第51話「イルミネーションデート」
次の日。
午後4時。
君野は、郊外のレジャー施設の最寄り駅に立っていた。
黒のタートルネックにカーキ色のダウンジャケット。首にはマフラーを巻いている。
冬休みということもあり、駅からはカップルや家族連れが次々と降りてきた。
「堀田くん、まだかなぁ……」
寒さに足踏みしながら、スマートフォンを覗く。
君野は昔から、自分の居場所や時間をこまめに連絡する癖があった。
けれど堀田は、催促しなければ返事が来ないことも多い。
「むう……もどかしい……」
「君野!!」
「堀田くん!!」
声を聞いた瞬間、不満は吹き飛んだ。
堀田は人混みを抜けながら、申し訳なさそうに頭をかく。
「悪かった。人多すぎて、似たような待ち合わせ場所ばっかでさ」
「ううん!無事に会えてよかった!」
君野は嬉しそうにはにかんだ。
チャコールグレーのチェスターコートにマフラー。
普段より少し大人びて見える。
「どうした?」
「堀田くん、かっこいいね」
「そ、そうか?」
堀田の頬が緩む。
「まあ……お前とのデートだからな」
「うふふ!行こ!」
2人は並んで歩き出した。
レジャー施設では、冬季限定のイルミネーションとプロジェクションマッピングが開催されていた。
「こういう所も、たまにはいいだろ?」
「うん。僕、こういうの好きかも」
君野が少しだけ照れたように続ける。
「……堀田くんと2人なら」
「……っ」
耳まで熱くなった。
遠くに色とりどりの光が見え始める。
「混んでるな……」
ゲート前は人であふれていた。
堀田は人波に流されないよう、君野の肩を抱き寄せる。
「俺から離れるなよ」
「う、うん」
君野がこちらをじっと見ている。
「……なんだよ」
「別に」
「俺の顔に鼻くそでも付いてる?」
「違うよ!」
君野が吹き出した。
台無しだ。
でも。
その笑顔を見られたなら、それでいい気もした。
ゲートを抜ける。
「わあ……きれい……」
目の前に、光の世界が広がっていた。
無数の灯りが花畑のように揺れ。
その上を淡い霧が流れている。
足元までほのかに光り、まるで夜空の中を歩いているようだった。
「すごい……おとぎ話みたい!」
「ほんとだな」
周囲には、寄り添って歩く恋人たち。
「……カップル多いな」
「うん……ちょっと恥ずかしいね」
2人で照れ笑いする。
――今しかない。
「寒くないか?」
「え?」
「手」
堀田は右手を差し出した。
「冷たそうだから」
君野は少し驚いたあと。
そっと、その手を重ねる。
「……あったかい」
冷たい指先を包む。
「なんか、不思議」
「何が?」
「こうやって歩くの」
「……そうだな」
手を繋いだまま歩く。
そして堀田は。
内心で頭を抱えていた。
――俺、何やってんだ。
ブリキのおもちゃみたいに身体が固い。
全部。
今日の目的のせいだ。
――今日こそ。
キスしたい。
兄弟キーホルダーの件も乗り越えた。
もう。
兄弟という言葉へ逃げたくない。
「綺麗……」
君野が巨大なガラスのオブジェを見上げる。
でも。
堀田には、ゆっくり眺める余裕がなかった。
周囲では。
恋人たちが、ごく自然にキスしている。
「……」
見るたびに。
こっちまで気まずくなる。
――無理だ!!
恥ずかしすぎる!!
園内を1周したあと。
2人は屋外のキッチンカーへ向かった。
「なんか食うか?」
「うん!お腹減った!」
たこ焼き。
ホットドッグ。
フライドポテト。
ホットコーヒー。
それぞれ買い込み、屋外のイートインスペースへ腰を下ろす。
白い息を吐きながら、肩を寄せて食べる。
君野は砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを両手で包み、数口飲んだ。
「堀田くん」
「ん?」
「フーフーして」
「あ?」
「僕、熱いの苦手」
「コーヒー汁か?」
「うん」
甘えるようにカップを差し出してくる。
――今なら。
少し顔を近づければ。
「堀田くん、唇タコみたい」
「……」
「どうしたの?」
「なんでもねえ」
キス作戦その1。
終了。
君野は何事もなかったようにポテトをつまむ。
その中に。
1本だけ、やけに長いものがあった。
――これだ。
以前。
ふざけていて、事故みたいにキスした時。
あれと同じ。
堀田は長いポテトを口へくわえた。
――キス作戦その2。
魚でも誘うように、左右へ揺らす。
「……何してるの?」
「……」
「やっぱり口内炎?」
違う。
気づけ!
首を横へ振る。
さらに揺らす。
「あっ」
君野が顔を近づけた。
――来た!
ぱくっ。
「……」
途中から。
ポテトだけ食われた。
「ん?」
「……なんでもない」
残った部分を口へ放り込む。
失敗。
「堀田くん、残りのポテト食べていいよ。僕もうお腹いっぱい」
そう言いながら。
君野は普通にホットドッグへ手を伸ばした。
「……」
ていうか。
俺。
何やってんだ。
こんな方法でキスしたって意味ないだろ。
したいなら。
ちゃんと言えばいい。
俺たちは。
もう、そういう関係なんじゃないのか。
「はぁ……」
「どうしたの?」
「なんでもねえよ」
たった1つのことが。
どうしてこんなに難しい。
「ねえ、堀田くん」
「ん?」
「あそこ」
君野が指をさす。
「『恋人の聖地』だって。行ってみない?」
「お、おう!」
――来た!!
堀田は残っていたポテトを一気に口へ詰め込んだ。
今度こそ。
ちゃんと自分の意思で。
途中。
緊張をごまかすように口を開く。
「そういやさ」
「ん?」
「前に話しただろ。さくらんぼの茎を舌で結べたら、キスが上手いって」
「うん」
「あのあと俺もやってみたんだけど、全然できなくてさー……」
「……」
もちろん。
嘘だ。
ただ。
何か喋っていないと死にそうだった。
君野がきょとんと見上げてくる。
――待て。
俺。
今、かなり気持ち悪くないか。
いや。
相当気持ち悪い。
「あー!それね!」
「え?」
君野は嬉しそうに笑った。
「あのあと、お母さんの実家からさくらんぼ届いたから、僕も練習したよ」
「なに!!?」
「えへへ」
君野が照れくさそうに笑う。
「キス上手になろうと思って」
「……っ」
心臓が跳ねた。
「そ、それ」
「ん?」
「誰のために?」
「誰?」
君野は首を傾げた。
「うーん……そこまで考えてなかった」
「……」
無邪気に笑う。
――こいつ。
本当に。
なんでこんなに人を振り回すんだ。
やがて。
目的地が見えた。
ハート型の光に囲まれた、恋人向けのフォトスポット。
前のカップルがベンチへ座る。
シャッターが切られる直前。
ごく自然に。
唇を重ねた。
「ここで写真撮ると」
君野が看板を読む。
「そのカップルは、ずっと一緒にいられるんだって!」
「へ、へえ……」
君野が。
堀田の手をぎゅっと握る。
「……っ」
――ここだ。
もう。
ここしかない。
「ねえ、堀田くん」
「ん?」
「みんなキスしてるよ」
「……そうだな」
心臓がうるさい。
逃げるな。
今日。
このために来たんだ。
「では、次のお客様どうぞ」
係員に呼ばれた。
2人は。
眩しい光に包まれた。
ハート型のベンチへ腰を下ろした。




