祝福と呪詛は表裏一体
「あ、あの……」
その時、保憲が控えめに声を上げた。
「わ、私も……」
自分も過去世の記憶があると告白し、晴朗を助けようとした。
一助になるかは分からないが、先ほど話した娘の記憶のように、2人が共有している記憶を話せば少なくとも晴朗だけが矢面に立たされることはなくなると考えたからである。
だが晴朗は、そんな彼の主張を遮るように「でしたら」と話を切り出してきた。
「『今昔物語集』の中に、安倍晴明とその師匠賀茂忠行様が、百鬼夜行に遭遇するという話があります? ご存知ですか?」
配信者たちは「それなら……」といった具合に、軽く頷いた。
「百鬼夜行……つまり常人には視えないモノを見る力なら、引き継いでいますよ」
「幽霊が見えるってことっスか」
晴朗に告白に対し、最初に興味を示したのは遅瀬だった。
「はい、あと他にも……、呪物が本当に呪物であるかそうでないか。の判別もできますよ」
「マジっスか?じゃあ、僕の『コレ』も?」
食い気味に喋りながら遅瀬が取り出したのは、あの『呪われた櫛』だった。
「はい。それは正真正銘の呪物ですね。かなり強い負の念が込められています」
「僕、コレ持ってて大丈夫ですかね?」
「普通はアウトです。ですが……遅瀬さんはなぜか持っていても問題ないみたいです」
晴朗の抽象的な表現にたぬたぬが「なぜか……というと?」と疑問を持った。
「なんというか……ちょっと形容し難いのですが……非常に強い力を持ったナニカが遅瀬さんを守っている……そんな気がします」
「は? 何それ? どういう……」
曖昧な言い方に、呪呪原が不満そうな文句を漏らすと、それを遮るように遅瀬が「お、すごい!」となぜか嬉しそうな声を上げた。
「何がですか?」
「いや実はね。以前別の霊能者に会った時も同じこと言われたんですよ。『遅瀬さんの周囲に、強い力を持ったナニカがまとわりついてて、それが守ってくれている』って……」
「すごいねぇ〜きみぃ〜」と晴朗を評価し始めている遅瀬に対して、いまだ認められない呪呪原は、「え……動画で公開したのを観た、とかじゃ……」と、反論するも、「いえ、動画にはしてないっス」と遅瀬に一蹴されてしまった。
「なので、遅瀬さんに関しては。呪物を持っていても特にさわりはないかと思います」
晴朗はニコニコ微笑みながらそう言うと、遅瀬は「いいねぇ〜お墨付きもらっちゃった〜」とカラカラ笑っていた。
「遅瀬さんに関しては……?」
そんな中、不穏な言葉を聞いた呪呪原の顔色が、明らかに悪くなっているのが分かった。
「呪呪原さんですが……まずは、あなたが持参されていた木製の人形。あれば呪物ではありません」
「は? そ、それの根拠は?」
晴朗の全てを見通してくるような瞳に押され、呪呪原は少しだけたじろいだ。
「あなたは先ほど、『平安の陰陽師が実際に使っていた』とおっしゃいましたね」
「そうよ。だって視聴者さんから譲ってもらった後、ちゃんとネットで調べたもの」
「平安時代に陰陽師が使っていたことに間違いはありません、誤りなのはそのあと、あの人形は本来、相手を呪うためではなく、受けた呪いを相殺するために使用していた形代です」
「え、嘘……?」
「本当ですよ。おそらくその視聴者は、川の近くでそれを見つけたのではありませんか?」
「!」
どこにも流していない情報を突きつけられ、呪呪原は完全に口を閉ざしてしまった。
ある日呪呪原のもとに届いたメッセージ。送り主は、公にしていない私的な関係を持った人物からだった。
その人物はよく、心霊スポットに出かけてはその場に投棄されていた『呪物っぽい物』を拾っては、ネタとして呪呪原に提供してくれていた。今回もらった人形もその中の一つだった。
近畿地方のとある山中にあるという、有名な廃村。そこに肝試しへ出かけた時、川の下流で見つけたのだという。
ネットで詳細を調べてみると、『陰陽師が使っていたものらしい』といった結果が出てきたから、それにちょっとだけ怖いと思える情報を追加した。
最初はバレるか、と危惧していたものの、多くの視聴者たちが持つ『陰陽師は呪術師』といったイメージのおかげか、バレることは無かった。
