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翌朝目が覚めると、辺りはまだ暗かった。
ひどい雨音と時々轟く雷の音。相当な豪雨だ。
天気予報は晴れだったはず、と思って起き上がってから、千代子は自分がどこにいるのか思い出した。
「おやおや、一体今は何時かしら」
そう一人ごちても、時計は見当たらない。
湯桶はいつの間にか片付けられていたので、寝たあと誰か入ってきたのだろう。
千代子は少し嫌な気分になったが、何故かここならば仕方がないかと思えた。
ベッドから出るもののハナコは起きるそぶりがない。
装飾の素晴らしい扉をそっと押し開けると、すぐに侍女がかけつけた。
「おはようございます、カンベチヨコ様。良くお休みになられましたか?」
「おはようございます。お陰様でぐっすり眠れましたよ。
ところで、私は名字がカンベ、名前がチヨコなの。だからチヨちゃんって呼んでね。」
「そんな恐れ多い! 聖女様を友達のように扱う訳には参りません。カンベ様でよろしいでしょうか?」
「そんなに大層な人間じゃないからもっと気軽に接してくれるといいんだけど……仕方ないわね、それでいいですよ」
「かしこまりましたカンベ様。
今、お着替えを手伝います」
「え、いいのよ、着替えは一人で出きるから、服だけ頂けないかしら?」
「いえ、お一人は難しいかと……まずはご一緒指せてください」
やれやれ、と千代子は思ったが、侍女の言うとおり一人では着られなかった。
かなり簡素なドレスだったとは言え、背中が全てボタンだったからだ。
「ぐっ……! リボンはしめないでもらっていいかしら、お腹がキツくて……」
どうにか腰のくびれを作ろうとする侍女(アンナという名前らしい)にそう声をかける。
背中のボタンを自分で留めることは無理だったので、アンナに手伝ってもらえたことには感謝した。
老人になると手を後ろに回すことも痛くて出来ないのだ。
「次は一人で着られる服だと嬉しいわ」
ため息をつきながらそう言ったものの、ドレスは素晴らしかった。
幼い頃読んだ童話の挿絵のお姫様の様だ。
明るく優しい緑のドレスだったので似合うのか半信半疑だったが、派手な装飾もなく白い髪に緑が映えて意外と様になっていた。
千代子は鏡を見ながらふふっと笑ってしまった。
ハナコが足元に来て匂いを嗅いできた。
「どうよハナコ、似合う?」
「ワンワンッ」
ハナコは似合ってるよ、と言わんばかりにしっぽを振った。
「では朝食にご案内いたします」
千代子と侍女は広い廊下を歩いて食堂へと向かった。
廊下の両壁には人物画が等間隔にかけられている。
「歴代の国王様の肖像画でございます」
知り合いに似ている顔もあり面白い。
あとでゆっくり見せてもらおう。
部屋に入ると国王夫妻とネルソンがいた。
「おはようございますカンベチヨコ様。夕べはゆっくり眠れましたかな?」
「おはようございます国王様(名前なんだっけ、確かアがついたような……)。
お陰様で気持ち良く眠れました。素敵な部屋をありがとうございます。
ところで私の名前ですけど、カンベが名字、チヨコが名前なので、お気軽にチヨちゃんと呼んでくださいね」
「チヨちゃん」
国王がそう繰り返すと、エリザベス王妃がテーブルの下で国王の体をつねっているのが分かった。
「ほんとにお気になさらずお気軽に。みんなにチヨちゃんと呼ばれているんです、同居のひ孫にも」
「ひまごさんがいらっしゃるのですか! それは安心ですな」
「ひ孫と言っても弟夫婦のですけどね。弟の孫家族と同居してるんです。私は結婚しなかったもんですから」
「そうでしたか。いや、親戚であっても家族が多いのは良いことです」
朝食にはパンとハム、サラダ、フルーツが用意されていた。ハナコには何か骨付き肉が渡されている。
「今日は雨がすごいですね」
壁が分厚いのか、雷の音はそう大きくは聞こえない。
とはいえ、薄暗い部屋に時折稲光が閃いている。
「いやはや、もう1ヶ月もこの有り様でして」
「1ヶ月も?!」
千代子は驚いて思わず大きな声を出してしまった。
ネルソンが説明をする。
「このような激しい雷雨が大体3ヶ月ほど続いたあと、今度は日照りが3ヶ月続くというのが3年前から繰り返されておりまして」
「それじゃ、畑や田んぼが困りますね」
「田んぼというのは分からないのですが、畑はそうですね、もう、ほとんどダメです。
各地域の一部に結界を張ってこの天気から作物を守っていますが、国民全員が十分食べられるほど収穫が上げられるわけではありません」
「そうでしたか……こんな貴重な……。
ありがたく頂きます」
千代子はしばらく出された食事に手を合わせ頭を下げた。
食事、特にフルーツは何だか懐かしい味がした。子ども時代を何となく思い出すのだ。分厚いレースのカーテンの向こうにその思い出があるようで、詳しくは思い出せないが……何だか暖かく楽しい思い出だ。
「ふう、ご馳走さまでした」
「おや、もうよろしいのですか?」
「えぇ、年を取るとそんなに沢山は食べられなくなるんですよ」
千代子は笑いながら言った。とはいえ、おかわりをしているのだが。
「さて、私のことをせいじょとか呼んでましたが、要はこの状況を私にどうにかして欲しいということですね」
「ええそうなんですっ!」
国王が身を乗りだし気味に言う。
「しかし祈祷方法の一部がまだ良く分からないところがありまして……」
ネルソンがそう言いかけると、千代子は言った。
「皆さんの言っているせいじょというのは、おそらく日本では巫女と呼ばれる仕事のことだと思います。
そして私は、天地神社の巫女です」
その場の全員がハッと息を飲んだ。
「そうは言ってももうこんな年ですから、巫女の仕事は今はほとんどしていません。祈祷の舞を奉納したのは今から15年前が最後になります。しかし昔とった杵柄、晴れ乞いの舞を踊ってみましょう」
「なんとそれはありがたい!」
国王は涙を流さんばかりである。
「ですが、ご祈祷の舞はあくまで神様にお願いするだけのもの。必ず晴れたり雨が振ったり、こちらの思いどおりになるわけではありません。そこのところは良いですか?」
国王が小さく落胆のため息をもらしたので、王妃がすかさず肘鉄を喰らわせた。
「もとより藁にもすがる思いのため、まずはその舞をお願いいたしたく思います。もしダメだったとしても、300年前の聖女様の記録が残っているので手がかりがあるかもしれません。そちらも今調べております」
ネルソンが国王の代わりに答えた。
「分かりました。では用意してもらうものを後で伝えますね」
準備に時間がかかるため、晴れ乞いは一週間後に執り行われることになった。




