第64話 循環の檻
「――ノーデンス……ッ!」
特訓室の冷たい床の上で、サキは自分の指先から溢れ出る、淡い緑色のマナを見つめていた。その光が身体を包み込むと、じわじわと肉体の細胞が繋ぎ合わさり、激しい痛みが引いていく。
ユカリの課す『癒しの魔法』の特訓は、これまでの攻撃魔法とは全く異なる意味で苛烈を極めた。
術式を頭に叩き込まれた直後、ユカリの容赦ない模擬攻撃によって生傷を作られ、それをその場で自ら治癒させられるという、文字通りの実戦形式だったからだ。
しかも早く治癒をさせないと、ある程度の時間が経てば、攻撃が再開される。
治癒が間に合わない時もたびたびで、身体中に傷が広がっていった。
じんわりと焦げ付いた皮膚が、元の美肌に戻っていくのを感じながら、サキは思わず愚痴をこぼした。
「特訓で傷を作って、習いたての癒しの魔法で治してって……どんなマッチポンプなんだよ……」
ハァ……、と大きなため息をつくサキに対し、その治癒のプロセスを鋭い魔眼でチェックしていたユカリは、至極当然のように冷たく言い放つ。
「魔法を上手く循環して使えて、ちょうどいいじゃないの。それに治癒魔法は早くかけないと、次の攻撃に晒されるでしょ?敵は、そこまで待ってはくれないのよ」
「ただ、この訓練、こっちの精神的な消耗が半端ないんですけど……わざと傷をつけられるなんて……」
「口を動かす暇があるなら、マナの残滓を綺麗に消しなさい。サキ、傷が治ったら、着替えなさい。今日は後で女王陛下との謁見よ」
その言葉に、サキの背筋がぴんと伸びた。
ついに、このセラーノ王国を統べる最高権力者との対面が数時間後に迫っているのだ。
「そうだった!ついに女王様か……どんな人なんだろう?」
サキがぽつりと呟くと、横で大人しく待機していたクティラが、嬉しそうに何本もの触手をふよふよと動かしながら話しかけてきた。
「女王様、すごく優しくて綺麗な人。クティラの触手ちゃん可愛い、言ってくれた。クティラ、女王様大好き」
「へぇ、そうなんだ。優しくて綺麗なんだ……」
クティラの言葉に、サキの脳内では勝手に「慈愛に満ちて、おっとりとした、聖女のような絶世の美女」の姿が美化されて浮かび上がっていく。
これまでに会った魔女たちが、ユカリを筆頭に、トゲのある人物ばかりだっただけに、サキの期待は自然と膨んでしまう。
しかし、その甘い妄想は一瞬で打ち砕かれた。
「あなたの馬鹿な頭で、陛下を想像しないの。不敬よ!」
「うおっ!?」
ユカリの冷徹な声が、サキの脳髄に直接響き渡る。
(もう、すぐに、人の思考を読み取ろうとするなよ……)
反射的にそう感じたサキだったが、目の前のユカリの瞳がすっと細められたのを見て、魂の危機を察知した。
「ご、ごめんなさい!何でもないです!」
サキは全力で脳内の邪念を霧散させ、完全に無の境地を作り出す。
(危ない、危ない……バレたら本当にお仕置きだよ……!)
冷や汗が背中を伝う。 ユカリによる恐怖政治に縮み上がりながらも、サキは用意された豪奢な礼服へと着替えるために足を動かした。
まだ見ぬセラーノ王国女王、ユリ=カシルダ=セラーノ。
彼女が本当にクティラの言う通りの「優しくて綺麗な人物」なのか?
あるいはユカリをも超える恐怖の象徴なのか?
その答えを知る時は、すぐそこまで来ていた。
傷を作ってそれを癒す訓練。
実はこの訓練、非人道的ですが、実は理由があります(笑)




