第58話 見えない標的
呆れ顔でサキへ告げるユカリ。
「だから、何を考えているのか、丸分かりだと言っているのよ。何度言ったら分かるのかしら、本当に馬鹿なサキね、もう一度お尻に撃ってあげようかしら?」
ユカリの周囲のマナが再び鋭く昂ぶる。考える暇すら与えてくれない。
(くそっ、じゃあ、今度はほんの少しだけ狙いをずらしてやる!ここだっ!)
放たれた一撃。
「ぎゃっ!!」
(何でだよ!?じゃあ今度は、眉間じゃなくて心臓を狙う!)
「ぎゃあああっ!!痛い痛い痛いーーっ!!」
何度も、何度も、自分の魔力の2倍の衝撃がサキの肉体を容赦なく破壊し、引き裂いていく。
(もうどうすりゃいいんだよ……!こんなの続けてたら本当に死んじゃうよ!!)
「命の心配をしなくても、本当に死ぬ直前になったら、助けてあげるわよ。安心してね」
「何だよそれ……っ!ただの地獄じゃないか……っっ!!もうやだよ……」
サキは涙と汗でぐしゃぐしゃになりながら、恐怖と絶望に震えた。
眉間も駄目、心臓も駄目、狙いを少しずらしても跳ね返ってくる。
エルダは最初から最後まで直立不動のままだ。
(そうだ……目だ!目はどんな人でも、動物でも、絶対に弱点のはずだ!あそこに吸い込まれれば、絶対に防壁ごと貫けるはずだ!)
半ば狂乱に近い状態に陥りながら、サキはエルダの右目へと照準を定めた。
「行けえええええーーっっ!!」
サキの指先から、今日一番の凶悪な雷撃が撃ち出された。
それが届くかという、まさにその瞬間、エルダの目の前で青白い星紋が、かつてないほど眩い光を放って炸裂した。
「ぎゃああああああああーーーっっっ!!!???」
訓練室全体に、サキのこれまでにない、引き裂くような絶叫が響き渡った。
凄まじい電撃が、サキの「顔面」を直撃したのだ。
「あ、あう、あ……っ! 目が、目があああーーっっ!!」
顔を覆い、サキは狂ったように石畳の上を転げ回った。
倍以上の威力となって跳ね返ってきた自身のケラエノ・ボルトが、サキの視神経を内側から完全に焼き焦がしていた。
視界が、真っ白な閃光に包まれたあと、急速に、果てのない絶対の暗闇へと沈み込んでいく。
「痛い、痛い、痛い……っ! み、見えない……何も見えないよ……っっ!!助けて!ユカリ様、もう……もう」
「エルダの目を狙ったのね、真っ直ぐに戻ってきたのね」
(説明はいいから、もう終わりって言ってくれよ!)
どれだけ目を見開こうとしても、光の一片すら入ってこない。
目が見えない。何も見えない。
自分がどこに立っているのか、敵がどこにいるのかすら分からない。
サキは床に両手をつき、鼻水と、涙と煤で汚れた顔を彷徨わせながら、無様に這い回ることしかできなかった。
(どうしたらいいんだよ……。見えないんじゃ、もうどうしようもないじゃないか……っ)
心が完全に折れ、深い闇の中でサキが絶望に沈みかけた、その瞬間だった。
(――っ!?)
サキの背筋に、ゾッとするような、強烈な「ピリピリとした不穏なマナの昂ぶり」が走った。
目が見えなくなったことで、周囲の『マナの気配』に対する五感が、異常なまでに鋭敏に研ぎ澄まされていた。
すぐ背後の空間で、ユカリが自分に向けて無慈悲な、お仕置きの魔法を放とうとしている。
その指先へと集まっていくマナの渦が、まるで闇の中に浮かぶ光源のように、サキの感覚にダイレクトに伝わってきた。
(来る――右後ろだっ!!)
サキは咄嗟に、なりふり構わず石畳の上を左側へと素早く転がった。
ドゴォォォンッ!!
「うわっ、あぶなっ……!」
転がる直前までサキがいた床が爆砕され、鋭い瓦礫がサキの身体を叩いた。
目が見えないにも関わらず、完璧にユカリの魔法を避けてみせたのだ。
激しい呼吸を繰り返しながら、サキは床に手をついたまま、頭の中に電撃が走るような、強烈な閃きを得た。
(待てよ……。私は今まで、自分の『目』でエルダの姿を見て、急所を狙って撃ち込んでいた……。でも、それじゃあ駄目なんだ)
目で見える「肉体の急所」と、防壁を構築している「マナの急所」は、必ずしも完全に一致しているわけではない。
マナは、魔法の元になる元素。体内に溜まったり、不十分な回路では循環が滞ったりする、目に見えないエネルギーの奔流だ。
それならば、防壁を展開しているエルダ自身もまた、マナによってその術式を維持しているはず。
(そうか、眼で見ちゃいけない……。自分の魔女回路の感覚で、『マナの動き』そのものを視たらいいんだ!)
サキは暗闇の中で深く息を吸い込み、周辺の空間全体へと全神経を集中させた。 すると、絶対の闇の中に、ぼんやりとした青白い輪郭が浮かび上がってきた。
エルダの輪郭がぼんやりと感じられる!そこに意識を集中するサキ。
すると輪郭の中でも特にマナが集まっている場所を感じられた。
(ここか……っ!?でも、ど真ん中なんかじゃない。マナが集中している場所……!多分ここが、急所だ!!)
サキは目が見えないまま、ただ「マナの眼差し」だけを頼りに、その空白の座標へと右手を向けた。
体内の回路が、サキの覚醒に呼応してかつてないほどスムーズに駆動する。
マナの無駄な散逸は一切なく、極限まで収束された紫電が指先へと集まっていく。
(――行けっ!!もうこれ以上は撃てないぞ!)
目隠しをしたまま放たれた、今日一番の、そして最も洗練されたケラエノ・ボルト。紫色の閃光は、闇を切り裂き、エルダの防壁の、まさに「マナ」のピンポイントへと吸い込まれていった。
キィィィィィィンッッ!!!
いつもなら防壁に触れた瞬間に鳴り響くはずの、あの青白い星紋の破裂音が、今回はどこからも響かなかった。 衝撃が跳ね返ってくる気配も、全くない。
「……あれ?も、もしかして?」
サキは恐る恐る自分の身体を触った。どこにも痛みが走らない。自分の魔法が跳ね返ってこなかったのだ。
「サキさん」
深い静寂に包まれた訓練室に、いつもとは少し異なる、驚きと感嘆を含んだエルダの声が静かに響いた。
「サキさん、おめでとうございます。……お見事です、命中です」
「へ……?」
絶対の暗闇の中で、サキはただぽつりと、呆けた声を漏らすことしかできなかった。
ついに障壁を破ることが出来たサキ。
まさに考えるな!感じろ!でした。
ユカリも褒めてくれるでしょうか?




