『当朝、保憲を以て陰陽の規範と為す』
二人がじゃれ合っているうちに屋内のアナウンスが鳴り、ようやく順番が回ってきた3人は、拝殿内の厳かな雰囲気の中、無事にご祈祷を受けた。その後は境内でおみくじを引いたり、屋台でたこ焼きやお好み焼き、串焼き肉を食べながら時間を潰した。
さらにご祈祷を受けた参拝客のみが観覧することができる神苑も見学した。小さなお茶屋や、その神社の歴史を辿ることができる資料館などがあり、澄んだ空気とその神々しいともいえる日本古来の庭園に、3人はゆっくりと周りながら和やかなひと時を過ごした。
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「……そういえば……賀茂さんはどうなの?」
「ん? 俺がどう、とは?」
「賀茂さんは将来こうしようとか、決まってんの?」
境内を余すことなく見学した3人は、お昼過ぎに神社を後にして、近くの蕎麦処で昼食をとっていた。注文したお蕎麦を待っている間、ご祈祷の待合室で話した話題の続きを、智尋が保憲にふってきた。
今度は保憲に将来の目標を聞いてきた。その純粋に、何かを知りたいと訴えかけてくる瞳に、保憲は思わず戸惑ってしまった。
「あー、俺は……」
「もしかして、賀茂さんもまだ決まってない感じ?」
「……そうだな、俺もまだ特に決まってない、智尋とおんなじだ」
「だよね〜! やっぱ晴朗が早いんだって!」
智尋は安心したように保憲にくっつきながら、晴朗に向かってあっかんべをしている。
対面に座っている当の晴朗は、もう興味がなさそうにスマホをいじりながら「はいはい」と軽くあしらった。
「でも、それこそ意外だな〜」
「何がだ?」
「賀茂さんが決まってないの」
「そ、そうか?」
「うん。てっきり、せんせーとかやるのかなーって思ってた」
「先生……?」
智尋の言葉に、保憲は思わず呆然としてしまった。
そんな彼の様子には気づかずニッカリと笑いながら智尋は続けた。
「賀茂さん。教えるのめっちゃ上手いじゃん! 初めて会った時だって、陰陽師のリアルについて超わかりやすく教えてくれたし!」
「……」
「賀茂さんが担任だったら大人気間違いなしだよ! なんてったって顔良いし! 優しいし!」
その時、3人の元に大きなエビの天ぷらが添えられたお蕎麦と、付け合わせのお稲荷さんが運ばれてきた。智尋は瞳を輝かせながら、スマホで写真を撮った後に元気よく「いただきまーす!」と号令してからお蕎麦を啜り始めた。
「……俺も同感だな」
すると、晴朗が静かに語り出した。
「お前は昔から、物事を教えるのが誰よりもうまかった」
運ばれてきたお蕎麦を、穏やかな笑みを浮かべながら見つめているその瞳からは、遠い過去、保憲の弟子として日々教えを受けていた時の記憶を偲んでいるようだった。
「『当朝、保憲を以て陰陽の規範と為す』……陰陽道の基盤を築いたお前なら……、良いと思うぞ。学校の先生も」
そう言って、晴朗もお蕎麦を食べ始めた。
数日前、大学で晴朗に「将来どうしたいとか、決まってるか?」と聞くと、彼は先ほど智尋にした時と同じ言葉が返してきた。対して晴朗に「お前は?」と聞き返されると、保憲は言葉を詰まらせてしまっていた。
晴朗は表情を曇らせた保憲に「何かあったのか」とは聞かず、だからと言って先ほどの智尋のように説教を垂らすわけでもなく、「まぁ、お前ならすぐ見つけられるだろ」とだけ返していた。
保憲の隣では、大きなエビの天ぷらをサクサクと頬張りながら「おいし〜!」と舌鼓を打っている智尋の嬉しそうな声が聞こえてくる。
1000年前は事情があったとはいえ、自分を暗殺しようとしてきた人物に将来へのヒントを示されるなんて。
そう思いながら保憲は、天ぷらを食べて、天かすがついている智尋の頬を指で拭った。
「……賀茂さんって」
「ん?」
「お母さんっぽいよね」
「おか……?」
「ふうん、じゃあお前は、鼻水垂らしたわんぱく小僧だな」
「んだと嫌味ったらしジジイ」
そうして飽きずにまた睨み合いを始めた二人をよそに、保憲は温かい目で見守りながら、長い前髪を耳にかけてからお蕎麦を食べ始めた。
源経頼(道長くんや実資のお友達的存在の公卿)が記した日記『左経記』にて
長元五年(1032年)五月四日条
当朝以保憲為陰陽規摸。
という一文が残されています。
要約すると
「現在の朝廷においては、(賀茂)保憲を陰陽師の見本としようね」
という意味になります。
保憲が亡くなって50年以上経った朝廷でも、最も評価されていた陰陽師は保憲であるとして、その名が通っていたようです。




