスペースへと案内された。
机を挟むように椅子が二つ。晴朗が椅子に腰掛け、後ろから智尋と保憲は立って見守った。机にはたくさんの口コミや、占術の種類が貼り付けられており、壁にはパワーストーンのブレスレットも販売しているのか、いくつか見本として掲示されていた。
「(白檀の香……、それに、パワーストーンときたか……)」
「(奈夜郎の一件と状況が似通っている……だが……)」
晴朗と保憲は悟られないようにしつつ店内を観察したが、二人が見えている範囲では明らかに怪しいといえる箇所は見当たらなかった。
「よろしくお願いいたします」
先ほどの女性が対面に座り、占いが始まった。
「あなたのお悩みは? なんでも聞いてくださいね」
女性に問いかけられると、晴朗は表情を不安そうなものに切り替えながら恐る恐る話し始めた。
「最近……怖いことが立て続けに起こっていて……」
「具体的には?」
「自室で寝ていると……、僕以外誰もいないのに、どこからともなく足音が聞こえたり……。お風呂に入っていると女性の声が聞こえたり……」
「あらあら……それは……」
晴朗は更に同情を誘おうと、大きな瞳をうるうるとうるわせて、家の中で頻発する霊障を恐れる、可哀想な男の子を全力で演じた。
「数日前には……、インターホンが鳴って、……あけてみると誰もいなくて……、イタズラかと思ってドアを閉めて後ろを向いたら……白い服を着た女性が……」
「どうしたお前、何いきなり猫かぶ……」
「智尋」
晴朗による迫真の演技に、智尋がいつもの調子で揶揄おうと口を挟んだ。すると保憲の一際低い声がそれを遮った。
「静かに、できるよな?」
腕を組み、顔は前を見据えたまま、目線だけを智尋に向けていた。
その時、智尋は『俺の言うことには絶対に従う』という言葉の重みを思い知らされた。つい先程まで、誰よりも優しく穏和な表情で楽しそうに会話をしていたのに、その時見せていた彼の温かい雰囲気はどこにもない。
代わりにあるのは、静かな怒りが込められた冷たい目線と、その一言一言全てに、鋭い棘が仕込まれているような威圧感だった。
初めて見る保憲の一面に萎縮した智尋は、ただ「は、はいっ……」と素直に従い口を閉ざすことしかできなかった。
「……どうすれば……、よろしいでしょうか……?」
縋るような瞳で女性を見つめると、女性は困ったように眉を下げた。
「う〜ん。これは……私の専門外だわ」
そう言うと、女性は立ち上がり、
「ちょっと待っててくださいね、霊視ができる専門の占い師を呼んできますから」
そう言い残して、別室へと消えていった。
女性の姿が完全に見えなくなったところで、晴朗はしれっと元の表情に戻ると、
「……よし、あとは……」
霊視ができるという、占い師が現れるのを静かに待った。




