第69話 二兎を追う者
翌日、救療院での心地よい充実感を残したまま、サキは再び『蜘蛛の糸』の地下訓練室へと足を踏み入れた。
昨日のユカリの珍しい微笑みを思い出し、今日からは少しだけ優しい特訓になるかもしれない、などという淡い期待を抱いていたサキだったが、その幻想は訓練室の中央に立つユカリの真剣な眼差しによって一瞬で消し飛ばされた。
ユカリは腕を組み、サキをまっすぐに見据えて静かに問いかける。
「サキ。あなたは、攻撃、防御、どちらに特化した魔女になりたいのかしら?」
「どちらに……?」
唐突な選択の提示に、サキは腕を組んで考え込んだ。
元アニメ好き、アニオタとしての本能を言えば、やはり大火力のレーザーや爆発を巻き起こす派手な攻撃魔法にロマンを感じる。
しかしその一方で、エルダとの凄惨な模擬戦を経験した身としては、あらゆる攻撃を完全にシャットアウトするあの鉄壁の防御力もまた、異常なほどの魅力を放っていた。
(どっちも捨てがたいよな……。RPGでもスキルビルドって一番悩むところだし)
サキは上目遣いでユカリの様子を窺った。
「ん〜……どういう選択でもいいんですか?」
「もちろん。選ぶのはあなたの権利よ。あなたがどんな魔女になりたいのか、しっかりと考えなさいね」
ユカリの声音は、珍しくサキの自主性を尊重するような落ち着いたものだった。
これなら自分の理想を伝えても大丈夫だろう。そう確信したサキは、胸を張って満面の笑みで言い放った。
「分かりました!それでは私は、両方を完璧に扱えるオールマイティータイプで!」
――静寂。
訓練室の空気が、一瞬にして絶対零度へと凍りついた。
「サキ……」
低く、地を這うようなユカリの声。
(あれ?どうして?なんか尋常じゃない不穏な雰囲気が漂ってきたんだけど……!?)
サキの背筋にドッと冷や汗が吹き出す。
ユカリの紫の瞳から、あり得ないほどの密度の殺気が立ち上っていた。
「あなた、魔女を舐めているの?」
「え?ど、どうしてですか!?」
サキは思わず一歩後退りしながら声を裏返した。
主人公属性なら誰しもが憧れる「攻撃も防御も最強」という万能型を目指して何が悪いのか、サキには純粋に分からなかったのだ。
ユカリは一歩、また一歩とサキへとにじり寄りながら、その綺麗な顔を恐ろしく冷厳に歪めて吐き捨てる。
「簡単にそれを目指せるなら、誰でも目指しているわよ!己のマナの特性を限界まで尖らせてようやく一角の魔女になれるというのに、何がオールマイティーよ。そんな器用貧乏な戯言、ただの自殺志願者が言うことだわ!」
サキの脳内のお気楽なゲーム脳を、ユカリの冷徹な一喝が木っ端微塵に粉砕する。
「両方選ぶ」という選択が、この過酷なカルコサの世界においてどれほど傲慢で、どれほど生温い甘えであるのか。サキはまたしても、魔女の世界の高すぎる壁を思い知らされることになるのだった。
つい、失言をしてしまったサキ。
知らないこととはいえ、アニメと現実との違いにこれから愕然とすることになるのか……?




