↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
42/55

第42話「すれ違い、かけ違い」



 次の日。


 君野きみのは、堀田ほったの言いつけを破り、綾目あやめへ会うため病院へ向かっていた。


『いいか。もうその女とは2度と会うな』


 昨日の言葉が、胸へ重く残っている。


 それでも。


 見舞いに行くと約束した時、あんなに喜んでくれた綾目を放っておけなかった。


 堀田には、まだ返事もできていない。


「……」


 太ももの上で、スマートフォンが震えた。


「あ、堀田くん……!」


 心臓が跳ねる。


 病院へ向かっていることが、バレたのだろうか。


 恐る恐る開く。


『面会できるようになったら病室へ来いよ!』


「……よかった。怒ってなかった」


 ほっと息を吐く。


『早く会いたい』


 そう打ちかけた時。


 もう1通届いた。


『わりぃ、まちがえた』


「……間違えた?」


 何を?


 僕は、来ちゃいけないってこと?


 胸がまた曇る。


 すぐに追い打ちが届いた。


桜谷さくらたにと間違えたんだよʅ(◞‿◟)ʃ』


「桜谷さん……」


 知らない名前。


 でも昨日、自分が何度も連絡していた女の子。


 堀田くんも、仲がいいんだ。


「……」


 君野は画面を閉じた。


 返事をする気にはなれなかった。


「どうしたの?君野くん。元気ないね」


 病室へ入るなり、綾目に見抜かれた。


「あ、うん……」


「堀田くんと何かあった?」


「え?なんで分かるの?」


「君野くんをそんな顔にする人なんて、堀田くんくらいでしょう?」


「……」


 君野は少し迷ってから尋ねた。


「桜谷さんって、どんな人か知ってる?」


「ふふ」


「なに?」


「今、るりちゃんと堀田くんに何かあるんじゃないかって疑ってる?」


「……」


 図星だった。


 君野が俯く。


 綾目の口元が、ほんの一瞬だけ歪んだ。


「酷いね。君野くんがこんなに心配してるのに」


「でも……本当にそうなのかな」


「るりちゃんは、小学生の頃に君野くんの隣の席だった子よ」


「僕の?」


「そう。この病院にも長くいたから、私はよく知ってる」


「精神科に?」


「うん。可愛い子よ」


 綾目はわざと間を置いた。


「堀田くんが好きになっても、不思議じゃないくらい」


「……」


 その言葉が胸へ沈む。


「さっきね」


 君野は小さく呟いた。


「堀田くんから『面会に来て』って届いたんだ」


「うん」


「でも、桜谷さんと間違えたって……」


「あらら」


「僕は、もう来るなってことなのかな……」


「だったら、るりちゃん本人に聞いたら?」


「連絡しても返事がないんだ」


「じゃあ」


 綾目は少しだけ顔を寄せた。


「るりちゃんが、何か言ったのかもね」


「……え?」


 君野が息を呑む。


 綾目は笑いそうになる口元を抑えた。


 本当に。


 少し言葉を置くだけで、自分から続きを考えてくれる。


「君野くん」


「……なに?」


「私でよければ、いつでも話を聞いてあげる」


「……ありがとう」


 その声を聞くと。


 また、不思議な感覚がした。


 初めて会ったはずなのに。


 どこか懐かしい。


 昔、この人を知っていたような。


「……どうしたの?」


「ううん」


 君野は黒いリュックを開いた。


「漫画、持ってきたんだ」


「わあ!」


 中には、単行本がぎっしり詰まっていた。


「そんなに?重かったでしょう?」


「大丈夫。女の子が好きか分からないけど……」


 少年漫画を10冊取り出す。


「こういうの読む?」


「君野くんのこと知りたいから、何でも読むよ」


「僕を?」


「うん。ありがとう」


 君野は照れくさそうに頬をかいた。


 綾目は1冊、ぱらぱらとめくる。


「ギャグ漫画好きなんだ」


「うん。それ、ずっと集めてる」


 数冊持ち上げた時。


 カタン。


 何かが床へ落ちた。


「……はさみ?」


「あっ」


「何で漫画にはさみ挟まってるの?」


「病院へ来る前に読んでて……しおり代わりに」


「しおり代わり?」


「うん」


 綾目は吹き出した。


「あははは!」


「なんで笑うの?」


「だって、はさみを挟んで持ってくる人、初めて見た!」


「便利だよ?」


「何が?」


「お菓子の袋を切ったあと、そのまま持ち手で袋を挟めるから」


「……」


「一石二鳥でしょ?」


「あはははは!」


 綾目はテーブルを叩いて笑った。


「みんな、やってないの?」


「やってないよ!」


 漫画には、ポテトチップスの欠片まで挟まっている。


 本の角も少しよれていた。


 思った以上に大雑把。


 なのに。


 そんなところまで、妙に面白い。


 話せば話すほど。


 もっと知りたくなる。


 やがて、30分の面会時間が終わった。


 君野は床へ落ちたはさみをリュックへ戻す。


「じゃあ、またね」


「待って、君野くん」


「ん?」


「私のことは、路地裏の占い師くらいに思っていいから」


「占い師?」


