第72話 束の間の遠足、見えないチクチク
負傷を綺麗に治したサキは、クティラ、ルクレツィア、エルダとともに、ユカリが手配してくれた重厚な黒塗りの馬車へと乗り込んだ。
四人が座席へと落ち着くと、それを合図にするかのように、パカパカと軽快な蹄の音を響かせて御者のいない魔導馬車が動き出した。
窓の外には、魔女都市ルルイエの活気に満ちた、どこか退廃的で美しい街並みが広がっている。石造りの家々の合間を縫うようにして、様々な種族や魔女たちが行き交う賑やかな喧騒が流れていた。
サキはその光景に、思わず目を輝かせる。
「ねえ、帰りは馬車じゃなくて、歩いて帰りたいんだけど。お店を色々と覗いてみたいな。まだこの世界の街をちゃんと歩き回ったことって、ほとんどないから」
サキの無邪気な提案に、三人は顔を見合わせた。
「そうですね。ユカリ様に伺ってみます」
四人の中で最も魔女としての経験が長く、生真面目なエルダが答えた。
彼女はスッと目を閉じると、自身のマナを極薄の糸のように伸ばし、はるか後方にいるユカリへと念話を繋げた。
しばらくの沈黙の後、エルダはゆっくりとまぶたを持ち上げ、少しだけ口元を和らげた。
「ユカリ様の許可を得ました。帰り道は徒歩での帰還を認めるとのことです。ただし、不測の事態に備え、私が『エルダー・シグナ』の簡易防壁でみなさんを包んで歩くこと、という条件付きですが」
「本当!?ありがとう、エルダさん!買い物もしてみたいな。実は前に、ほんの少しだけユカリ様からお小遣い……というか、必要経費として現金をいただいてたんだ。まだ全然使ってないから、何か街で記念になるものでも買いたくて」
サキが嬉しそうに懐の小銭入れを叩くと、隣に座るクティラが青髪を弾ませ、スカートから小さな触手をふよふよと伸ばして、サキの肩にそっと乗せた。
「サキっち、何か美味しいもの、後で一緒に食べよう。クティラ、甘いものが食べたい」
「あはは、いいね。一緒に美味しいお菓子屋さんを探そうか」
サキが微笑むと、正面の座席に座っていたルクレツィアが、どこか落ち着かない様子で膝の上のドレスを握り締めた。
「私も、自分の足でこうして街中を歩くのは初めてでございますので、とても楽しみですわ」
「えっ、ルクレツィアも、街を歩いたことがないの?」
サキが不思議そうに尋ねると、ルクレツィアは少し照れくさそうにツインテールの髪を揺らし、上品な笑みを浮かべた。
「そうですわね。わたくしは移動の際はいつも、お屋敷から直接、家の馬車に乗せられておりましたから。こうして庶民の方々が歩く大通りを散策するだなんて、本当に夢のようですわ」
「そっか、ルクレツィアは貴族だもんな……。本物のお嬢様なんだな」
「そんな事はございませんわ。両親が厳しかったからですわ」
「やっぱり箱入り娘なんだな」
「箱?わたくしは箱には入っておりませんが……?」
と、不思議そうに首を傾げるルクレツィア。
「ああ、いやいや。前にいた世界の言葉だから……箱に入れられて、外部との接触が出来ないくらい、大切に育てられたお嬢様、って意味だよ」
「そうでございましたの。箱に入れられるほど、守られるという事ですのね」
「まあ、そうだね。でも帰りは楽しみだな。あの恐ろしい、ドS魔女もいないし。はぁ〜本当に気が楽だよ」
さすがにここまで距離が離れると、思考を読み取られることもないので、サキは気兼ねなく考えを巡らせる事が出来た。
「お姉様は、本当にユカリ様が苦手でいらっしゃいますね」
と、苦笑するルクレツィア。
「ま、まあ、あれだけの仕打ちを受ければね……はは。あ、でもルクレツィア。これは絶対に内緒にしてね」
「もちろんでございますわ。ご心配なく」
「クティラも、言わない」
「二人ともありがとう」
サキは以前の世界とあまり変わらない、異世界のお嬢様事情に妙に納得しつつも、この四人での小さな「遠足」のような帰路への期待に胸を膨らませた。
******
やがて馬車は、白壁の厳かな建物――ルルイエ中央救療院へと到着した。
下車した四人は、それぞれの扱える癒し魔法の適性と強さに応じて、それぞれの病棟へと向かい、魔法治療を開始した。
先週から毎日のようにこの救療院に通い詰めていたサキは、すっかり病棟の人気者になっていた。中に入った瞬間、サキの姿を見つけた子供たちが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「あ、サキちゃん!」
「サキお姉ちゃん、今日も来てくれたの!?」
「みんな、こんばんは!うん、今日もみんなを元気にするために来たよ!」
サキは膝をついて子供たちの頭を優しく撫でながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
(あ〜……。癒しの魔法でみんなの怪我や病気を治しに来ているはずなのに、私の方こそみんなの笑顔に癒されてるよ……。人のためにもなるし、これならあの冷血ドS魔女からの毎日のストレスも、少しは軽くなるよね)
サキは子供たちを連れ、廊下を歩きながら、ふと自分自身の身体に触れた。
(まあ、今日はほんの少しだけ、私の焦げた身体を、優しく治してくれたのは意外だったけど。ユカリ様も、これまで私に冷たくしすぎたことに、ほんのちょっぴり罪悪感でも芽生えたのかな?ああ見えて、実は案外、ツンデレなところもあるし……)
と、心の中でユカリを調子よく分析してニヤニヤしていた、まさにその時だった。
「あ、痛ててっ!?!?」
突如として、サキの太ももの裏側に、ごく細い針でぷすりと刺されたようなチクッとした痛みが走った。サキは思わずその場に飛び上がり、周囲を見回す。
(え?まさかユカリ様に思考を読み取られたわけじゃないよね?子供たちのイタズラだよね?)
「もう〜!こら、イタズラしないの!誰かな?誰がお姉ちゃんの足の方をチクチクしたのかな〜?」
まとわりついていた子供たちは、不思議そうに首を傾げた。
「ううん、誰も何もしてないよ?」
「そうだよ〜、お姉ちゃん急に跳び上がってどうしたの?」
「え……?誰も触ってない……?」
(気のせいかな……? 電撃の余韻が残ってただけか……?まさか本当にユカリ様?!も〜、勘弁してよ〜!)
サキは不思議に思いながらも、深く考えずに頭を振り、次の患者が待つ病室へと入っていった。
「もう!イタズラはダメだよ〜!怒るよ〜、ははは」
サキは子供たちを優しく諭しながら、ベッドの怪我人に向けて、体内の『魔女回路』を温かく駆動させ始めた。
全身のバイパスから吸い上げられたマナが、指先から柔らかな淡緑色の『ノーデンス』の光となって溢れ出し、患者の傷口を優しく、的確に包み込んでいく。
誰かの痛みを和らげ、笑顔を取り戻す。その尊い瞬間の喜びに満たされながら、サキはさらに深く、自分の進むべき「魔女」への道を見出していくのだった。
まさかユカリの魔の手が、離れた場所まで?!
サキにとって、久し振りのノンビリとした時間が過ぎていきます。




