第67話 太陽の姉、北風の妹
「サキ。呆けた顔をしたら首から上が無くなると言ったわね」
愕然としたままフリーズしているサキの鼓膜に、横から低く、地を這うようなユカリの囁き声が突き刺さった。
「ひっ!」
思わず横目で恐ろしい表情のユカリを視線の先に捉え、冷や汗が一気に吹き出す。
そんなサキの様子を見て取り、玉座の上の、ユリ女王陛下は、困ったように眉を下げてふわりと微笑んだ。
「サキ様。正直に言っていいのですよ。ユカリは厳しいのでしょう?」
「は、あ、はは……」
恐ろしくて、もう横のユカリを見ることすらできない。
サキは引き攣った笑みを浮かべながら、なんとか言葉を絞り出す。
「や、優しいところも、たま……には……あ、ありますかね……?」
気の利いたフォローのつもりだった。
だが、なぜか尋常ではない視線を感じる。な、なんか視線だけでリアルに身体が痛い。
(これ、もしかして睨むだけでダメージを与えるパッシブ魔法か何かなの……!?)
「昔から、ユカリは頑張り屋で、真面目なのだけれど、頭が硬くて、融通が利かないところが、わたくしも頭の痛いところなのよね〜。はあ」
と、あごに手をやり、ため息を漏らす、ユリ女王。
「あ、姉上……へ、陛下!」
身内としての本音を漏らした女王に、さすがのユカリも焦ったように声をあげた。
しかし、ユリ女王はそれを優しく手で制する。
「ユカリ。我が国にとってもお客人のサキ様ですから、優しく接しないといけませんよ」
「そ、それは、もちろんで、ございます」
(嘘だ〜っ!!)
ユカリが殊勝に頭を下げた瞬間、サキの心の中の突っ込みが炸裂した。
案の定、サキが視線を感じて横を見ると、ユカリはこれまで以上の鬼の形相でキッとこちらを睨みつけている。その表情は「後で覚えておきなさい」と雄弁に物語っていた。
「ひっ……!」
「サキ様、その様なユカリなのですが、どうか、これからもお付き合いをお願いいたします」
(ちょ、ちょっと待って!!これからも?!教育係の交代無しなの?!)と、血の涙を流しながら、心の中で叫んだが、出たのはこの言葉だった。
「は、はい…………」
自らの命を守るには、こう言うしかなかった。
「それと、これからは時々こちらに顔を出してくださいね。ユカリの近況や、サキ様へのご対応を聞きたいので」
「へ、陛下……!」
ユカリが複雑そうな顔をする中、サキは改めて玉座の上の女王と、横に控える冷血魔女を交互に見つめた。
確かに、ユカリにも独特の気品はある。
悔しいが、そこはさすが女王の実の妹、正真正銘の王族の血筋だ。
しかし、性格は驚くほどに正反対だった。
北風のように徹底的に冷たく、容赦のないユカリに対して、太陽のように温かく、ほんわかとした聖母のような雰囲気を纏う、ユリ女王。
顔の造形は瓜二つなのに、ほとんど笑ったところを見たことがない鉄仮面のユカリに対し、常に絶やさぬ温かい微笑みで周囲を包み込むユリ女王。
(ああ……なんで、逆じゃないんだろう……)
サキは天を仰ぎたくなった。
もし、自分の教育係がユリ女王だったなら、どれほど幸せな異世界生活を送れていただろうか。
だが、サキの脳裏に、ふとある恐ろしい仮定が浮かんだ。
(……待てよ?もし仮に、ユカリ女王だったら、この国はどうなっていたんだ?間違いなく、国民を徹底的に虐げる専制君主の、暗黒国家になっていたはずだ。つまり、国民全員が今の私みたいな目に遭っていたってこと?それって、完全なディストピアの、セラーノ帝国じゃないか?そうするとアニメとかなら、主人公が倒しに来る悪の帝国だよなよな……女王じゃなくて、魔王だよ)
ゴクリ、と生唾を飲み込む。
(そう考えると、私はユカリの暴走を一身に引き受けることで、セラーノ王国の罪なき国民たちの苦悩を背負っている……言わば陰の救世主なんじゃないか?)
――とでも思わないと、この理不尽な状況に、とても耐えられないサキだった。
「陛下、そろそろ……」
これ以上、自分の過去や裏の顔を暴露されてはたまらないと察したのか、ユカリが引き攣った笑みのまま話を切り上げようとした。
しかし、ユリ女王はすべてをお見通しとばかりに、妖艶に微笑む。
「ユカリ。話を切り上げようとするのは、わたくしからサキ様へ、あなたの昔話をして欲しくないからなのではないかしら?」
「うっ……!へ、陛下……」
あの無敵の冷酷魔女ユカリが、見たこともないほど苦しそうな表情を浮かべている。
(うへへへ〜!やっとこいつの弱みを握れたぞ!これから酷い対応をされたら、陛下に告げ口しちゃうぞー!って言ってやろうか。いい気味だよ!はあ〜スッキリする)
サキが内心で勝ち誇っていると、案の定、横から人を文字通り死に至らしめるレベルの凄まじい視線が突き刺さる。
だが、今のサキには女王陛下という、この国最大のバックが付いているのだ。
今までの理不尽な扱いを、改善してもらわないと!
