第60話 マナの使い道
「なあ、ユカリ様」
クティラと、ルクレツィアによる治癒魔法が身体に染み渡り、どうにか焦げ付いた皮膚と痛む肋骨が形を取り戻したところで、サキは這い上がるようにして声を絞り出した。
視力が戻ってきたとはいえ、まだ視界の端には、先ほどまで感覚だけで捉えていたマナの残光がチカチカと明滅している。
正面に立つユカリは、いつもと変わらぬ冷徹な、しかしどこかサキの成長を値踏みするような鋭い視線を向けていた。
「なに? サキ」
「ユカリ様くらいの魔女なら、私のマナの量も分かるんだろ?」
「もちろん分かるわよ」
尊大に、当然のことを問うなと言わんばかりにユカリは顎を引いた。
セラーノ王国でも最高峰に位置する彼女の魔眼からすれば、サキの肉体に歪に移植され、先ほどようやく駆動のコツを掴んだばかりの『魔女回路』がどれほどの熱量を持っているかなど、手に取るように透けて見えているはずだった。
サキはごくりと唾を飲み込み、痛む胸を片手で押さえながら、まっすぐにその紫の瞳を見据えた。
「じゃあ、今の私のマナの量がどれくらいなのか。ウルちゃんへ、マナを分け与えるためにはどれだけ足りないのか。教えて欲しいんだ」
その瞬間、室内の空気がわずかに凍りついた。隣にいたエルダの眉がかすかに跳ね、クティラとルクレツィアが息を呑む気配が伝わってくる。
ユカリは冷たい鼻笑いをひとつ漏らすと、蔑むような、それでいて諭すような声音で言葉を返した。
「あなた、エルダの魔法防御に一つ穴を開けられたくらいで、図に乗ってるのじゃないかしら?」
「……それはそうかも知れない。でも自分が今どの位置にいるのかを知りたいんだ」
引くつもりはなかった。あの娼館の地下で眠り続ける、薄いピンク色の髪をした可憐な少女の姿が、サキの脳裏に焼き付いて離れないのだ。
「例えば男たちへのマナの供給を控えて、マナを極限まで溜めて、ウルちゃんに分け与えるとか」
サキなりの必死の提案だった。自分が娼館で課されている役割を一時的にでも調整し、その分のマナをすべてウルのために回すことができれば、あるいは、という計算。
だが、ユカリの表情から完全に温度が消えた。
「あなた、本気で言っているのかしら?一歩間違うとあなたの身体が、消滅してしまうかも知れないのよ」
低く、地を這うようなユカリの声がサキの鼓膜を震わせる。
「そんなリスクを犯すなら、私も悔しいけれど、あともう数ヶ月待てば……」
「だから、あの子の時間を半年間無かった事にしたくないんだよ!」
ユカリの言葉を遮るように、サキは叫んでいた。
喉の奥がカッと熱くなる。異世界に落とされ、理不尽に身体を変えられ、蹂躙され、それでもなおサキの根底にある「誰かを想う優しさ」が、その叫びとなって溢れ出ていた。
「あの子だってむやみやたらにマナを欠乏させたんじゃないんだろ?聞いたけど、魔女たちがやられるのを見て、怒ってこう言う事になったんだろ?!そんな人のために頑張ったのに、それが半年の時間を失うって可哀想じゃないか?」
薄いピンク色の長い髪をシーツに散らし、ただ静かに呼吸を繰り返すだけのウル。仲間を護るために力を使い果たした彼女が、理不尽に半年もの時間を奪われるなど、サキの倫理観がどうしても許さなかった。
サキの悲痛な訴えを、ユカリは避けることなくその正面から受け止めていた。
ふっと、ユカリが視線をわずかに落とす。その瞳の奥にあるのは、冷酷さだけではない。この過酷なカルコサの世界で、数え切れないほどの部下や同胞の犠牲を見てきた者だけが持つ、重く濁った現実の色だった。
「もちろんそんなことは私も全て考えているわ」
ユカリの声は、先ほどよりも静かだった。怒りではなく、圧倒的な事実を告げるための静けさ。
「ただ……」
「ただ、なんだよ?」
サキは問いかけた。ユカリが濁した言葉の先にある、本当の壁が何なのかを突き止めるために。
ウルの事を心配するサキ。
しかし、彼女のマナの量は膨大で、まだ手に負えません。
ウルの復活はいつになるでしょうか?




