12
ドレスなのも忘れて千代子は音の方へ駆け寄ろうとし、つまづきかけてしまった。
アンナがさっと体を支えなかったら転んでいたであろう。
「あー危なかった、アンちゃんありがとうね」
「いえ」
音は楽器室の隣の部屋から聞こえるようだった。
神楽笛ではないが、フルートの様な音で神楽を吹いている。
千代子はそちらへ向かってゆっくりと歩いた。
深呼吸をし、ドアをそっと開けると、そこにいたのは白髪の老人であった。
老人は千代子達が入ってきたのを見て笛を吹くのをやめた。
「誰だお前達は」
「ハディントン陛下、失礼いたしました。
聖女様を案内しているところだったのです、陛下がいらっしゃるとは思わずご無礼をお許しください」
アンナが千代子の前に出てすかさずひれ伏した。
「聖女だと。召喚に成功したとは聞いたが、ばあさんではないか」
「まあ、こっちだって好きで呼ばれたわけじゃないですよ」
千代子が少しムッとして言い返すと、老人はフンッとそっぽを向いた。
何あれ、感じ悪いわね……。
「チヨコ様、こちらは前国王陛下、ハディントン様でございます」
「はじめましてハディントンさん、聖女として呼ばれたばあさん、チヨコでございます」
千代子はわざと少し乱暴に挨拶した。
自分が老人なのは重々承知しているが、あんな言われようはない。
「チヨコ……? 」
ハディントンは一瞬いぶかしげな顔をした。
「楽にして良いぞ。ここへは何をしに来た?」
「失礼ながら、雨を止める為の舞をチヨコ様が舞われるため、その際に使う楽器を探しに参りました」
「晴れ乞いか。今吹いていたのは晴れ乞い舞の曲だぞ」
「やっぱり!」
千代子は思ったより大きな声が出てしまい、慌てて口を抑えた。
「他にもありますよね?」
「もちろんある。この曲が分かるということは、お前は本物の聖女らしいな。
というかーーこれは我が国の横笛だが、300年前の聖女様が使った楽器が一そろい、残っているぞ」
「え、見せて下さい!」
「もちろんいいが、鍵が必要だ。ついでにネルソンも呼ぼう。鍵は儂が取ってくるから、お前達はネルソンを呼んでこい、ついでに300年前の建国史も持ってくるようにな、附記の方だ」
「かしこまりました」
アンナが代わりに応え、千代子を促して部屋を出た。
楽器室の奥からハナコが飛び出てくる。
「あら、なんか面白いものでもあったかい?」
千代子はそう言ってハナコを撫でて楽器室を出た。
「ハディントン様はその……少し変わっていらっしゃいまして。ご不快な思いをさせたら申し訳ありません」
「いいのよ、おじいさんなんて大体皆偏屈で頑固でどうしようもないでしょ。あの人はまだ話が通じそうだったわ」
千代子は笑って言った。
一番近いホールに出ると、アンナは千代子を備え付けのベンチに座らせて壁際にある筒のようなものを取った。
「昔の電話みたいね」
と千代子が呟くと、まさに電話だったようでアンナは筒に向かって何かを話した。
電話を切ってからアンナは千代子のところへ戻ってきて、あと10分くらいでネルソンが来ると伝えた。
「アンちゃんも座ったら?」
「いえ……」
「遠慮しないで、別に私はあなたの上司ってわけじゃないんだから」
「……では、失礼します」
アンナがふわりと千代子の隣に腰かけると、ハナコがアンナの膝に前足をかけた。
「抱っこしてもらいたいみたい。良かったら抱っこしてあげて?」
「承知しました」
アンナはおそるおそるハナコを抱き上げる。
暖かくて柔らかくてフワフワで……アンナは一瞬にして幸せな気分になった。
「かわいい〜〜〜」
思わず声に出てしまう。
「そうでしょう? かわいいのよハナコは。良かったわね、ハナコ」
フンフンッと言いながらハナコはアンナの顔をペロペロなめた。
「あははくすぐったい、本当にかわいいわね」
アンナはハナコに舐められても嫌がることなくハナコをよしよしと撫でてやった。