「うん。無料で何でも聞いてあげる」


 綾目は甘く笑った。


「その代わり、ここで話したことは2人だけの秘密」


「2人だけ?」


「君野くんは特別だから」


「……うん。ありがとう」


「いつでも待ってるね」


 2人は、姿が見えなくなるまで手を振った。


 漫画がなくなった分だけ、リュックは軽い。


 胸まで少し軽くなったような気がした。


 君野は弾むような足取りで帰っていく。


 その姿が消えると。


 綾目の笑顔も消えた。


「……もう少し」


 あと少しで。


 君野の心へ入り込める場所が見つかる。


 綾目は借りた漫画を手に、上機嫌でベッドへ寝転がった。


 午後2時。


 1階のコンビニへ下りていた堀田は、甘いパンと緑茶を持ってレジへ向かっていた。


 その時。


 自動ドアの向こうに、見覚えのある黒いリュックが見えた。


「君野!?」


 病院を出ていくところだった。


「おい!」


 追いかけようとする。


 だが、手にはまだ会計前の商品。


「くそっ……!」


 一瞬迷った間に、君野は見えなくなった。


 会計を済ませて病室へ戻ると、堀田はすぐメッセージを送った。


『君野。お前、綾目に会ってないだろうな?』


 5分ほどして。


『会ってないよ。堀田くんの面会ができるか聞きに行っただけ』


「……嘘くせえ」


 でも。


 君野なら、本当にそんな理由で病院へ来そうでもある。


 堀田は少し迷い、もう1通送った。


『なら、誰に聞いた?』


「……えっと」


 帰りの電車。


 君野の指が止まった。


 今さら、本当のことを言えない。


『ごめん。女の人だったとしか覚えてない。みんな同じ格好してたから……』


 送信。


 胸が痛んだ。


 しばらくして。


『分かった。俺はお前を信じる』


「……」


 その一言が、重い。


 嘘をついた自分に。


 そして。


 桜谷という知らない女の子に、面会を頼もうとしている堀田に。


 いろんな感情が絡まっていく。


「駄目だ……こんなこと考えちゃ」


 聞きたい。


 でも、怖い。


 会いたいだけなのに。


 どうして、こんなにすれ違うんだろう。


 その時。


 綾目の言葉が浮かんだ。


『私のことは、路地裏の占い師くらいに思っていいから』


「……」


 堀田くんには言えないことでも。


 綾目ちゃんなら、聞いてくれるかもしれない。


 君野は迷った末。


 おどけたスタンプだけを送った。


 次の日。


 君野はまた、病院へ向かっていた。


 今日は午後2時から、綾目との面会を予約している。


 30分しか会えない。


 だからこそ。


 また行きたいと思ってしまう。


「……よし」


 精神科病棟のゲートへ向かう。


 その時。


「君野!!!」


「!?」


 振り返った。


 反対側のエレベーターから。


 堀田が、恐ろしい顔で歩いてくる。


「あ……あう……」


 逃げ場がない。


 堀田は一直線に近づき、君野の前で止まった。


「お前、何で俺の言うこと聞けないんだよ!」


「……」


「昨日、嘘までついて綾目に会ったのか!」


 君野は俯いた。


 何も言えない。


「帰れ」


「……」


「今すぐ帰れ!」


 堀田の声が病棟へ響いた。


「俺の面会にも来なくていい!もうこの病院には来るな!」


「……ひどい!」


 君野が顔を上げた。


「僕だって不安なんだよ!」


「何が!」


「堀田くんが信じられない!」


「は!?俺が何したんだよ!」


「女の子と会いたいんでしょ!?だったら、そう言えばいいじゃない!」


「何言ってんだ!」


 堀田は思わず声を荒らげた。


「綾目に変なこと吹き込まれて、頭かき回されてるだけだろ!」


「違う!」


「何が違う!」


「綾目ちゃんは……」


 君野は唇を噛んだ。


「僕の大事な相談相手だもん」


「……は?」


 そのまま、精神科病棟へ入ろうとする。


「待て!」


 堀田は追いかけ、君野の腕を掴んだ。


「帰るぞ!」


「やだ!」


「……っ」


 堀田の手が止まった。


 君野に、ここまで強く拒絶されたことはない。


「離して!」


 腕を振り払おうとする。


「君野、頼むから――」


「どうしました?」


 騒ぎを聞きつけ、看護師たちが駆け寄ってきた。


 君野は咄嗟に叫んだ。


「堀田くんを病室に戻してください!」


「おい、君野!!!」


 入院患者である堀田を見て、看護師たちがすぐに制止へ入る。


「違う!俺はこいつを――」


「堀田さん、落ち着いてください」


「離してくれ!君野!」


 退院前で、まだ体力は戻りきっていない。


 数人に止められれば、振りほどけなかった。


「君野!待て!」


 精神科病棟の奥へ。


 君野が歩いていく。


「戻ってこい!」


 手を伸ばす。


 届かない。


 なぜだ。


 どうして。


 昨日まで。


 あんなに俺に会いたがっていたのに。


「君野!!」


 その背中は。


 一度も振り返らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。