寿命が縮むから早く退けって
一月十四日丁丑
早朝。
すでに陽は登っているのだが、空を厚く覆う灰色の雲に阻まれて、太陽は姿を見せない。
晴朗は賀茂家へとやって来ていた。
この日は先週に、智尋が行きたいと提案してきた初詣の日である。
晴朗は賀茂家のインターホンを鳴らした。
しばらくすると扉が開き、寝起きなのか、寝癖がそのままになっている次男の保胤が姿を見せた。
「はい、こんな朝っぱらからどちら様で……」
「保胤か、おはよ……」
「……ちっ……」
保胤は晴朗の顔を見た瞬間、恨めしそうな表情をした後乱雑に扉を閉めてしまった。
「……」
挨拶をした時に軽く手を挙げた晴朗の右手に、どことなく虚しさが感じられた。
しばらくすると「行ってきます」と言う声と同時に、保憲が玄関から現れた。
「おはよう晴朗」
「あぁ……おはよう」
「どうした?」
「いや、なんでもない。行こうか」
少し落ち込んだ表情をしている晴朗を保憲は気にかけたが、晴朗はすぐにいつも通りに切り替えて、先に歩き出した。
「賀茂さん! 晴朗! おっはよー!」
最寄り駅に着くと、改札前に智尋が大きく手を振りながら出迎えてくれた。
お正月休みは過ぎたものの、3人がこれから向かう神社は神奈川県内でも有名な場所であるからか、その神社へ向かう電車は、参拝客であろう人々でごった返していた。
「晴朗、智尋、大丈夫か。埋もれるなよ」
「オレはなんとか……平気〜」
電車に乗り込むも車内はすでにぎゅうぎゅう詰めの状態で、晴朗と智尋は逸れないように、身長が頭ひとつ分抜きん出ている保憲にしがみついた。
「やっぱ車にするべきだったかな」
「この時期は車でも電車でも、あんまり変わらないだろ……」
一つの駅に着くたび、沢山の客が車内に無理やり乗車してくる。
真冬で皆厚着をしているからか、熱は籠り、ちょっと暑いと感じてしまうほどの密着状態だった。
「おっと……」
沢山の乗客に押され、保憲が体勢を崩した時だった。
「ミ゜っ」
「あ! 晴朗!」
保憲の背中にくっついていた晴朗が、体勢を崩した保憲の背中に押し潰されてしまったのだ。
「だ、大丈夫か晴朗!」
「賀茂さん! 晴朗が潰れてる!」
晴朗は前方に保憲の背中、後方には電車の扉に挟まれてしまい、保憲は晴朗を解放しようにも、この密集状態では身動きが取れず、そのまま電車は動き出してしまった。
「晴朗、息できてる?」
保憲の背中に潰されたまま、モゴモゴと何かを言っているのを智尋が聞き取った。
「寿命が縮むから早く退けって」
「無茶言うなって……、目的の駅まであと3.4駅くらいだから、それまでの辛抱だ。な」
電車は晴朗を押し潰したまま、目的地に向かって走り続けた。




