第70話 万能の代償
「よく分かったわ、サキ。まだまだあなたには、自分の実力を知るためには、厳しい特訓が必要ね」
ユカリが額を押さえ、心底から呆れたように、しかし瞳の奥にギラリと恐ろしい光を宿して呟いた。
「ノーデンスの訓練で、ほんの少しあなたを見直した私が馬鹿だったわ。両方という言葉の重み、その身にしっかりと刻んであげるわ。これから、以前にも増して厳しく、数多くの魔法を教えてあげるからね」
(しまったぁぁぁ!!自らドツボにはまってしまったよ!クティラ、助けて――っ!)
サキは完全にパニックになりながら、救いを求めて横にいるクティラへと、視線を投げた。しかし、クティラは絶望するサキの表情を、ポジティブに勘違いしたのか、その大きな目を、キラキラと輝かせている。
「サキっち、やっぱり一味違う。クティラ、全力で応援する!」
クティラは可愛い両手と、さらに何本もの触手を、ふよふよと突き上げて力強いガッツポーズを取ってみせた。
そっちがダメならと、サキはもう一人、この訓練期間中に『魔女回路』の調整役として同席している、ルクレツィアの方へ視線を向ける。
訓練中の今は、サキの回路を完璧にコントロールする気満々で、頬を紅潮させ、熱い眼差しを注いでいた。
「流石サキお姉様!可愛い絵を描くだけでは収まらない、大いなるお方ですわ!私もクティラと同様に、全力で応援いたしますわ!」
「あ、二人とも……うん、ありがとう。頑張ります……」
味方は誰もいなかった。
むしろ、二人の純粋すぎる応援が、サキの退路を完全に断ってしまっていた。
しかも、訓練中に回路のオーバーヒートを理由にした言い訳すら、ルクレツィアの完璧な調整によって通用しそうにない。
「さあ、サキ。始めましょうか」
「ひっ!は、はい」
ユカリがドレスの袖を静かに捲り上げながら、一歩前に踏み出す。
その唇に浮かんだ妖艶な笑みは、サキの目には「これから思う存分サキをいじめることができる」という、邪悪な楽しみに満ち溢れているようにしか見えなかった。
(このドS魔女、自分に都合のいい解釈をして、リミッターを完全に外しちゃったよ。助けてー!優しくて尊いユリ女王様――っ!!)
「陛下に変なことは言わない様に。もちろん分かっているわよね」
「はい、うぅ……」
心の中で血を吐くような悲鳴をあげる、サキを置き去りにしたまま、訓練室に容赦のない漆黒のマナが膨れ上がっていく。
攻撃と防御、その両方を手に入れるための、これまでを遥かに凌駕する真の地獄の特訓が、今ここに幕を開けたのだった。
「じゃあ、サキ。まずは防御魔法を教えてあげるわ。そしてその魔法を完全に制御出来るようになりなさいね、心配しなくても、私からじゃなくて、防御魔法と言えば彼女だから、存分に教えてもらいなさいね」
ユカリはそう冷徹に告げると、通信魔法を発動し、エルダを呼び出した。
し ばらくして訓練室へと姿を現したエルダは、サキの前に立つといつも通りに背筋を正し、深く一礼した。
「ユカリ様、エルダーサイン、御召しにより参上いたしました。……サキさん、お久しぶりです」
「エ、エルダさん。お久しぶりです……」
「お久しぶり」と言いつつも、以前の過酷な魔法の照準の訓練を思い出し、これからも、同様になりそうな予感がして、サキの顔は引き攣る。
相変わらず真面目で固い雰囲気を崩さないエルダは、サキをまっすぐに見据えて本題に入った。
「ユカリ様よりお伺いいたしましたが、私の得意魔法である『エルダー・シグナ――旧神の障壁』を使えるようになりたいということですね。それでは、まずこの魔法も、他の魔法と同様に、重要なのはイメージです」
「イメージ、か……」