「……かつて、陰陽師は貴族が受けた呪いを人形に移し、川に流して呪いを相殺する禊を行なっていました。これを『解除』というのですが……」
「……」
それをこんなにもあっさりと『自認、安倍晴明』が暴いてしまったのである。
「ちなみに、アカリちゃんでしたっけ? その人形にはしっかり人の念……というか、魂がガッツリ入っています」
「え、そっ、そんな」
呪呪原は思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
あの人形は偶然目についた骨董品屋で偶然手にした人形であり、店員も「なんの曰くもないただの人形」だと言っていたのである。そして見た目がかなり呪物っぽかったから、という軽い理由で購入し、適当に曰くをつけたもの。
「本当です。名前も『アカリ』ではなくて『ナホコ』というそうです。今後はそう呼んであげてください。あとりんごジュースが好きみたいなので、定期的にお供えしてあげてください。喜ぶと思いますよ」
一番安全だと思っていた人形が、実は本物だったと言う事実を目の当たりにし、呪呪原は顔を真っ青にしてしまった。
「……呪物とやらを集めるのは大いに結構です。ですがそれらは全て、人の手によって作られています。ましてやまだ、機械が普及していない古代のものは、一つ一つに人の想いや念が込められた、唯一無二の物でもある。祝福と呪詛は表裏一体、扱い方を誤れば、そのしっぺ返しは所有者へと向きます。櫛で他者を呪った、愚かな民間陰陽師のようにね」
晴朗はにっこりと爽やかな笑顔を浮かべたまま、配信者たちを見回す。配信者たちが晴朗の見た目や年齢らしからぬ言葉の重みと、射抜いてくるような視線に、呆気に取られていた。
「……なんてね。どうでしょう、そろそろ信じて……って、ん?」
配信者たちが閉口している中、晴朗が、ある異変に気付いた。
「あのインチ……月読さんはどちらへ?」
月読が、忽然と姿を消していたのである。
「あのオッサンなら、さっきコソコソと出て行ったっすよ」
遅瀬はその場を見ていたのか、しれっと答えた。
何も言わずに出て行った月読に対し、晴朗は怒りで額に青筋を浮かべ、
「あんのインチキクソ野郎……逃げやがったな……!」
と悪態をついた。
この場で何も言わず、逃げるように退散して行ったところを見ると、自らの部が悪くなってしまったからなのか。はたまた別の理由か。それは誰にも分からない。
だが分かることは、つい数時間前まで、嬉々として月読を紹介していたたぬたぬの表情が、真っ青になっていたことである。
「それにしてもキミぃ、面白いねぇ」
そんな中、遅瀬は相変わらず飄々とした様子で、晴朗に話しかけた。
「ありがとうございます。恐縮です」
晴朗は鬼の形相から、スッといつもの営業スマイルへと切り替えた。
「ハルアキくんだっけ?」
「はい」
「君、今度僕の動画に出てくれへん?」
「へっ?」
遅瀬の突拍子もない提案に、晴朗も予想だにしていなかったのか、間の抜けたような声が出ていた。
「君になぁ、僕の自宅にある呪物たちの鑑定をお願いしたいんだわぁ」
「え、いや、でも、顔出しとかは……」
「そんなんせんでええ! あれや、天の声みたいな感じで喋ってくれればええから! せやなぁ……動画のタイトルは、『呪物鑑定士現る!!』なんておもろいかもなぁ! で、どや!? 受けてくれるか!?」
「え〜っと……い、いったん持ち帰って検討しますね」
「それ断るやつやん!! とにかく連絡先だけでも教えてや! あとメッセージアプリは? やってる? 今君みたいな人間を逃したらあかんと、僕の勘が言うとるんや! この通りや! 頼む〜!」
「は、はぁ……」
怒涛の早口で迫られ、普段は会話で平静を崩すことはほとんどない晴朗が、たじたじになっている。智尋も「すげぇ……あの晴朗が押されてる……」と少し引き気味に呟いた。
「お前は……、____……」
収拾がつかなくなっている中で、保憲が晴朗に向けて放った言葉は、店内の喧騒にかき消された。




