第57話 紫電の先
「サキ、いつまで寝てるの?まだ動けるでしょ?ハイパーボリアの連中は、そうやって、あなたが寝ているからって、攻撃を待ってはくれないのよ」
床に突っ伏したままピクリとも動かないサキを見下ろし、ユカリは抑揚のない冷徹な声で告げた。その切れ長の目は、蜘蛛の糸に捕らえられた羽虫を見るかのように冷え切っている。
(わ、分かってるよ!回想のシーンの間、攻撃を待ってくれるのは、アニメの世界だけだっていうのは!)
「それに……ウルを早く起こしたいって、自分の口で言っていたのは誰なのかしら? この程度の試練で潰れてしまうのだとしたら、結局、あの子は半年経たないと、目覚めることは出来ないんじゃないかしらね」
「ぐっ……!」
ウルの名前を出され、サキの胸の奥で、消えかかっていた闘志が再び小さく火花を散らした。
痛い。体中が痛い。全身が悲鳴を上げている。
衣服の隙間から露出した皮膚のあちこちが焦げ、訓練室には自分の肉が焼ける嫌な匂いが漂っている。
自分の放った最大火力の2倍の衝撃を何度も浴びたことで、呼吸をするたびに胸の奥が鋭く痛む。恐らく、肋骨にヒビが入っているか、最悪の場合は折れているかもしれない。
(でも……まだ、やれる。ルクレツィアが調整してくれた、この新しい回路は……以前とは違うんだ!)
サキは激痛に耐えながら、自分の体内の変化に意識を向けた。
体中を這い回るような激しい電流と、ドクドクと規則正しく打つ心臓の魔女回路。
以前のサキなら、一発でも最大火力を撃ち出せば、完全にマナ切れを起こして気絶していたはずだ。しかし、いまや体内のバイパスは、凄まじいダメージを受けているにも関わらず、かつてないほど強固に、はっきりとマナを供給し続けている。
(……待てよ。これまでケガをしたら、いつもルクレツィアやクティラに、治してもらうばかりだった。けれど……私も魔術回路を持つ魔女の端くれなんだ。自分で、自分自身に『ノーデンス』をかければよかったんじゃないか……?)
やったことはない。まだ、術式の構成理論も習っていない。
だが、サキは無傷だった頃の、自分の健康な身体のイメージを脳裏に強く、思い描いた。そして、全身の回路を流れる澄んだマナを、焦げ付いた皮膚や、鋭く痛む肋骨へと優しく送り込むようにして意識を集中させた。
(元に戻れ……私の身体、元に戻れ……!)
じわ、と体内のマナが温かな光に変わり、傷ついた肉体を内側から優しく包み込んでいく。
(あ……)
完全に動かなくなっていた両足に、じわじわと感覚が戻ってくる。皮膚の焦げ付きが薄まり、ズキズキとした激痛が和らいでいく。完全な回復には程遠いものの、身体を動かすための応急処置としては十分すぎるほどの機能を取り戻していた。
「よし、はぁ……はぁ……っ!ぐっ!」
サキはよろよろと立ち上がり、冷や汗を拭いながら、正面に立つエルダをじっと見据えた。 応急治療で持ち直したとはいえ、残されたマナは決して多くない。次こそ、確実に決めなければならない。
(眉間の、真ん中……。今度こそ、絶対に当てて見せる!)
サキは視線を完全にエルダの額の中心へと集中させ、呼吸すら止めて照準を合わせた。回路が限界まで脈打ち、指先に最大のマナが充填される。
「行けっ!」
放たれた、渾身のケラエノ・ボルト。
サキの目には、放たれた雷撃弾は非の打ち所のない一直線の軌道を描き、エルダの額のど真ん中へと吸い込まれたように見えた。
しかし――その直前、再び目の前の空間が「木の葉型の星紋」を象って輝く。
ドンッ!!!
「ぎゃっ!!」
またしても凄まじい衝撃に叩かれ、サキは後方へと吹っ飛ばされた。石畳を何度も転がり、再び床にへたり込む。
「な、何でだよ……っ!どう見てもど真ん中だっただろ……!?なんで跳ね返ってくるんだよ!」
痛みに、のた打ち回りながら、サキは焦りで頭を抱えた。
いくら座標を合わせても防壁に弾かれる。
何かが決定的に間違っているのだ。
その時、サキの脳裏に、先ほどのユカリの言葉がフラッシュバックした。
『あなたの世界の単位で言うと、およそ0.1mm、右にずれていたわ』
(ま、待てよ……。ユカリ様は、さっきわざわざ具体的な数値を言って私を煽った。もしかして……急所っていうのは、ど真ん中じゃなくて、最初から『ほんの少しだけ外れた場所』にあるんじゃないのか!?)
サキが必死に答えを導き出そうと、床の上で考えを巡らせていた、その瞬間。
バシィィィンッ!
「ぎゃっ!?」
サキの真横の石畳が爆破され、破片がサキの頬を掠めていった。
「サキ、考える時間を、少しはあげるけれど、いつまでものんびりしていいとは言っていないわよ」
ユカリが指先から紫電の火花を散らしながら、冷酷に告げる。
「くっ……!この鬼ユカリめ……っっ!」
以前よりは魔女回路も活動し、マナの絶対量も増えたサキ。
しかし、まだ何かが足りません。
その事に気がつくのは……?