「ええ。自分の前に、強固な魔法防御の障壁を展開するイメージを持ってください。そしてそのイメージ通りの場所に、マナを薄く強く伸ばし展開するのです。そしてその時には、反射魔法で相手にどれだけ反撃を与えられるかも、同時に考えるのです。反射率を上げ、反撃の威力が強くなるほど、膨大な魔力量と極限の集中力を必要とします」
エルダの丁寧な解説を、サキは生唾を飲み込みながら頭に叩き込もうとする。
「まずは反射率等倍でいきましょう。防御魔法を張ってください」
「こ、こう……?」
サキが必死にマナを練り上げ、前方に意識を集中すると、彼女の前にぼんやりとした壁状の光のカーテンが立ち上った。
「ふむ、本来なら不可視の障壁となりますが、最初であれば、こんなものでしょうか」
エルダは冷静に評価を下すと、一切の躊躇なく、右手の指先をサキへと向けた。
「それでは、私から攻撃をします」
言うやいなや、エルダの指先から激しい稲妻がほとばしった。
サキの張った光のカーテンに雷撃が当たった――と思った次の瞬間、バリバリと鼓膜を破るような狂暴な音が響き渡り、カーテンを紙切れのように突き破った電撃が、サキの全身へと直撃した。
「ぎゃああああ――っ!?」
凄まじい衝撃。体中を激しい痺れと痛みが駆け巡り、サキは白目を剥きながら、冷たい床へと派手に倒れ込んだ。
「ああ!サキっち!」
「サキお姉様!!」
クティラとルクレツィアの悲鳴のような声が響く。
冷たい床にうつ伏せに倒れたサキは、全身の筋肉が電撃で硬直して、指一本動かすことができない。呼吸をするだけでも痛みが走る。
「サキさん、大丈夫ですか……?」
生真面目なエルダが心配そうに駆け寄ろうとするが、その手前でユカリの冷酷な言葉がサキの頭上に突き刺さった。
「サキ。言い忘れていたけれど、防御が中途半端だと、割れたガラスが肉体に突き刺さるように、相手の攻撃と、自分の未熟な防御魔法の破片が、全て自分に降りかかってくるのよ」
(そ、それを先に教えてくれよ……!絶対わざと教えなかっただろ、この冷血ドS魔女が……!!)
床に這いつくばったまま、サキは心の中で血の涙を流しながら叫んだ。
だが、その邪念は当然のように筒抜けだった。
ユカリは呆れたように小さく息を吐く。
「あら?攻撃も防御も両方扱おうとしているのだから、それくらいの知識は当然あるのかと思ってたわ」
(ぐ……この、クソユカ……ッ!)
「クソユカ?そのあとの言葉は何かしら。まだまだ電撃が足りないのかしらね?ちょうど良い具合に私からも、当ててあげましょうか?」
ユカリの瞳の奥の魔眼が、さらに冷たくギラリと光る。サキは命の危機を察知し、痺れる口を必死に動かして謝罪の言葉を捻り出した。
「ご、ごめんなさい……っ!ユカリ様……!」
「思考を読まれるのが分かっているのに、本当に馬鹿ね」
(読まれるのが分かってたって、感情があると、理不尽すぎてつい考えちまうんだよ!)
サキが心の中で必死に頭を抱えていると、ユカリはサキを見下ろしたまま、今後の訓練の恐ろしい方針を淡々と言い渡した。
「今日から、この訓練の繰り返しよ。……あ、それと。反射率を上げて反撃を強くする術式は、失敗したらその倍以上の威力が自分に大きくなって返ってくるから、くれぐれも気をつけなさいね」
「う、うへぇ……」
「まずは反射率を等倍にしておきなさい。……エルダ、続けなさい」
「はい、承知いたしました、ユカリ様。サキ様、エルダー・シグナのご準備を」
エルダが、サキに向け、再び指先に容赦のないマナを溜め始める。
「オールマイティー」という甘い言葉の代償はあまりにも大きく、サキは終わりの見えない電撃地獄の中で、何度もノーデンスの治癒の光を自分自身に当てる事になるのであった。
知らない事とはいえ、自ら茨の道を選択して歩み出したサキ。
訓練は厳しいですが、それだけに得るものも多いはずです。




