“番外編” お前喧嘩売ってんのか?
「俺って……かわいい、のか……?」
ある日の夜。
晴朗は一人夕食を終え、じっくりとお風呂に浸かって1日の疲れを癒した後、脱衣所に備え付けられている鏡の前で軽いスキンケアを施しているとき、ふと思った。
「どう足掻いても顔面偏差値のメーター振り切ってる保憲が隣にいるから、俺は普通だと思ってたけど……」
晴朗の隣には常に顔が良い、長身、性格も温厚、何を着せても様になる、そして顔が良いという、いいとこ取りの権化とも言える賀茂保憲がいる。だから大衆の視線は自然と彼に行く。
曇りのない鏡に写っている、どこかで見たことのあるクマを模したヘアバンドをつけて、シワひとつない殻を剥いたゆで卵のように若々しくすべすべな肌をしている自分の顔をじいっと見つめながら、これまでの周囲のリアクションを改めて思い出してみた。
____お前には言われたくねぇわ! お前だってどっからどう見てもまだ子どもだろ!
____子どもは早くおうちに帰ったほうがいいんじゃな〜い?
____晴朗の過去世って女の子なの!?
____顔可愛いしね。
____前世女の子って言われても確かに違和感はないっすね。
____お前自分の顔面鏡で見てみろ!
「……あのインチキクソ野郎が、名前と見た目の雰囲気から過去世を適当にでっち上げていたなら……」
『インチキクソ野郎』とは、先日動画配信者のトークイベントにて過去世鑑定を生業としていた月読右近のことである。彼は晴朗によってインチキが暴かれると、逃げるように打ち上げ会場から姿を消し、その日のうちに雲隠れした男性のことである。
「う〜ん……。自分じゃよく分からんな……明日聞いてみるか」
晴朗はしばらく自分の顔と睨めっこしたが、どうにも主観では判断がつかなかった。そして明日大学に行った時にでも友人たちから意見を募ろうと、ヘアバンドを外し櫛で髪を整えながら思ったのだった。
******
「なぁ、浩史」
「ん?」
翌日のお昼休み、早速晴朗は昨日の疑問を友人の浩史に投げかけた。
なお和泉は午前中は講義がなくてまだ大学に来ておらず、明彦と拓海はバイトで自主休講している。
「俺って、可愛いか?」
「うん」
なんの脈絡もない突発的な疑問にも、浩史は表情一つ変えず素直に頷いた。
「どのくらい?」
「んー……、普通に付き合える」
「まじか」
「あくまで俺基準だけどね」
まるでちょっと面倒くさそうな恋人のような質問の仕方だったものの、それでも浩史は淡々と自分の意見を述べてくれた。
「そうか……」
「どうしたん? いきなり? 好きぴでもできた?」
「そういうわけじゃないんだが……、常に顔が良い男のそばにいると、感覚が麻痺ってくるというか……」
「あぁ、あの、絵に描いたようなイケメンの……。まぁ……、あの人と並ぶと、確かにハルは……あー……」
浩史と保憲は数回軽く顔を合わせた程度だが、それでも『顔が良い』という印象を強く残すほど、保憲の容姿は整っていることが感じられた。そんな彼の顔を思い浮かべた後、改めて晴朗の顔面を見つめてみると、浩史は途端に歯切れが悪くなってしまった。
「なんだよ」
「その……王子様を守るSPみたいな……」
「金魚のフンってことか」
「そうとは言ってねぇだろ。その、アレだ。持ってる武器がちげぇっつう話よ」
「武器?」
例えを曲解した晴朗を宥めるように、浩史は自分が伝えたいことを改めて、慎重に言葉を選んでから口にした。
「そう、例えるなら……、賀茂? さんだっけ? あの人は立ってるだけで華がある王子様系。対してお前は……」
「俺は?」
「可憐な花には毒がある、小悪魔系だ」
「小悪魔……系……?」
聞き慣れない単語に、晴朗はポカンとしてしまった。
「……って、つまりどういうことだ?」
「要は、あざとくいい感じでおねだりすれば相手は大体落ちる」
「おぉ!!」
ようやく合点が行った晴朗は、途端に興味津々に目を輝かせた。
「どんな感じでおねだりすればいい!?」
「そりゃあもう、上目遣い一択だろ」
「こうか!?」
言われるがまま、晴朗は見上げるように浩史を見つめた。
「……なんか狙ってる感があって微妙だな。もっとこう、自然に……____」
そのまま二人は、どうやったら相手を一撃で落とせるか、という話題で大いに盛り上がった。
スマホで『相手を必ず落とす! あざとく盛れる角度』で調べてみたり、実際に写真を撮ってみて写りを確認したり、挙句はそれぞれが持っているメイクポーチを開いて、目元を可愛く盛れるというアイメイクを晴朗に施したりと。彼らは午後の講義もそっちのけになるほどにテンションが上がっていた。
