第81話 普段の鬱憤
「ところでユカリは大丈夫なのか?」
サキがふと横に横たわる美女を見つめて呟くと、すかさず隣のクティラから鋭いツッコミが飛んだ。
「あ、サキっち、様付けてない」
「はは、今は気がついてないから大丈夫だよ」
クティラの指摘をケラケラと笑いながら受け流すサキに、今度はルクレツィアが真面目な顔で嗜める。
「お姉様、それでも礼儀はしっかりとしないといけませんわ」
「礼儀も何も毎日イジメられてるからさ。助けてもらったのは本当に感謝してるけど、それとこれとは別だよね。……へへ、今のうちなら頭を小突いてやりたいくらいだよ。ははは!」
ベッドの上で不敵に笑うサキだったが、後ろから抱きついていたアザレアの目が途端に据わった。
「あんた!そんな事言ってると、ユカリ様が起きた時に私から全部伝えておくからね!」
「アザレア様、ごめんなさい!それだけは……それだけは勘弁してください……!」
瞬時に平謝りするサキの変わり身の早さに、アザレアは呆れたように息を吐く。
「もう、それなら最初から言わないでよね」
「まあ、サキちゃんも普段から、彼女に厳しく接せられているから、不満が溜まっているんだね」
苦笑いするナイアルに、サキは我が意を得たりとばかりに深く頷いた。
「ナイアル!お前は本当によく分かってるよ!私の一番の理解者はお前かもしれないな!」
「クティラは……?」
触手を不安そうに揺らすクティラを見て、サキは慌てて付け足す。
「ああ、もちろんクティラも一番だよ!」
「サキっち、クティラ、嬉しい!」
そんな微笑ましいやり取りの最中、アザレアが真剣な表情で腕を組み、サキを睨んだ。
「しかし、あんた。一体どこでそんな呪いを受けたのよ?」
「この呪いって遅効性なんだよな?受けてから、どれくらい時間がかかるものなの?」
サキの疑問に、脈を見ていたナイアルが顎に手を当てて応じる。
「う〜ん、一概には言えないけれど、体内で術式が編まれるまで大体2、3時間から半日くらいかかるものが多いかな?」
「呪いを受けた時には、何かしら身体に変化とかはあるのかい?」
ルクレツィアの問いに、ナイアルはさらに言葉を続けた。
「これは体内に直接埋め込むタイプの呪いだからね。食べ物に混ぜるか、あるいは注射みたいに直接刺すような形か……」
「注射?」
その言葉に、サキの脳裏に「今日の午前中」の記憶が鮮烈に蘇った。
「そういえば……救療院で子供たちに囲まれた時に、太ももの裏がチクッとした気がする……!」
「他には心当たりはないの?」
アザレアの確認に、サキは記憶を辿る。
「う〜ん、昼ご飯に変な味はしなかったし、ルルカ焼きはまさに食べてた最中だったから……やっぱり、あの救療院の時のチクッとしたやつしか考えられない!」
「ちょっと!!だったらこれからすぐに救療院にいる子供を調べないと!」
アザレアが声を荒らげると、部屋の隅に控えていたエルダが鋭く頷いた。
「分かりました、私が今から調べてきます!」
エルダは風のように部屋を飛び出していった。それを見送ったクティラの瞳が、怒りでジワリと赤く染まる。
「サキっちを死なせようとした相手……クティラ、子供でも容赦しない。触手ちゃんの餌にする」
「ク、クティラ、待って!子供だったら、誰かに騙されてやっただけかもしれないし……!」
「でもダメ!絶対許さない!」
子供が触手に無慈悲に飲み込まれるおぞましい光景を想像し、サキは全力で首を振った。
「クティラ!流石にそれはやめてあげて!それ、私の方が一生のトラウマになるから!」
「……サキっちが言うなら、我慢する」
「うん、それでお願い。でも、誰に命令されたかをきっちり調べないとだね」
サキがホッと胸を撫で下ろした、その時だった。
「あ、あなたたち……か、勝手に動かないの……っ。私が、ちゃんと指示をするから……」
かすれてはいるが、あまりにも聞き馴染みのある冷徹な声が響いた。
サキの横で、よろよろと上体を起こしたユカリが、青白い顔のまま全員を睨みつけていた。
「ユ、ユカリ様!さっきは私を助けていただいて、本当にありがとうございました!」
「さっきは呼び捨てだったのに」
「アザレア!しっ!!」
アザレアに対して口の前で人差し指を立ててから、サキは慌ててベッドの上で居住まいを正し、頭を下げた。しかし、ユカリはふんと鼻を鳴らす。
「そ、そんなの当たり前でしょ? 見習いとはいえ、魔女が一人でも減る事は、セラーノ王国にとっての大きな損害になるのよ。例え……それがあなたの様に、大して使えない魔女だったとしてもね」
(く、こいつ……!起きたら早速これ見よがしに憎まれ口を……!ずっと寝ててくれた方が静かで良かったのに!)
心の中で毒突くサキだったが、ユカリの鋭い視線がピシャリとサキを射抜いた。
「サキ」
と、凍るほどに冷たい視線がサキを射抜く。
「ひゃいっ!」
「あなたは、助けてくれた、人の恩というものを……」
「すっ、すみません!すみません!!」
サキは即座に両手を合わせて謝罪する。ユカリは冷淡にフッと笑みを浮かべた。
「反省したならいいのよ。これからはもっと、殊勝な心構えで修行に励むことね」
「ぐっ……!」
「あら?何か私に不満でもあるのかしら?」
「いえいえ!ユカリ様に不満なんて、滅相もございません……!」
「そう。それじゃあ、これからはもっと訓練を厳しくしても大丈夫ね。まだまだこんな呪いを受けるようじゃ、役に立たないわ」
「そ、それは……っ」
「私に不満がないんでしょう? じゃあ、これまでも、これからも何の問題もないという事よね」
有無を言わせぬ絶対的な威圧感と、厳しい視線。
サキは完全に蛇に睨まれた蛙状態になり、それ以上言い返す言葉を失った。
「は、はい……」
「そうよね、分かればいいのよ」
(くっ……このドS魔女め……!)
サキが内心で悔しさを必死に押し殺していた、まさにその時。
救護室の扉が、凄まじい音を立てて再び跳ね上がった。
「サキ……あ、ユカリ様、お目覚めですか!救療院で話を聞いてまいりました!」
息を激しく切らせたエルダが、血相を変えて部屋へと飛び込んできたのだった。
変わり身の早いサキ。
まあ、いつもユカリからキツい目に遭わされているので、たまにはお許しください。