(へへへ、私にはユリ陛下がついてるんだ。もうこんな冷血ドS魔女なんて、怖くないぞ!)
「サキ様、ユカリが何か?」
「あ、はい。実は……」
と、ユカリの悪行を言いかけたその時、サキの首の皮膚がピリピリと破けるような、鋭い激痛が走った。
「イタタタタタッ!?」
「どうかされましたか、サキ様?」
ユリ女王が、心配そうに玉座から覗き込む。
サキは必死に首を押さえながら、脂汗を流して首を振った。
(だめだ!これ以上言ったら本当にここで殺される!)
「あ、あはは、陛下!な、何でもございません!何も!」
「そうですか、身体の具合が悪いのかと、心配をいたしました」
(なんて優しくて尊い女王様なんだ……せめて妹にも、もう少し、そういう性格の欠片でも分け与えられていれば……)
「ぎゃっ!イタタタタッ!」
またしても脳内の毒づきがバレ、首筋に鋭い痛みが走る。
「本当に、本当に、大丈夫でございますか?サキ様」
「大丈夫でございます、陛下。おそらく、陛下のご威光に彼女の身体が悲鳴をあげているのですわ」
サキの代わりに答えたのは、なんとこれまで見たこともないような、営業スマイル全開の笑顔を浮かべたユカリだった。
(……笑うと、やっぱりこの姉妹、めちゃくちゃ似てくるな、それどころじゃないけど)
「ね!サキ?」と、笑顔のユカリ。 しかし目は笑っていない。
「あ、あああはい! 大丈夫でございます!」
(ひーっ!)
サキが涙目で同意すると、ユリ女王はホッとしたように胸をなでおろした。
「そうであるのでしたら、安心しました。何かと難しい妹ですが、よろしくお願いいたします」
一国の女王が、異世界人の魔女見習いに向かって綺麗に頭を下げる。
あまりに恐れ多くて、サキは慌てて手を振った。
「じ、女王陛下!そ、そんな、頭を上げてください!」
「いいえ。やっとユカリが気に入った……」
「陛下!」
ユリ女王の言葉を遮るように、ユカリが声を張る。
「わたくしは、サキと我が国を守れるように、訓練に励みます」
「ええ、それなら安心です。でも本当に優しく接しなさいね」
「ええ、もちろんでございます」
(くっ!なんで、国のトップに平気な顔で嘘をつけるんだ)
「いたっ!イタタタタッ!」
「サキ様、本当に……」
「だ。大丈夫ですっ!陛下!」
二人のやり取りを横で見ていたクティラが、ここで嬉しそうに触手をパタパタと動かした。
「女王様〜、サキちゃん頑張ってるの。毎日練習で怪我しても、ノーデンス使えるようになったから、ちゃんと、修復出来てますよ〜」
「怪我……?」
ユリ女王の美しい瞳が、わずかに細められる。
「へ、陛下!そ、そろそろ、お時間が……!」
ヤバいと思ったユカリが、強引に謁見を締めくくろうと頭を下げる。
ユリ女王はすべてを察した上で、クスリと優しく微笑んだ。
「ええ、分かりました。それではサキ様、ユカリをよろしくお願いいたしますね。……ユカリ、くれぐれも、サキ様には『優しく』ね?」
「は、はい……」
ユカリの返事は、心なしか小さかった。
(ああ、やっぱりこの女王様は、妹のドSな性格も、私の怪我のことも、全部、分かってて釘を刺してくれたんだな……。冷血ドS妹とは違って、本当の女神様……イタタタタタッ!!)
三度目の激痛に襲われながらも、サキは必死に笑顔を取り繕う。
「サキ様?お身体の具合、大丈夫でございますか?」
「だ、大丈夫です……大丈夫、で、ございます……!」
「そうですか。でも本当に、時々遊びに来てくださいね。今度はユカリのいない時に。ふふ、そうですね、それではこういたしましょう。これは女王からの命令という事と、受け取ってもらって結構ですよ」と、微笑むユリ女王。
「あ、ありがたき幸せ……!」
謁見の間を退出し、城の廊下を歩いて馬車へと戻る途中、サキは完全に夢見心地だった。
「あ〜、優しくて、本当に素晴らしい女神様の様な女王様だったよ。クティラが好きになるのも分かるよ〜」
「うん!女王様、すごく優しくて、いい人。クティラ、女王様大好き!」
「今度また来るように、命令されちゃったよ〜、へへ。次いつ謁見しようかな〜?」
二人で手を繋ぎ、初めての王城の楽しかった思い出を語り合いながら歩いていると、突如として、サキの背後から禍々しくも漆黒の、ドス黒いオーラが立ち上った。
「ひっ!!」
「サキ。今日はボロが出なかったのは良かったけれど……これからも、余計な事を言わないようにしなさい。分かったわね」
冷徹極まりないユカリの声が、サキのうなじを凍らせる。
太陽に優しい姉と、北極の風の様な妹。
いつか、この二人の過去話も掘り下げてみたいと思っています。




