第65話 車窓の喧騒、鉄壁の城塞
ユカリから手渡された上質な礼服を受け取り、サキは一度自分の部屋へと戻って着替えを済ませた。
鏡に映る自分の姿は、理不尽にTS美少女にされたとはいえ、すっかりこの世界に馴染みつつある洗練された佇まいを見せている。サキは鏡の前でポーズをとる。
「見慣れたとはいえ、私って本当に美少女だよな〜、こんな子が以前の世界にいたら、一目惚れしちゃってたよ。これだけ綺麗だと絶対にアイドルにもなれるルックスだよね。でもこんな可愛い姿が、今の私なんだよな〜。しっかし、こんな可愛い子を、酷い目に合わせるなんて、本当に酷いよな。あのクソユカリ!」
ひと通り、悪態をついて部屋を出ると、そこにはいつの間にか、小さな仕立ての可愛らしい礼服に身を包んだクティラの姿があった。
「クティラ、サキっちの護衛だし、女王様大好きだから、一緒に行く」
ふよふよと何本かの触手を器用に礼服の袖から覗かせながら、クティラは無邪気に微笑む。
サキは思わず目元を緩めた。
「ははは、そうなんだ。じゃあ一緒に行こ」
「うん!」
小さなクティラとしっかりと手を繋ぎ、サキは娼館『蜘蛛の糸』のロビーへと降りていく。
そこには、すでに完璧な正装を済ませたユカリが佇んでいた。
普段のどこか退廃的な黒いタイトな衣装とは異なり、深紫の生地に金の刺繍が細かく施された、息を呑むほどに豪華なドレスを纏っている。
(この人、黙ってこういう服を着てると本当に超絶美人だから、めちゃくちゃ映えるんだよな……。接したら180度印象が変わるけどさ……)
サキが心の中でそんな感嘆の息を漏らした、次の瞬間だった。
「サキ、陛下に会う前に、この世界から消し去られたいのかしら?」
「す、すみません!ユカリ様。お、お綺麗です!す、すっごいお綺麗です!!今のは褒めたんですよ!」
鋭い殺気を放つ紫の魔眼に射抜かれ、サキは直立不動で裏返った声をあげた。
お世辞ではなく本心なのだが、ユカリにとってはサキの脳内妄想のすべてが不敬に値するらしい。
「ふん。じゃあ、この馬車に乗りなさい」
ユカリの促しに従い、サキとクティラは娼館の前に用意されていた豪奢な魔導馬車へと乗り込んだ。
やがて静かに馬車が走り出す。
サキにとっては、これがセラーノ王国の首都でもある、魔術都市ルルイエの街並みを、本格的に見る初めての機会だった。
車窓から外を覗き込むと、そこには息を呑むような光景が広がっていた。
中世ヨーロッパを思わせる、石造りの美しい街並み。
しかし、行き交う人々は、明らかに以前にいた世界とは、異なっていた。
「は〜、初めて街中に入ったけど、いかにも異世界の街って感じだよな〜!獣人や、他にもいろんな人種がいるし……あっ!ケモミミっ娘もいる!可愛い〜!」
多くの商店が軒を連ね、客と店主の間で騒々しく活気のあるやり取りが交わされている。
街全体が心地よい喧騒に包まれる中、サキは子供のように窓に張り付いて目を輝かせた。
「サキ、落ち着きなさい」
「ユカリ様、街に来るの初めてなんですよ!こんなの興奮しますよー!」
「もう、これだから異界の者は……」
「そんなの当たり前じゃないですか!ケモ耳っ娘もいるんですよ!」
呆れるユカリをよそに、馬車はルルイエの市街地を抜け、さらに中心部へと進んでいく。
やがて、馬車の速度が落ちた。
前方に現れたのは、街を囲むものとは比較にならないほど幅の広い堀と、そこに架かる巨大な鉄製の跳ね橋だった。
サキが窓から前方を大きく見上げると、そこには中世風の巨大な城の城壁が、天を突くように高くそびえ立っている。
その圧倒的な威容に、サキは言葉を失った。
「ここがセラーノ王国の首都ルルイエの中心、カシルダ城よ」
「はえ〜、でかい!」
圧倒されすぎて間抜けな声を漏らすサキの頭を、ユカリの右手の扇子が容赦なく叩く。
「間抜けな顔を晒さないの。陛下の前でそんな顔をしたら、首から上を落として捨てるから」
(この人、それだけで、本当にやりそうだからマジで怖いんだよな……)
サキがブルリと身震いすると、ユカリは、厳粛な表情で呟いた。
「当たり前よ。セラーノ王国女王陛下は絶対不可侵で、素晴らしいお方なんだから」
「はあ……この人がそこまで言う方なんだ……」
サキはただ、生唾を飲み込むことしかできなかった。
跳ね橋を渡り、一行を乗せた馬車は、重厚な城門をくぐり抜けて行った。
次回、女王との謁見です。
お楽しみに!!