「……____お〜、いい感じじゃね。それで目元をうるっとさせれば完璧じゃん」
そう言いながら、浩史は仕上げとばかりに目薬を取り出した。晴朗は受け取った目薬を微量両目に垂らすと、あっという間に泣き顔へと変貌した。
「……どうだ!」
そして浩史のレクチャー通りにポーズを取ると、浩史は笑いながらスマホを取り出して写真に納めた。
写真を二人で見直すと、画面に映っていたのは、まるでか弱い小動物のように瞳をうるうるとさせ上目遣いで画面を見つめている。おそらく何も知らない人物が見れば、『ついつい守ってあげたくなっちゃうような可愛い男の子』といった印象を持つであろう写真が出来上がっていた。
想像以上の出来の良さに、晴朗は大口を開けて豪快に笑い飛ばし、浩史も机をバシバシと叩いて肩を振るわせた。
「いいじゃん。ゴリゴリに加工して和泉たちにも送ってやろ」
ひとしきり笑い転げた浩史は、笑いすぎて目尻にたまった涙を拭いながら、その写真を更に加工してからいつものメンバーである明彦、和泉、拓海に当てて画像を送信した。
「はー笑った笑った……笑いすぎて腹いたい……」
「ちょ……」
「どうした?」
同じようにやっと笑いが収まった晴朗もお腹を抑えながら、写真を撮る上で写りがよくなるように施したアイメイクが崩れていないかスマホのインカメラで確認していると、浩史が再び笑いを堪えながら画面を晴朗に見せてきた。
そこには明彦から《草》といった返信や、和泉の《晴朗くん可愛いね 笑》といった返信がある中、拓海が更に加工した写真を送り返してきたのである。
まるで少女漫画に出てきそうなくらいに目が大きく加工され、すでに晴朗の原型はとどめていない。そんな拓海の無駄な加工技術に二人は、再び笑いの渦に巻き込まれるのだった。
******
その後、浩史と別れた晴朗はいつものように忠行の研究室へと向かった。たが道中何度も自らの加工された写真を思い出しては、顔をニンマリと歪ませていた。
「よっ、晴朗。お疲れ」
研究室に入ると、保憲がいつもの爽やかで自然な笑顔で出迎えてくれた。
「……」
「? どうした?」
晴朗は10人中9人が『顔が良い』と答えるであろう保憲の顔をじっと見つめた。
「やっぱり……」
「なんだよ……あんまり人の顔をまじまじと見るな」
じいっと見つめ続けていると、保憲は少しばかり煩わしそうに顔を背けてしまった。
「顔が良いのは遺伝か……」
「なんの話だ」
顔立ちや輪郭をよくよく観察してみると、父忠行の面影が色濃く残っているのがよくわかった。そんな忠行は女学生からも人気があり、平安当時はまだ無かった遺伝という言葉を強く認識させた。
「でも昔は顔面より家柄と教養重視だったからな」
「だから何の話してんだって」
じっと人の顔をジロジロと見つめていたかと思うと、一人で話を進めている晴朗に、保憲は不満げな表情を浮かべている。だが晴朗は保憲の疑問に答えないどころか、
「それに当時の基準でいえば俺の方がイケメンだった!」
「お前喧嘩売ってんのか?」
と、あまりにも失礼なことを言い始めた。
これには流石の保憲も苛立ちの表情を見せた。
「当時、大舎人に入るための基準として『容姿端麗』があったからな! それを通過できたってことは、俺は現実でもイケメンだったってことだ!」
※諸説ある。
晴朗は胸を張りながら「野村○斎やユ○スケ・サンタ○リアにも負けてねぇぞ!」と謎に対抗意識を見せている。
「……それをいうなら陰陽寮も『顔面審査」あったぞ」
「は? 嘘だろ」
そんな中、一人沸々と怒りの感情を湧き上がらせていた保憲が、静かに反論をし始めた。
「お前は転職組だから知らんだろうが……『陰陽師に相応しい容貌』として、首が長く、眉尻がストレートであれば尚良し!! そして俺もお前も当時は並行眉だ!!」
「なん……だって……!」
※諸説ある。
保憲はゆらりと立ち上がると、説教をするように声を荒げながらビシリと晴朗の眉間を指差した。すると晴朗は衝撃的な表情になると同時に自らの眉を手で覆った。
その後も、晴朗と保憲は、どちらがよりイケメンだったかというくだらない論争で無駄に白熱した。
「二人とも、外まで声が響いているよ。何して……」
すると今日の講義を終えた忠行が、呆れた様子で研究室へと入ってきた。
「忠行様!」
「父上!」
二人は忠行が入ってくるなりものすごい勢いで詰め寄り
「どっちがよりイケメンでしたか!!?」
「えぇ……?」
忠行を盛大に困らせたのだった。
くっだらないことにもベストを尽くす。心はいつまでもクソガキな野郎ども。
それにしても新年一発目がこんなんで良いのか。あまりにも中身が無さすぎる




