第62話 ノーデンスの限界
「ねえ、サキっち」
重苦しい沈黙を破ったのは、クティラだった。
いつもは無邪気に触手を動かしている彼女が、今はどこか悲しげに吸盤を揺らし、サキの足元を見つめている。
「私も、ウル可愛い。でも、他の魔女達も私の友達だったり、するの」
「クティラ……」
「サキ姉様、わたくしの友人もこの度の戦いで、亡くなった方もいらっしゃいますの」
「ルクレツィアもそうなんだ……」
サキの胸に、冷水がかけられたような衝撃が走った。
ウルのことを大切に想っているのは自分だけではない。
そして、戦場で傷つき、今も苦しんでいる「ウルの仲間たち」を友人として想い、心を痛めている者たちが、この目の前にいるのだ。
ユカリはクティラの言葉に静かに頷き、サキを諭すように言葉を重ねた。
「ウルの火力を最大限発揮させるためには、例えばエルダの様に、防御に特化した魔女も必要。食料や、彼女達の服、杖、その他の兵站を担当している魔女もいる。そういうところは、異世界から来たあなたも分かるわよね」
ゲームの世界なら、主人公一人が強ければ世界を救えるかもしれない。だが、ここは現実だ。戦う者がいれば護る者がいて、それを支える無数の裏方がいる。
「だから、もう一度言うけれど、ウルには早く目覚めて欲しい。でも、私は全体を見ないといけない。それに、あなたも、もうこの国のために働ける魔女……見習いくらいにはなりつつあるの。だから、そのあなたも失いたくないの。国の損失という面でだけど」
(なんだよ、国に対しての貢献だけで、ユカリ様個人では何も思ってないのかよ!やっぱりドSの冷血魔女だ)
サキは思わず心の中で毒づいた。
せっかく少し感動しかけたのに、最後の最後で「国の損失」などと割り切った言い方をされるのが、どうにも面白くなかった。
すると、ユカリの美しい眉がぴくりと動き、呆れたような視線がサキに突き刺さる。
「サキ、思考が読まれているのは分かっているわね」
「あ、そうだった……すみません……」
慌てて両手で口を押さえるサキに、ユカリは小さくため息をついた。
「そういう愚かなあなたでも、この国には必要と言っているの。だからウルは時間が経てば回復する。でも、時間だけでは解決してくれない、魔女達もいるの」
ユカリの声音に、消せない陰りが混じる。
「ノーデンスでは、怪我は治してくれるけれど、失った手足までは戻らない」
「え……?そうなのか?」
サキは息を呑んだ。
(そうなんだ。ゲームやアニメとかだと魔法で手足も再生、自分の知り合いさえ助かればハッピーエンド、とか考えていた私が甘かったんだ……)
ファンタジー小説やゲームの知識に毒されていた自分を恥じた。
ウルは確かにマナを欠乏させて眠り続けているが、肉体そのものは傷ついていない。時間が経てば、薄いピンク色の髪を揺らして元気に笑う日が必ず来る。
だが、失われた手足は、どれだけ待っても二度と生えてはこないのだ。
本当の意味でこの世界の残酷さと、ユカリが背負う天秤の重さを理解したサキは、深く頭を下げた。
「ユカリ様、すみません」
「わかってくれればいいのよ」
悔しさと、己の未熟さへの恥ずかしさで声が震える。
「それでは私は、何をやれば……!?」
「サキ、あなたが、自分で今最良だと思われる選択は何かしら?」
ユカリの問いかけに、サキは迷うことなく、けれど今度はしっかりと地に足のついた覚悟を込めて、その言葉を口にした。
「訓練です……」
「そう、訓練であなたの力を伸ばし、マナの貯蔵量も増やすことがあなたの仕事なの。分かったわね」
「はい」
「そして、訓練の結果、あなたが役に立つ様になれば、ウルが一日でも早く目覚めさせる事ができるかも知れないし、彼女が守ろうとした魔女達の犠牲も減らす事ができるかも知れないのよ」
「はい」
「それに……あなたのマナの量は、他の魔女達と比べても遜色はなくなって来ているわ。しかもその成長は他の魔女達を凌駕してるのよ」と、なぜか恥ずかしそうに呟くユカリ。
(やっぱりこの人ドSのツンデレなんだ……)
「だから、そういう分類に入るほど、私は小さい魔女じゃないの」
「あ、はい。すみません……」
「さあ、明日の訓練も楽しみね、ふふ」
(やっぱり、この人絶対に、そういう分類だよー!!)
自らの内に宿る、歪で未知なる『魔女回路』。
これをもっと鍛え上げ、誰もが無視できないほど巨大なマナを蓄えることができれば、いつかウルも、そして他の魔女たちも、全員を救う力になるかもしれない。
サキの瞳に、これまでとは違う、静かで力強い決意の炎が宿っていた。
王国の現状を知って、次の行動を知ったサキ。
これまで以上に、覚悟が決まってきた様です。




